『パンダコパンダ』自由と孤独を越えて
子どもたちが突然観たいと言い出した宮崎駿監督の過去作品『パンダコパンダ』。ジブリアニメが好きなウチの子たちは、『となりのトトロ』にそっくりなパンダの親子のビジュアルにすぐ飛びついた。このアニメには、のちの宮崎作品のエッセンスがいっぱいつまっている。自分もずいぶん久しぶりにこの作品を観た。
このアニメ作品は、保護者不在の一人暮らしの小学低学年のミミ子ちゃんが主人公。ミミ子ちゃんが、不思議なパンダの親子と出会い、疑似家族となっていくというお話。
主人公のミミ子ちゃんは、赤毛でツインテール。このデザインで、スウェーデンの児童文学『長くつ下のピッピ』をすぐ思い出す。ピッピも両親不在の一人暮らし。相棒にサルはいるけど、喋れるわけではない。ピッピは家事全般自分でできる。親に叱られることもないので、自由気ままに暮らしている。読者の子どもたちは、自分と同年代の子がたくましく自立している姿に憧れ、ピッピの生活に「いいな〜」と溜め息をつく。
自由というものには、必ず孤独というものがついてくる。自由になりたいのなら、孤独も同時に受け入れなければいけない。ときおりみせるピッピのさみしそうな姿の描写に、果たして子どもたちは気づいているのだろうか?
この『パンダコパンダ』のミミ子ちゃんは、自由ではあるけれど、けして孤独ではない。一人暮らしをはじめた瞬間、パンダコパンダと出会えてしまう。このパンダの親子はどんなトラブルも、そつなく乗り越えてしまう。さまざまな事件は起こるが、とにかくハッピーに解決していく。ストーリー性を楽しむというよりは、パンダコパンダの愛らしい動きに笑っていればいい。この世界には悪人はおらず、みんな優しい良い人ばかり。善意で溢れかえっいる。嘘っぱちの世界だが、ポジティブなものしかない世界はとても居心地がいい。逆境でも前向きにとらえられる子どもの視点で見た世界なのだろう。
ブッダがまだ修行前、王子だった頃、父王は息子にネガティブなものをみせないようにした。死人や老人、病人や貧しい者を王子から遠ざけた。王子は世界は幸福に満ちていて、不幸な人など存在しないと信じていただろう。あるときそれが違うと気づき、修行の道へと向かうきっかけとなってしまう。父王の過保護がかえって、王子の親離れ俗世間離れへのモチベーションに拍車をかけてしまった。なぜかそんなことを思い出した。
『パンダコパンダ』のすべてが優しい世界観は、子どもの頃だったら夢いっぱいでたいへんよろしいことだと思う。この世界観を踏襲したジブリアニメは、けっきょく大人をターゲットにした映画となっていく。世の中には優しい人しかおらず、敵となる悪党は、本当に極悪人のサイコパス。こんな敵ならいなくなってほしいと誰もが思えるキャラクター。完全なる勧善懲悪。白黒はっきりした世界。
日本は世界でも有名なくらい、白黒はっきりしないグレーな独自の文化を持つ国。和を保つことを重視した弊害で、本音をはっきり言うことを野暮とされ、嫌われる対象となってしまった。海外のビジネスマンが、日本人ほど読めない仕事相手はないと、対応に困っているなんて話はよく聞く。グレー社会とひとことで言っても、レンジの振れ幅は大きい。限りなく白に近いグレーもあれば、限りなく黒に近くたって、グレーには変わりない。これでは息が詰まってしまう。
そんな生きづらさを解放するがごとく、のちのジブリ作品も、善人ばかりが出てくる優しい世界が描かれた。多くの日本人がそれを無意識のうちに求めていったのかも知れない。人生の辛さをとりあえず伏せて、観客をちょっと過保護にする。
とかく日本で生まれるキャラクターは、異常に優しく可愛らしいものばかりが目立つ。海外キャラクターにみられる意地悪な要素なんて微塵もない。日本ではジブリ作品はメジャー映画であっても、ひとたび海外へでれば芸術作品となってしまう。この温度差はなんだろう?
自分を含め結構みんな、つらい現実に疲れきっているからこそ、ジブリアニメに救いを求めてしまったのかも知れない。優しい世界観に癒されたい人が、思いの外多いのかも。残念ながら、きっとこれは、制作者の意図とは違った化学反応だったのだろうけど。
関連記事
-
-
『がんばっていきまっしょい』青春映画は半ドキュメンタリーがいい
今年はウチの子どもたちが相次いで進学した。 新学年の入学式というのは 期待と
-
-
『スターウォーズ展』 新作公開というお祭り
いよいよ『スターウォーズ』の新作公開まで一週間! 街に出れば、どこもかしこもスターウォーズの
-
-
ホントは怖い『墓場鬼太郎』
2010年のNHK朝の連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』で 水木しげる氏の世界観も
-
-
『SAND LAND』 自分がやりたいことと世が求めるもの
漫画家の鳥山明さんが亡くなった。この数年、自分が子どものころに影響を受けた表現者たちが、相次
-
-
『わたしは、ダニエル・ブレイク』 世の中をより良くするために
ケン・ローチが監督業引退宣言を撤回して発表した『わたしは、ダニエル・ブレイク』。カンヌ映画祭
-
-
『ヴァチカンのエクソシスト』 悪魔は陽キャがお嫌い
SNSで評判だった『ヴァチカンのエクソシスト』を観た。自分は怖がりなので、ホラー映画が大の苦
-
-
『とと姉ちゃん』心豊かな暮らしを
NHK朝の連続テレビ小説『とと姉ちゃん』が面白い。なんでも視聴率も記録更新しているらしい。たしかにこ
-
-
『ヒックとドラゴン』真の勇気とは?
ウチの2歳の息子も『ひっくとどらぽん』と 怖がりながらも大好きな 米ドリームワークス映画
-
-
『かぐや姫の物語』 この不気味さはなぜ?
なんとも不気味な気分で劇場を後にした映画。 日本人なら、昔話で誰もが知っている 『
-
-
『聲の形』頭の悪いフリをして生きるということ
自分は萌えアニメが苦手。萌えアニメはソフトポルノだという偏見はなかなか拭えない。最近の日本の