*

『高い城の男』占いは当たらない?

公開日: : 最終更新日:2019/06/11 ドラマ,

 

映画『ブレードランナー』の原作者フィリップ・K・ディックの代表作『高い城の男』。自分は10代後半から20代にかけて、ディックの作品にえらくハマった時期があったのに、この有名な『高い城の男』は未読だった。

そういえば高校生の時、英文法の若い女の先生が、「好きなSF作家がいるんだけど、日本ではあんまり訳書が売ってなくて、海外の本屋を探して買ってるんだけど、たいへんなんだ」なんて言ってた。今振り返ると、どうもフィリップ・K・ディックの本だったみたいだ。当時は和訳本が少なかったのか、もっとマニアックな作品を求めていたのか? 今みたいにネットで世界中のショップに瞬時に行って、ポチッとして、郵送期間だけ待てばいいなんて時代じゃない。英文法の先生はものすごい労力をかけて、ディックの本を集めていたのだろう。しかもこんなややこしい本を原語で読めちゃうんだからすごい。あの先生、当時まだ20代前半だったと思う。自分がもう少し早く目覚めていたら、さぞかし勉強以外にも、SF情報も教えてもらえただろうに。

『高い城の男』は、もし第二次大戦で日本とドイツが勝っていたらの世界を描く歴史パラドックスもの。それはディストピアな世界。なんでもリドリー・スコット製作総指揮で、テレビドラマシリーズ化されているらしい。群像劇なので、世界観だけ踏まえていればいくらでも物語を膨らませられるのかも。興味あるけど、長いテレビドラマを観つづけられる余裕と自信がない。

久しぶりにディックの小説を読むと、映画『ブレードランナー』よりも、続編の『ブレードランナー2049』の方が、ディックっぽい雰囲気を醸し出している。登場人物たちがどんなに数奇な運命を辿っても、大きな世の流れには届かない。物語の区切りはつくけど、本質的なものは何も解決しないまま終わっていく。

小説の中でこんなエピソードがある。登場人物のひとりの古美術商のアメリカ人男が、日本人貴族に宝飾品をプレゼントする。日本人貴族はその品物をさんざん馬鹿にしておきながら、「この宝飾品の鋳型を取り、量産すれば、大儲けできる」とけしかけてくる。古美術商はその話を断り、この宝飾品とこれを作った美術家を愚弄したことを謝罪してほしいと日本人貴族に言う。それまで古美術商は、この宝飾品もこれを作った美術家も見下していたのにもかかわらずだ。そして日本人貴族に逆らうということが、今後の自分の仕事に大きなダメージを与えることも重々承知の助。目先の儲け話に魂を売ったりしない。なんとも清々しい。芸術に敬意を示さないのが日本人なのも、現実そのまんまなので嘆かわしい。古美術商はカネよりも大切なものが何なのかを知っていた。

『高い城の男』のSF的な要素としては、その社会では多くの人が易占をたしなんでいるということ。登場人物たちはことあるごとに、易占から自身の行動を決めていく。なんでもフィリップ・K・ディックですら本作を執筆中に、登場人物の行動を占って決めたとか。

理不尽な世の中で、誰しもなにがしらの指針が欲しいもの。その象徴がこの小説では易占になっている。ここまで誰も彼もが易占をする浸透率の高さに、一瞬いぶかる。でも携帯電話やスマートフォンの普及がこれほど進むとは、30年前に予想すらしていなかっただろうから、これはこれで可能性は否めない。

さて、自分がもしそんな易占社会に生きていたとして、果たしてそれを学ぶだろうかと考えてみる。キッパリ挫折しそうだ。自分自身ではけっこう占いとか面白がるほうなのだが、いかんせんこれまで当たった試しがない。具体的に示されれば示されるほど、現実との溝は大きくなる。せっかく信じたいと思っているのにとても残念。

以前独学の易占を趣味でやったという人の話を思い出す。占いたい人の情報を取り込んで易にかけるとハッキリとした卦がでるらしい。易占は統計学だから、あるていど学べば誰しも同じ結果にたどり着く。この卦がでるということは、こんな職業の人でこんな人生を歩んできた人で、きっとこんな風になっていくと想像していく。占いに必要な情報だけそろえば、会ったことのない人ですら言い当ててしまえるらしい。あんまりわかってしまうので、占う相手がかわいそうになってしまってやめてしまったとのこと。

占いと聞くと抹香臭く、胡散臭さい低級なもののように思えてしまうが、ひとつの学問としてとらえれば、そんな偏見も薄れる。どうも易占は洞察力が重要とされるみたいだ。そういえばファンタジーに登場する賢者は、魔力が優れているだけでなく、いたって皆人格者だ。スピリチュアルなものは、なんとなく現実逃避な印象を受けるが、それなりに道理をわきまえた博識でないと、正しく卦を導き出せないし、相手に伝えられない。易占を真摯に取り組むと手間暇かかる。効率が悪すぎる。本気でやるととても金儲けなどできない。

『高い城の男』の登場人物たちは、クライマックスにはそれぞれ窮地に立たされる。各々その場面で最善を尽くす。「事前に易占をしていれば、こんなことにはならなかったのに」と皆後悔する。しかしその場で考え、立ち回ったのは明らかに自分の意思。その結果はその場においては、ベストな行動ばかり。自分で考え行動したことは、自分自身で責任を持たなければならない。それがイヤだから考えないで済まそうと、人はしてしまうのだろうか? しかし「考えないで何もしない」というのも、ひとつの行動の選択だ。何もしなくとも、その何もしない責任はのしかかる。やはり頼りになるのは易占ではなく、自分自身の心の声だ。

自分は占いが当たらない。それで自分のことは自分で考える習慣がついたので、まあこれはこれで良かったのかもしれない。占いはあくまで参考までに。結局何かをするのを決めるのは自分自身なのだから。

関連記事

no image

『レヴェナント』これは映画技術の革命 ~THX・イオンシネマ海老名にて

  自分は郊外の映画館で映画を観るのが好きだ。都心と違って比較的混雑することもなく余

記事を読む

『真田丸』 歴史の隙間にある笑い

NHK大河ドラマは近年不評で、視聴率も低迷と言われていた。自分も日曜の夜は大河ドラマを観ると

記事を読む

『かがみの孤城』 自分の世界から離れたら見えるもの

自分は原恵一監督の『河童のクゥと夏休み』が好きだ。児童文学を原作に待つこのアニメ映画は、子ど

記事を読む

『黒い雨』 エロスとタナトス、ガラパゴス

映画『黒い雨』。 夏休みになると読書感想文の候補作となる 井伏鱒二氏の原作を今村昌平監督

記事を読む

『花束みたいな恋をした』 恋愛映画と思っていたら社会派だった件

菅田将暉さんと有村架純さん主演の恋愛映画『花束みたいな恋をした』。普段なら自分は絶対観ないよ

記事を読む

『アン・シャーリー』 相手の話を聴けるようになると

『赤毛のアン』がアニメ化リブートが始まった。今度は『アン・シャーリー』というタイトルになって

記事を読む

『今日から俺は‼︎』子どもっぽい正統派

テレビドラマ『今日から俺は‼︎』が面白かった。 最近自分はすっかり日本のエンターテイメ

記事を読む

『ツイン・ピークス』 あの現象はなんだったの?

アメリカのテレビドラマ『ツイン・ピークス』が 25年ぶりに続編がつくられるそうです。

記事を読む

no image

男は泣き、女は勇気をもらう『ジョゼと虎と魚たち』

  この映画『ジョゼと虎と魚たち』。 公開当時、ミニシアター渋谷シネクイントに

記事を読む

no image

『湯殿山麓呪い村』即身仏、ホントになりたいの?

  先日テレビを観ていたら、湯殿山の即身仏の特集をしていた。即身仏というのは僧侶が死

記事を読む

『教皇選挙』 わけがわからなくなってわかるもの

映画『教皇選挙』が日本でもヒットしていると、この映画が公開時に

『たかが世界の終わり』 さらに新しい恐るべき子ども

グザヴィエ・ドラン監督の名前は、よくクリエーターの中で名前が出

『動くな、死ね、甦れ!』 過去の自分と旅をする

ずっと知り合いから勧められていたロシア映画『動くな、死ね、甦れ

『チェンソーマン レゼ編』 いつしかマトモに惹かされて

〈本ブログはネタバレを含みます〉 アニメ版の『チ

『アバウト・タイム 愛おしい時間について』 普通に生きるという特殊能力

リチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム』は、ときどき話

→もっと見る

PAGE TOP ↑