『Ryuichi Sakamoto : CODA』やるべきことは冷静さの向こう側にある
坂本龍一さんのドキュメンタリー『Ryuichi Sakamoto : CODA』を観た。劇場は恵比寿ガーデンシネマ。一度閉館して、一昨年営業再開したミニシアター。再開してから初めて来た。この映画館では『スモーク』やら『かもめ食堂』、ウッディ・アレンの映画を観たっけ。最近すっかり近所のシネコンばかりで映画を観ているから、恵比寿ガーデンシネマみたいに、文化的にこだわった映画館に来ると刺激になる。
『Ryuichi Sakamoto : CODA』のスティーブン・ノムラ・シブル監督は、坂本龍一さんに『NO NUKES』のドキュメンタリーを撮影させてくれないかと持ちかけたのが発端らしい。『NO NUKES』は坂本龍一さんらが主催する反原発の音楽フェス。奇しくもこのドキュメンタリーの撮影中に坂本龍一さんの中咽頭癌が発覚し、闘病前後の死生観も触れることとなった。
映画の冒頭、反原発のデモで国家を包囲している映像が流れる。とても物々しい。いまにも暴動になりかねない群衆のテンションの中、坂本龍一さんの冷静な「原発は反対です」のシンプルな言葉。デモの最前線に有名人がおもむくのは、社会的立場が危うくなるだけでなく、身の危険も感じてしまう。
この冒頭から、映画は政治的な内容になるのかと思いきや、本人の病気というビッグトピックが起こってしまったので、演出も方向転換したのではないだろうか。『NO NUKES』メインだと、思想的で政治的なドキュメンタリーになっていただろう。
過去の映像も披露される。YMO時代の坂本さんの姿はいまみると、なんて生意気なヤツって感じで笑えた。人間、歳を重ねると丸くなるんだろうな。
坂本さんの代表曲『戦場のメリークリスマス』は、ライブでは欠かせない。優しいメロディなのに、タッチが力強いのが特徴。何百回も演奏しているうちに、弾き方も変わってきてる。今のバージョンと、若かりし日のものが聴き比べられたのも嬉しい。なにより、懐かしの曲が、サラウンド・リミックスで聴けたのは、いちファンとしては大満足。
『ラストエンペラー』や『シェルタリング・スカイ』のときのベルナルド・ベルトルッチ監督の無茶振りのエピソードも大爆笑してしまった。きっと復帰作の『レヴェナント』でもイニャリトゥ監督のわがままエピソードもあるんだろうな。まだ日が浅いので、時効って訳にはいかないのかも。
「いい音だね~」と、音採集している坂本さん。その音は、こちらからするとかなりノイジーだったりする。人工的に造られた音にはもう不満なのだろう。天才だからこそわかるもの。
坂本さんが普段聴いているであろう音が伝えられる。アトリエ(スタジオ?)の部屋の音、ニューヨークの街の喧騒、散歩するときの森の音。映画の立体音響効果あっての臨場感。観客は、坂本龍一のインスピレーションの源を洞察させられる。
『惑星ソラリス』からの引用がある。この映画を初めて観たのは自分が10代のとき。SFなのに川面や木々のせせらぎなど自然描写が多い。当時わからなかったが、行き過ぎたテクノロジーの次に人間が欲するものは、自然回帰なのかも知れない。タルコフスキーは50年前にすでに作品のテーマにしている。今だからこそやっとわかるその根幹。
「芸術家は炭鉱の鳥みたいなものだから」坂本さんは言う。日本では芸術は軽くみられている。どうしても目先の利益や、大なものへの媚びへつらいに重きを置かれがち。でもそれは自分で自分の首を絞めること。
「自分は仕事があるから社会にコミットしている」「社会は政治家が作ってくれるから、任せておけばいい」そんなことを言って、毎日残業で帰れない、休みも返上して働いている人が意外と多い。仕事をしているから自分は立派なのだと。それは思考停止への詭弁。
ネットやSNSが進んだ現代では、海外の報道も簡単に知ることができる。海外や個人のジャーナリストからみた日本のニュースと、国内の主メディアのそれとの温度差を感じる。その乖離は近年ますます大きくなっている。
かと言って突然真実を知ってしまうと、恐ろしくなって感情的になり、興奮して大騒ぎしてしまうのも人間のもろさ。それでは本末転倒。でも何も知らないままでいいわけもない。
皮肉にもこの映画の出資には、過労死問題の電通も名を連ねている。世の中は矛盾でいっぱい。清濁混成といかにうまく共生するか。
かつて坂本龍一さんも参加していた70年代の学生運動。あれだけ大きな動きがあったのに、なぜか日本は変わらなかったか? ちと考えてみる。
デモ活動や暴徒にまでなってしまった人たちは、活動はすれども、結局選挙に行かなかったのではないだろうか? 集まった人たちは「世の中を変えたい」という高尚な気持ちよりは、「仲間が欲しかったから」とか「寂しかったから」「絆が欲かった」など、もっと入口にも入っていない満たされない状態だったのではないだろうか?
活動家でもある音楽家の坂本龍一さんの生活は静かだ。病みあがりや年齢もあるだろう。情熱は静かにくすぶっている。
「見ざる聞かざる言わざる」ではダメ。「見せないから聞かせないから言わない」も責任転嫁。多角的に知り、現状を把握する。荒ぶる思いは、深呼吸して落ち着かせる。冷静になって受け入れる。そしたら「さて、自分はどうしよう?」と考えてみる。
感情を越えた向こう側にこそ、やるべきことがあるのだろう。坂本龍一さんの姿を見てそう感じた。
関連記事
-
『戦場のメリークリスマス 4K修復版』 修復版で時間旅行
映画『戦場のメリークリスマス』の4K修復版の坂本龍一追悼上映を観に行った。そもそもこの映画の
-
『犬ヶ島』オシャレという煙に巻かれて
ウェス・アンダーソン監督の作品は、必ず興味を惹くのだけれど、鑑賞後は必ず疲労と倦怠感がのしか
-
『カールじいさんの空飛ぶ家』憐憫の情を脱せなければ、ドラマは始まらない。
ディズニーアニメの最新作『ベイマックス』が 予告編とあまりに内容が違うと話題に
-
『かぐや姫の物語』 かの姫はセレブの国からやってきた
先日テレビで放送した『かぐや姫の物語』。 録画しておこうかと自分が提案したら家族が猛反
-
『ベニスに死す』美は身を滅ぼす?
今話題の映画『ミッドサマー』に、老人となったビョルン・アンドレセンが出演しているらしい。ビョ
-
『野火』人が人でなくなるところ
塚本晋也監督の『野火』。自分の周りではとても評判が良く、自分も観たいと思いながらなかなか観れずにいた
-
『Love Letter』 ヨーロッパ映画風日本映画
岩井俊二監督の『Love Letter』。 この映画をリアルタイムで観たときに 「やられ
-
『ミニオンズ』 子ども向けでもオシャレじゃなくちゃ
もうすぐ4歳になろうとしているウチの息子は、どうやら笑いの神様が宿っているようだ。いつも常に
-
『帰ってきたヒトラー』 これが今のドイツの空気感?
公開時、自分の周りで好評だった『帰ってきたヒトラー』。毒のありそうな社会風刺コメディは大好物
-
『Shall we ダンス?』 まじめなだけじゃダメですか?
1996年の周防正行監督の名作コメディ『Shall we ダンス?』。これなら子どもたちとも