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『好きにならずにいられない』自己演出の必要性

公開日: : 映画:サ行

日本では珍しいアイスランド映画『好きにならずにいられない』。エルビス・プレスリーの曲のような邦題で、なかなか印象に残りづらい。大男の怖いポスターに、「43歳独身、デブ、オタク、童貞」と書いてある。スティーブ・カレルの『40歳の童貞男』を彷彿とさせる。これは観なくては! 『40歳の童貞男』はコメディだったけど、でもなんだかこちらの『好きにならずにいられない』は、もっと切実な匂いがする。

一昔前では、成人になったら結婚をして家庭を築くものだったのかも知れない。今では生涯未婚なんて当たり前。結婚する人、しない人と半々なような気がする。なので中年になっても独身で何が悪いということだ。生涯未婚率の高さは、どうやら日本だけではなさそうだ。

結婚する人が少なくなったのは、社会の貧富格差の表れなのは確実。

たとえ貧しかろうが、それでもなんとかやっていこうと立ち向かっていくポジティブ・シンキングになれない人たちが増えたこと。それに何のフォローもしてこなかった社会や政治に問題がある。たとえ結婚願望がある人でも、立ち行かないくらい夢が見れない世の中が問題。この『好きにならずにいられない』のポスタービジュアルを見たときに、漠然と悲しい男の可愛らしさを描いたコメディではないのが感じとれた。どうやらこの問題は日本だけでなく、アイスランドや、世界的に憂慮しなくてはならないことらしい。

『好きにならずにいられない』の国際用タイトルは『Viregine Mountain』。ちょっと意味がわからない。アイスランドでの原題は『Fusi』。フーシとはこの映画の主人公の名前。生きづらさを抱えた、哀れな男の話。ホントは原題の持つ意味合いの方が、問題意識として力強い。

この映画は俳優の持つ個性があって初めて成立する。フーシを演じるグンナル・ヨンソンは、アイスランドの風刺コメディ番組の俳優とのこと。なんでも監督のダーグル・カウリのラブコールで出演になったらしいが、出演を納得してもらうのに苦労をしたらしい。作品のテーマが繊細なので、一歩間違うと世の中の誰かが映画を観て、とても傷ついてしまうかも知れない。そんなことを危惧したのかもと想像してしまう。でもこの映画はグンナル・ヨンソンがフーシを演じなければ、企画自体が失敗に終わっただろう。

中年のフーシは、初老の母親と二人暮らし。それでも痛々しいのだが、この母親には半同棲の男もいる。かなり悲惨な状況。フーシは飛行場の荷物運びの仕事をしている。仕事は真面目にしているが、それだけ。職場と家を行き来しているだけの毎日。

フーシは太った巨漢。正直言って容姿が怖い。フーシの頭は禿げてて、しかもロン毛。男のロン毛はヤバい。高すぎる美意識か、その逆の無頓着。いろんな意味でのこだわりを感じる。コンプレックスの塊のフーシは、職場でもからかわれている。家に帰っても母親とその恋人が居るので、自分の居場所がない。自分なんか消えてなくなりたいとはこのことだ。

でもフーシが偉いのは、そこで意固地になって他人に危害を加えていないところ。見た目の怖さに反して、心優しいのが唯一の救い。日本の宣伝では、人相が悪いけど優しいフーシのファンタジーとして売りたかったのかもしれない。でもの映画で描かれているのは、厳しい現実。

フーシの仕事はとても高収入とは思えない。どう考えても底辺の暮らしだ。行政がしっかりしていたり、経済が正しく循環している世の中ならば、真面目に働けば、なんらかの活路は見えてくる。でも資本主義が破綻していたら、ひとたび転んでしまうと、どんどん滑り落ちてしまう。

去年話題になったホアキン・フェニックスの『ジョーカー』も、破綻した社会で滑り落ちてしまう主人公の物語だった。ジョーカーは犯罪者になったけど、フーシは静かに暮らしている。フーシはすでにもう人生半分あきらめている。

そんなフーシにも出会いがある。映画はラブストーリーに進むのかと思いきや、そんな甘いものではない。この映画はファンタジー性には逃げない。貧困の根は深く、人の心を蝕んでいる。いちど深い傷を負ってしまったものは、なかなか理想的な生活には戻れない。

フーシは一度恋をした。もしかしたらもう二度と彼の人生にはこんなことは起こらないかもしれない。でもフーシは行動を起こした。結果はどうであれ、その行動をしたことで、自分が生きていることを実感した。その思い出を抱きながら、これからの人生を送るのも、ある意味ささやかな幸せでもある。

もっとハッピーな、すべてのモヤモヤを吹き飛ばすようなカタルシスが従来の映画なら用意されているかもしれない。でもそんな陳腐な茶番は、我々はもう見飽きてしまった。気休めはいらない。それがご都合主義のファンタジーだと興醒めしてしまうほど、我々には元気がない。

フーシは哀れな男かもしれない。でもなかなか共感しずらいところもある。それは彼がみすみす自分からみすぼらしい男になっているからだ。彼の容姿は第三者から見たら不気味以外の何者でもない。誰もが警戒してしまう。近所の女の子が優しく接しているのは、フランケンシュタインのオマージュ。フーシがどんなに人畜無害な人だと観客は知っていても、やっぱりフーシと仲良くしてる女の子の身が心配でハラハラする。

人は見かけでほとんど人生が決まる。とても残酷だけれど、ある意味シンプルなので、コツさえ掴めば利用できる。ちょっとした工夫で、人生が少し良い方へ向かっていく。詐欺師なんかはよくそれを知っていて、好感が持てそうな自分を巧みに演出する。そして人を騙す商売で成功する。もちろん詐欺は犯罪なので絶対ダメだけど、ちょっとズルく自分を盛るのも処世術として必要。相手に見下されないための防衛術でもある。

どんなに禿げていようがデブだろうが、清潔感があって明るい性格なら、人から好かれることだろう。そうやって自己演出するのは、生きていくには必要な技術でもあるし、そうしていかなければ生きていけない。

そもそもフーシに、自分を見栄えよく見せたいというモチベーションが上がらないほど落ち込んでいることが問題だ。これは個人の力ではどうしようもないレベル。この映画に出てくるすべての人が、幸せになれる方法はないのだろうかと考えてしまう。

この映画は甘口のラブストーリーなんかでは全然なくて、辛口の社会風刺映画なんだと思う。それこそフーシゆえにね。……おっと、お後がよろしいようで?

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