『母と暮せば』Requiem to NAGASAKI
残り少ない2015年は、戦後70年の節目の年。山田洋次監督はどうしても本年中にこの映画『母と暮せば』を公開したいと、すでに完成済みの喜劇『家族はつらいよ』の公開を後回しにしたらしいです。本年は日本国内でも、戦争について大いに考えさせられる一年でした。
この映画は井上ひさし氏の名戯曲『父と暮せば』の姉妹編。あちらは広島、こちらは長崎が舞台。あちらが父と娘の話なら、こちらは母と息子の話。どちらも原爆で亡くなった死者との交流がテーマ。あちらが死んだ父との交流なら、こちらは死んだ息子。設定がどれも背中合わせ。
山田洋次監督の悲劇は、本当に絶望的で重い作品が多い。本作と同じ吉永小百合さん主演作品では『おとうと』や、やはり第二次大戦の市井の人を描いた『母べえ』で、とことんヘコんだ記憶がある。それなりに覚悟して観に行きました。
この『母と暮せば』は、坂本龍一氏の病みあがり復帰作でもある。坂本ファンの自分としては、ぜひ劇場で堪能したい。ただ、淡々とした演出の山田洋次作品に、叙情的な坂本オーケストラは合わないのでは、といういちまつの不安がなきにしもあらず。しかし映画がはじまるとそんな不安も忘れ、映画の世界観にゆったりと浸れることができました。
前評判で、映画の最後にかかる合唱曲が素晴らしいと聞いていました。山田洋次監督の演出意図で、長崎市民による合唱、歌詞も原爆を謳った既存のもの。坂本龍一さんが音楽を担当できたからこそ可能になった演出。この曲が物語の最後にかかることで、観客に伝わるものがある。まさに圧巻。エンドロールのこの曲で、映画の登場人物たちも、観客である我々も、だいぶ救われただろう。長崎という土地柄から、主人公はクリスチャン。その要素もあってか、この鎮魂歌が宗教的な救いにつながるイメージ。救われることのないファンタジーにカタルシスを与える。
坂本龍一さんは、吉永小百合さんが毎年夏に恒例で催す『原爆詩の朗読会』に演奏で参加していました。今年は山田洋次監督も吉永小百合さんも坂本龍一さんも、戦争に関わる活動があった。声高にならないよう静かに、志を共にして映画を制作されたのでしょう。
原爆で亡くなった二宮和也さん演じる息子が、吉永小百合さん演じる母のところに亡霊となって姿を現します。息子は言います「母さんが僕のことをやっとあきらめてくれたから、姿を見せられるようになった」と。何かを受け入れて、何かが始まるという皮肉。『父と暮らせば』が、「生きている限り、人は幸せを目指さなければならない」というテーマなら、この『母と暮せば』は、「そうは言っても、諦めるしかない者もいるんだよ」と、穏やかな語り口で言っている。
母親は「原爆で死ぬのは運命なんかじゃない」と言う。事故や病気、災害ならまだしも、戦争は誰が計画して、人の手によって行われるものだと。この映画の家族は、文化的なとても知性豊かな人たち。そしてこの息子には、生前婚約していた恋人がいる。黒木華さんが演じる息子の恋人は、姑になるはずだった母親に、献身的に接している。二宮さんと黒木さんのカップルが、とても可愛い。この誰もが微笑ましく見守りたくなる心優しい人たちが、戦争で残虐な別れ方をしなければならないのが、とても悲しい。浅野忠信さんのキャスティングは、黒木和雄監督の映画版『父と暮せば』へのオマージュ。
本来なら幸せになれるはずだったのに、戦争によってなにもかも失ってしまう。「生きていればなんとかなる」では済まされないもの。自分が3~4歳くらいの頃は、戦争で手足をなくしたおじさんとか、まだ見かけたことを思い出す。
戦争で受けた傷は、どんなことをしても一生癒されることはない。そう映画は語っている。世の中がどんどんキナ臭い方向へ向かっているいま、戦争を知らない自分たち各々が、想像力をフル回転させて、戦争についてイメージすることが必要なのかもしれない。
滑り込みセーフで、戦後70周年の年にこの映画が観れて良かった。もちろんこの映画は、これからも多くの人に観続けられていくでしょう。とにかく、今年一年を締めくくるには、ぴったりだった。戦争をもっと身近に、いろいろ考えさせられる作品です。
関連記事
-
『復活の日』 日本が世界をみていたころ
コロナ禍になってから、ウィルス災害を描いた作品が注目され始めた。小松左京さん原作の映画『復活
-
『逃げるは恥だが役に立つ』 シアワセはめんどくさい?
「恋愛なんてめんどくさい」とは、最近よく聞く言葉。 日本は少子化が進むだけでなく、生涯
-
『フロリダ・プロジェクト』パステルカラーの地獄
アメリカで起きていることは、10年もしないうちに日本でも起こる。日本は、政策なり事業なり、成
-
『ハリー・ポッター』貧困と差別社会を生き抜いて
映画版『ハリー・ポッター』シリーズが日テレの金曜の夜の枠で連続放送されるのがすっかり恒例にな
-
『コーダ あいのうた』 諦めることへの最終章
SNSで評判の良かった映画『コーダ』を観た。原題の『CODA』は、音楽用語の最終楽章の意味にもあ
-
『ジュブナイル』インスパイア・フロム・ドラえもん
『ALWAYS』シリーズや『永遠の0』の 山崎貴監督の処女作『ジュブナイル』。
-
『ファイト・クラブ』とミニマリスト
最近はやりのミニマリスト。自分の持ちものはできる限り最小限にして、部屋も殺風景。でも数少ない持ちもの
-
『ホームレス ニューヨークと寝た男』華やかさのまやかし
ドキュメンタリー映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』。映画公開時もとても気になってい
-
『レディ・プレイヤー1』やり残しの多い賢者
御歳71歳になるスティーブン・スピルバーグ監督の最新作『レディ・プレイヤー1』は、日本公開時
-
『わたしは、ダニエル・ブレイク』 世の中をより良くするために
ケン・ローチが監督業引退宣言を撤回して発表した『わたしは、ダニエル・ブレイク』。カンヌ映画祭
- PREV
- 『スターウォーズ/フォースの覚醒』語らざるべき新女性冒険譚
- NEXT
- 『あさが来た』 はるがきた⁉︎