*

『幕が上がる』覚悟の先にある楽しさ

公開日: : 最終更新日:2019/06/12 映画:マ行, , 音楽

 

自分はアイドル文化や萌えとかよくわからない。だから『ももいろクローバーZ』の存在こそは知れども、自分の人生とはまったく関わりのないものなんだろうと決めつけていた。この映画『幕が上がる』は、かなりの評判を耳にしていた。ならばと疑いながら観てみると、アイドル映画であることを忘れるほど良い青春映画だった。

メガホンを取るのは本広克行監督。本広監督といえば『踊る大走査線』シリーズの監督さん。なんでも『踊る大走査線』以降は、思うような仕事に巡り会えず、監督業を引退しようかと思っていた矢先の『幕が上がる』の企画だったらしい。『踊る大走査線』と言えば日本映画の記録をつくったほどの国民的な人気シリーズ。その監督さんが仕事にあぶれてしまうのは夢も希望もないが、まあよく聞く話でもある。そんな本広監督の起死回生もかけた作品なのだろう。今回はあまり自分の色を押し出さない演出がまた良かった。冒頭霧笛の音から始まるのは相変わらずのこだわりだったけど。

作品自体は今までの本広作品同様、大手企業がこぞって協賛している。『ももクロ』主演の映画とあっては、経済効果を見込んで企業が動きやすいのは当然。そんな製作背景とは裏腹に、この映画はかなりストイックで硬派な青春映画になっている。これはひとえに原作の平田オリザさんの影響だろう。劇作家演出家である平田オリザさんの演劇論がまさに映画に現れている。

映画は弱小演劇部が、学生演劇の女王とよばれていた新人先生の影響を受けて、どんどん力をつけていく様子を、まじめな視点で描かれている。遊びの場面はあれど、最近の流れのおちゃらけはない。

正直、映画の冒頭はこの主人公たちに魅力を感じなかった。自分もアイドル映画に疑いがあったので、ナガラ観をしていたくらい。黒木華さん演じる元演劇の女王と呼ばれた新人先生が登場すると、それこそ映画が急に生き生きし始める。黒木華さんの等身大の女優の存在感が、そのままキャラクターの説得力になっている。演劇を教えてくれと詰め寄る生徒たちに「ダメだったから、いまここにいるんだよ」と断る先生の態度に共感してしまう。陽の目を見ることのない才能……。

先生のだすメソッドに沿って稽古を進めていくうちに力をつけていく部員たち。先生は「このまま全国大会に行けば、みんなの人生が変わってしまう。そこまで先生は責任取れない。どうする?」と投げかける。道を見つけるには努力は必要。道を進むには覚悟が必要。ここで言う人生とは、大学へ進学して大きな会社に就職すること。特別な仕事や天職に就く人は、たいてい10代で職業を選んでいる。普通の子が就活し始める頃には一人前になっているもの。10代の多感な時期に、プロになるためだけの勉強をすることの大切さ。そうなると、目標もなくただ進学するだけなら、人生にとってあまり意味はない。

自分も若い頃は小劇場で芝居をうっていた。その頃の感覚を思い出した。有名になりたいとか、金儲けがしたいなんて野暮な欲望はなかった。ただただ楽しかった。

この映画は、製作背景には商魂があるにもかかわらず、創作への純粋な気持ちが描かれている。日本の大手が絡む映画はつまらないという自分の偏見も壊してくれた。芝居をすることの楽しさ探求を、監督はじめ役者さんたちがそのまま体現していたのかもしれない。

映画では平田オリザさんの親戚でもある大林宣彦監督へのオマージュもある。大林監督作品と言えば、自分が10代の頃夢中になっていた監督さん。いま思えば彼の作品はみなアイドル映画。もし自分が10代でこの『幕が上がる』に出会っていたら、ヘビーローテションで観ていたことだろう。人生を変えてしまう映画になっていたかもしれない。

豊かな人生を迎えるには、はやいうちにカッコイイ大人と出逢えることは重要だ。自分が真剣に生きていれば、真剣な人間はすぐ見分けがつく。やっぱり道は自分で見つけなきゃいけない。

関連記事

no image

マイケル・ジャクソン、ポップスターの孤独『スリラー』

  去る6月25日はキング・オブ・ポップことマイケル・ジャクソンの命日でした。早いこ

記事を読む

no image

『WOOD JOB!』そして人生は続いていく

  矢口史靖監督といえば、『ウォーターボーイズ』のような部活ものの作品や、『ハッピー

記事を読む

no image

『やさしい本泥棒』子どもも観れる戦争映画

人から勧められた映画『やさしい本泥棒』。DVDのジャケットは、本を抱えた少女のビジュアル。自分は萌え

記事を読む

『ブレードランナー2049』 映画への接し方の分岐点

日本のテレビドラマで『結婚できない男』という名作コメディがある。仕事ができてハンサムな建築家

記事を読む

『async/坂本龍一』アートもカジュアルに

人の趣味嗜好はそうそう変わらない。 どんなに年月を経ても、若い頃に影響を受けて擦り込ま

記事を読む

『トーチソング・トリロジー』 ただ幸せになりたいだけなのにね

最近日本でもようやく意識が高まりつつあるジェンダー問題。オリンピック関係者の女性蔑視発言で、

記事を読む

『護られなかった者たちへ』 明日は我が身の虚構と現実

子どもの学校の先生が映画好きとのこと。余談で最近観た、良かった映画の話をしていたらしい。その

記事を読む

『ブレイブハート』 歴史は語り部によって変化する

Amazonプライムでメル・ギブソン監督主演の『ブレイブハート』が配信された。映画『ブレイブ

記事を読む

『復活の日』 日本が世界をみていたころ

コロナ禍になってから、ウィルス災害を描いた作品が注目され始めた。小松左京さん原作の映画『復活

記事を読む

『リメンバー・ミー』 生と死よりも大事なこと

春休み、ピクサーの最新作『リメンバー・ミー』が日本で劇場公開された。本国アメリカ公開から半年

記事を読む

『アメリカン・フィクション』 高尚に生きたいだけなのに

日本では劇場公開されず、いきなりアマプラ配信となった『アメリカ

『不適切にもほどがある!』 断罪しちゃダメですか?

クドカンこと宮藤官九郎さん脚本によるドラマ『不適切にもほどがあ

『デューン 砂の惑星 PART2』 お山の大将になりたい!

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ティモシー・シャラメ主演の『デューン

『マーベルズ』 エンタメ映画のこれから

MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の最新作『マーベ

『髪結いの亭主』 夢の時間、行間の現実

映画『髪結いの亭主』が日本で公開されたのは1991年。渋谷の道

→もっと見る

PAGE TOP ↑