*

『ズートピア』理不尽な社会をすり抜ける術

公開日: : 最終更新日:2019/06/11 アニメ, 映画:サ行

ずっと観たかったディズニー映画『ズートピア』をやっと観ることができた。公開当時から本当にあちこちから「面白かった!」という声を聞いた。映画ランキングのヒットチャートに乗っている作品でも、身近で「この映画観た!」と聞くことはあまりない。所詮映画なんてごく一部のファンだけで成立している産業なのかと思っていたから珍しい。それこそ普段映画とは縁もなさそうなお兄ちゃんが、「『ズートピア』よかったな〜」なんて街角で話しているのが聞こえてきたりする。これはすごいこと。

ディズニー映画ならではの、ハイテクを駆使した映像は当然素晴らしい。ファンタジー、SF、サスペンス、推理、そして社会風刺。多くのエンターテイメントの要素があり、ものすごい情報量の映画なのに、鑑賞後お腹いっぱいのクタクタになったりしない。観終わったらまた観たくなる。リピーター続失なのも頷ける。それはこの映画のテーマがシンプルでストレートだから。

大人の方が楽しめるという印象もあるが、実は子どもたちにこそ観てもらいたい。ウチの子達もまだ小さいので、ストーリーこそは難しかったらしいが、この映画が伝えたい根幹は知っておいた方がいいのかもしれない。

主人公のウサギのジュディは「世界をよりよくしたい」と大志を抱いて、大都市ズートピアに警官として上京する。同僚は大男(大動物?)ばかりの職場で、唯一小さな女性の警察官。成績優秀でも誰も歓迎してくれない。ジュディは小さくて可愛いという見かけで判断されるのを嫌う。

夢を抱いて何かをしようとするとき、理想と現実の壁に必ずぶつかる。それでも夢を見続けて頑張ること。それらとどうやって折り合いをつけて、信念を通していくか。弱い存在の者が頑張っている姿には勇気をもらう。主人公の善良な両親も「夢を諦めた方が幸せに生きられる」と考えている。それもまた弱き者のひとつの生き方。中には弱いがゆえ悪事に手を染めてしまう者もいる。案外強い者の方が堂々と生きていたりするものだ。

『ズートピア』の世界観は、多種多様の民族が集まって生きる現代のアメリカの姿。あらゆる差別や偏見は日常のこと。そんな考えとどう付き合っていくか? 映画は難しいテーマを扱っているが、いじめ問題も含む誰もが共感することができる内容。理不尽な状況下で、ジュディはどう立ち向かっていくか? 偏見で傷ついたキツネの相棒ニックとともに、ズートピアを襲う計画を探っていく。

ジュディは婦人警官だからもう大人だし、ニックも中年にさしかかっている。アニメの設定としては年をとっているようにも思えるが、こうして不器用でも頑張って働いたり、一生懸命生きている大人の背中を見せるというのは、子どもたちにとってとても大事。安易に恋愛やお涙頂戴にならないところがいい。ドライでクールな演出だ。

今の日本も格差社会が進んでいると言われている。でも世界的に見たらまだまだ幸せな国。それくらい今、世界が不安定な状態。

先日終わったリオオリンピックでも難民の選手が出場していた。戦争やら貧困やら、スラムの中でその日暮らしの生活の中でスポーツと出会い、これをやらなければ自分はもう人間らしい生き方をできない、これに出会えたことが幸せだと、すがるような思いで練習していたのではと、選手の人生を想像するだけで胸が痛む。

アメリカで起こっている問題は、数年後日本にも起こりうる可能性は高い。『ズートピア』は現代アメリカのメタファーだが、これから日本でも抱えそうな問題提起でもある。この映画での問題は、現代から未来への啓示でもある。

宿命と運命は似て非なるもの。宿命は、自分が生まれた国や家族、人種や環境や時代など、自分自身ではどうしようもないこと。逆に運命は、自分が過去にしてきた行動や、これから選んでいく道、日頃の考え方や態度が反映していくという、自分でいかようにも変えられるもの。

草食動物に生まれたとか、肉食動物に生まれたという宿命はどうしようもない。どうしようもないから、そのアイデンティティーとは仲良く共生するしかない。ただ腐ってしまうのか、それともさらに夢を追い続けて明るく生きていくのかは、自分自身の選択。確かに後者は勇気がいる。でも生きていくのなら、少しでも明るく楽しい方がいい。要は覚悟の問題。

ジュディというキャラクターは、これからの時代に生きていくための心構えのひとつの手本。映画はその時代を捉える歴史的記録としても残っていく。ディズニー作品はこれから10年20年、50年と愛されていくのは、制作者たちも意識してつくっているはず。この『ズートピア』も、現代の空気感を後世に伝える大事な記録として、語り継がれていくのだろう。

果たして未来の子どもたちがこの映画を観て、どう感じるのかとても楽しみだ。

関連記事

『未来のミライ』真の主役は建物の不思議アニメ

日本のアニメは内省的で重い。「このアニメに人生を救われた」と語る若者が多いのは、いかに世の中

記事を読む

『ヴァチカンのエクソシスト』 悪魔は陽キャがお嫌い

SNSで評判だった『ヴァチカンのエクソシスト』を観た。自分は怖がりなので、ホラー映画が大の苦

記事を読む

no image

『CASSHERN』本心はしくじってないっしょ

  先日、テレビ朝日の『しくじり先生』とい番組に紀里谷和明監督が出演していた。演題は

記事を読む

no image

『メアリと魔女の花』制御できない力なんていらない

スタジオジブリのスタッフが独立して立ち上げたスタジオポノックの第一弾作品『メアリと魔女の花』。先に鑑

記事を読む

no image

『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』集え、 哀しい目をしたオヤジたち!!

  『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』はマーベル・ユニバースの最新作。『アベン

記事を読む

『シン・ゴジラ』まだ日本(映画)も捨てたもんじゃない!

映画公開前、ほとんどの人がこの映画『シン・ゴジラ』に興味がわかなかったはず。かく言う自分もこ

記事を読む

『トクサツガガガ』 みんなで普通の人のフリをする

ずっと気になっていたNHKドラマ『トクサツガガガ』を観た。今やNHKのお気に入り俳優の小芝風

記事を読む

『バケモノの子』 意味は自分でみつけろ!

細田守監督のアニメ映画『バケモノの子』。意外だったのは上映館と上映回数の多さ。スタジオジブリ

記事を読む

no image

『作家主義』の是非はあまり関係ないかも

  NHKでやっていたディズニーの 舞台裏を描いたドキュメンタリー『魔法の映画はこ

記事を読む

『ショーイング・アップ』 誰もが考えて生きている

アメリカ映画の「インディーズ映画の至宝」と言われているケリー・ライカート監督の『ショーイング

記事を読む

『アバウト・タイム 愛おしい時間について』 普通に生きるという特殊能力

リチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム』は、ときどき話

『ヒックとドラゴン(2025年)』 自分の居場所をつくる方法

アメリカのアニメスタジオ・ドリームワークス制作の『ヒックとドラ

『世にも怪奇な物語』 怪奇現象と幻覚

『世にも怪奇な物語』と聞くと、フジテレビで不定期に放送している

『大長編 タローマン 万博大爆発』 脳がバグる本気の厨二病悪夢

『タローマン』の映画を観に行ってしまった。そもそも『タローマン

『cocoon』 くだらなくてかわいくてきれいなもの

自分は電子音楽が好き。最近では牛尾憲輔さんの音楽をよく聴いてい

→もっと見る

PAGE TOP ↑