『風が吹くとき』こうして戦争が始まる
レイモンド・ブリッグズの絵本が原作の映画『風が吹くとき』。レイモンド・ブリッグズといえば『さむがりやのサンタ』や『スノーマン』の作家さん。『さむがりやのサンタ』なんか、文句ばっかり言いながらプレゼントを運ぶサンタのおじさんの様子が楽しかった。『スノーマン』はキャラクター商品が先行してしまったけど、けっこう切ない内容。そんな可愛いタッチのブリッグズ作品。それだけで興味がわく。主題歌はデヴィッド・ボウイだし、日本語版の演出は大島渚監督。なんとなく『戦場のメリークリスマス』の続きのよう。当時アニメ作品にしては珍しく、単館ミニシアター系で公開されていた。自分は劇場で見逃してしまい、レンタルビデオで遅れて観た。
森繁久彌さんと加藤治子さんが吹き替えている老夫婦は、老後の生活を田舎でのんびり暮らしている。穏やかな映像が続く中、ラジオで戦争がっ始まったことが伝わる。それでもラジオの向こう側の情報なので、どこか他人ごと。そして核爆弾の投下。爆風の直接の被害は間逃れたけど……。
レイモンド・ブリッグズの可愛らしい絵の中に展開される恐ろしい世界。とくに恐ろしいのは、この老夫婦はラジオから流れてくる政府の情報に素直に従っているということ。もし自己判断で動いたらまた別の結果もあったのでは?と思ってしまう理不尽な話。ファンタジーとしてはとてもリアルなシミュレーション。戦争なんて他人事と思ってピンときていなかったら、すでに目の前に地獄が広がっていて逃げられなくなっている。戦争が始まるとはこういうことなのだろう。壊れるのは一瞬。
80年代、多くのアーティストたちが核の恐怖をテーマに作品を発表している。日本は唯一核攻撃を受けた国。そしてこの映画の公開と同じ頃、チェルノブイリの原発事故を迎えている。感覚の鋭いアーティストたちはずっと以前から核の脅威を訴えている。原爆が2発も落ちて、原発事故まで起こしている日本。果たして日本の現状を海外の人はどう感じているのだろうか? それでも核にすがろうとする姿は、さぞ愚かしくみえるだろう。
今の日本では、原発やら戦争やら究極の不幸へ向かう話ばかりなのがとても残念。もっと足元の日々の生活を豊かにしていく話ができていないものかと思ってしまう。
関連記事
-
『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り』 ファンタジーみたいな旅の夢
近年の映画の予告編は、映画選びにちっとも役立たない。この『ダンジョンズ&ドラゴンズ』も、まっ
-
王道、いや黄金の道『荒木飛呂彦の漫画術』
荒木飛呂彦さんと言えば『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズの漫画家さん。自分は少年ジ
-
『逃げるは恥だが役に立つ』 シアワセはめんどくさい?
「恋愛なんてめんどくさい」とは、最近よく聞く言葉。 日本は少子化が進むだけでなく、生涯
-
『花束みたいな恋をした』 恋愛映画と思っていたら社会派だった件
菅田将暉さんと有村架純さん主演の恋愛映画『花束みたいな恋をした』。普段なら自分は絶対観ないよ
-
『坂本龍一×東京新聞』目先の利益を優先しない工夫
「二つの意見があったら、 人は信じたい方を選ぶ」 これは本書の中で坂本龍
-
『ローレライ』今なら右傾エンタメかな?
今年の夏『進撃の巨人』の実写版のメガホンもとっている特撮畑出身の樋口真嗣監督の長
-
『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』 たどりつけばフェミニズム
先日、日本の政治家が、国際的な会見で女性蔑視的な発言をした。その政治家は以前からも同じような
-
『勝手にふるえてろ』平成最後の腐女子のすゝめ
自分はすっかり今の日本映画を観なくなってしまった。べつに洋画でなければ映画ではないとスカして
-
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』 サブカルの歴史的アイコン
1995年のテレビシリーズから始まり、 2007年から新スタートした『新劇場版』と 未だ
-
『グラン・ブルー』 ジワジワきた社会現象
スカーレット・ヨハンソン主演で リュック・ベッソン監督の最新作『LUCY』。 ベッソン映
- PREV
- 『はだしのゲン』残酷だから隠せばいいの?
- NEXT
- 『沈まぬ太陽』悪を成敗するのは誰?