お笑いコンビ・ピースの又吉直樹さんの処女小説『火花』が芥川賞を受賞しました。おめでとうございます。この小説は漫才師を目指す若者が、師匠と呼ぶ先輩との10年くらいのやり取りを淡々と綴っている半私小説のような内容。こういったお笑い芸人を主人公とする物語は、たいていエキセントリックな人物を面白おかしく描くものが多い。しかしこの小説の主人公は、いたってまっとうな感覚の持ち主として描かれ、語り部として信用のできる存在となっている。読んでて主人公の顔が又吉さんしか想像できなくないくらい。

芸人という存在が遠い職業なのではなく、読者である自分たちとそれほど変わらない、普遍的な人間であることをこの作品は伝えている。熱い物語は世の中に数多とあるが、この作品は淡々としていて、読み手によって印象が違ってくるのではないかという面白みがある。

又吉さんは受賞の時も動揺することもなく、飄々としているのがまた好印象だった。自分は脚本家養成学校へ通っていたことがあるが、そこで有名な賞をとった生徒さんのスピーチを聞くことがある。みんなたいていハナニツク態度になってしまっている。せっかく良い作品を書いたのに、印象台無しにしてしまってとても残念なのだ。上から目線で天下を取った気分になってしまってはその人の器も大したことない。受賞はあくまで通過点であって、ゴールしにしてしまっては先へ続かない。殆どが一発屋で終わってしまう。その失態をみてきているからこそ、又吉さんの冷静な対応にはまったくもって感心してしまう。

文学賞というものは決して一人でとれるものではない。出版社が才能のありそうな作家をみつけて、育てて勝負をするものだ。又吉さんも「書いてみないか」と誘われて執筆したわけで、多くの人に支えられて初めて受賞できたことを心得ているのでしょう、決して浮かれないのがとてもカッコいい。又吉さんの読書好きは有名で、好きな作品をあげると王道の有名作品が多い。よくタレントが好きな作品を質問されると、たいていホントに分かってるの?って聞きたくなるようなマニアックな難しい作品ばかりがあがってくる。あざといチョイスなのね。又吉さんにはそれがないので、本当に本が好きなのが分かる。

賞をとったり有名になる作家さんは、もちろん才能もある。けれどもそれだけではない。この人を助けてあげたい、誰かに紹介してあげたいと、味方になってくれる人を作れるのも才能として必要だ。又吉さんはそういった人脈を作る才能もあるのだろう。

この又吉さん芥川賞受賞についても、ネットやマスコミで誹謗中傷の嵐だった。『火花』の作中でもそういった罵詈雑言に対しての芸人の苦悩が語られている。本文の言葉で、そういった言葉の暴力を放つ行為を「ゆっくりな自殺」と呼んでいる。人にやった行いは、良いことも悪いこともそのまま自分にブーメランで戻ってくるのは世の中の不思議。しかも利子付。闇雲に相手を見下して誹謗中傷を浴びせることの恐ろしさを、放った当の本人が自覚していないのだろう。人生には相手を見下すよりも、相手に敬意を払うことが如何に大切かということ。

お笑い芸人という非凡な生活を描きながら、実は普遍的な人間性の話だったりするのが、この小説の面白いところだろう。