『グラディエーター』 Are You Not Entertained?
当たり外れの激しいリドリー・スコット監督の作品。この『グラディエーター』はファーストショットを観た瞬間、名作になるかも?と直感した。稲畑を触る男の手でこの映画は始まる。劇伴はオリエンタルな女性ボーカル。そして冒頭のローマ帝国とゲルマニアとの戦いの場面に流れ込んでいく。ここでの音楽担当はハンス・ジマー、ボーカルはリサ・ジェラルド。なんだ十代の頃さんざっぱら聞いていた『DEAD CAN DANCE』の人だ! 後にNHK大河ドラマの『龍馬伝』のオープニングテーマも歌ってる。この映画はアカデミー賞も獲得する。
映画は農民出身のローマ軍将軍が、新皇帝から恨みを買い、家族を殺され、奴隷となり殺し合いの見せ物の剣闘士・グラディエーターとなる。生きるための戦いではなく、死に場所を探し彷徨っている男の話。このファーストショットの稲畑を歩く男の姿は、帰るべき場所へ向かう男の心象風景。
この映画はフィクションではあるが、かなり史実をモデルにしている。ローマ時代、殺し合いの見せ物はあったし、今残るコロッセウムの遺跡はまさにその会場だ。人間誰しも暴力性を持っている。その激しい衝動をどこかで発散させなければ、狂ってしまうだろう。いつの世もエンターテイメントには、暴力性や性的衝動を孕んだ表現はつきものだ。現代だって然り。過激な表現はいつも物議を醸し出すが、ある程度のガス抜きは必要。知的な人に限って、己の中のバイオレンスやエロスにスマートに向き合えているように感じる。
この映画での殺し合いの見せ物は、民衆の最高の娯楽。とても野蛮なエンターテイメントだ。人が殺し合う姿を観ることで、人々が日頃のうっぷんを発散させているのだから、ローマ帝国はいかに民衆を抑圧していたのかがわかる。そしてこの娯楽に民衆の注意を向けることによって、シビリアンコントロールしているローマ帝国のしたたかさ。かくもプロパガンダの成功。
暴力描写や性描写を制限するのはいつも問題にあがる。日本には独特のボカシ文化というのもある。隠すことでかえってイヤラしくみえる逆効果では?とも感じてしまう。激しい描写は社会に悪影響を与えるのも然り、ただガス抜きとして社会に調和をもたらす力も持っている。性表現に関しては「わいせつか芸術か」とよく問われるが、これは表現者の意図と、受け手のリテラシーが問われるセンスの問題。日本人は芸術や心に関しては蓋をし続けていた。でも人間には心がある。それと向き合わなければ、世界ではやっていけないだろう。東京は世界的にも芸術作品が集まりやすい場所にも関わらず、扱う側も受け手側も、芸術的センスが低いのが気にかかる。カネになるかばかりを気にし過ぎだ。非常にカッコわるい次第、あらためたいものだ。
近年の日本作品、アングラならともかく、メジャー作品でもやみくもに過激な暴力描写や性描写が売りなのも気にかかる。民衆のうっぷんばらし? シビリアンコントロール? それともプロパガンダ? そこまでみんな抑圧されているのだろうか。
『グラディエーター』で戦い抜いた男は、終止自分の死に場所を探し続ける。言うなれば「死ぬ為に生きる男の映画」。男は稲畑を歩いている。その向こうの小さな家には、妻と幼い息子が手を振って待っている。もうすぐ会える。そしてその場面で映画は幕を閉じる。
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