『やさしい本泥棒』子どもも観れる戦争映画
人から勧められた映画『やさしい本泥棒』。DVDのジャケットは、本を抱えた少女のビジュアル。自分は萌えとかアイドル文化がどうもニガテ。少女が主人公というだけで倦厭してしまうところがある。このジャケットだと、自分からでは目にとまることはなく、絶対触手が伸びそうもない。偏見とは恐ろしい。
そういえば脚本家養成学校に通っていた時、講師が言っていた。「素人公募の主人公にはなぜか女子高生が多い。それも作者が男女に問わず。審査員は主人公が女子高生というだけで弾いてしまうところがあるくらい。個性を出すための応募作品で女子高生を主人公にするのは避けなさい」
なぜ皆それほど女子高生に興味があるのだろうか? 最近の日本映画も学生の恋愛モノばかりなので、やはり需要は高いのだろう。自分の好みとは別として、それはそれでマーケティングの研究材料になりそうだ。
それでこの映画『やさしい本泥棒』は、まったくもってそんな学園恋愛モノではなく、1930年代のこれから第二次世界大戦になだれ込みそうなドイツが舞台の映画だ。ナチスの恐怖政治が、どのようにドイツ国民に行われていたかが、少女の目線で描かれている。少女の視点なので、作品にファンタジー性も生まれて、マイルドになってくる。子どもと一緒に観れる戦争映画だ。
最近の戦争映画は、残酷描写の連続で鑑賞に年齢制限のかかった作品が多い。今の戦争を知らない我々世代には、それくらいダイレクトに陰惨なものを見せつけられなければ、戦争をイメージする想像力がなくなっている。それはそれで大事な表現だ。ただ本作のように、残酷描写は抑えながら、戦争によって心が脅かされていくことを描くということも大切なこと。「戦争ってイヤだね」と漠然と捉えるのではなく、「どうして戦争はイヤなのか?」を、親子で具体的に話し合うきっかけにもなるだろう。
原作者のマークース・ズーサックは1975年生まれのオーストラリア人。まさに自分と同世代。戦争も知らないし、ナチスに直接的な感情もおそらくないだろう。実際の戦争体験談ではなく、綿密な調査のもと執筆された作品なのではと伺える。リアリズムとファンタジーが織り混ざった不思議な映画。感情的な熱量はなく、クールな印象を受ける。意地悪くいうと、悲劇や戦争をテーマとした作品は、商業的にもインパクトがありそうなので、作品企画のあざとさも否めない。とは言いながらとても好感の持てる良作に仕上がっている。
主人公の少女リーゼルは、赤狩りから逃亡中の共産党員の親から、ミュンヘン郊外の老夫婦に里子に出される。世の中はナチスの統治下真っ只中のドイツ。
ナチスが開く集会で、市民たちは本をかき集めて燃やしている。ジャン=リュック・ゴダール監督のSF映画『アルファヴィル』で、思想検閲のためすべての書物を処分するという場面があった。ディストピア描写のフィクションかと思っていたが、ナチスは実際にやっていたのかと知るとゾッとする。
リーゼルは読書どころか、字も読めないところからのスタート。ジェフリー・ラッシュ演じる里親のレクチャーもあり、本を読むことで文字を勉強していく。やがて読書が好きになっていくリーゼル。ある日、ナチスの集会で焼かれた本の中から、一冊盗んだことによって生まれる人間関係。
政治犯のように本を隠し持つリーゼル。観客はハラハラドキドキだ。盗んだ本がどれだけ政治的な本なのかと思いきや、その本はH.G.ウェルズの『透明人間』。とはいえウェルズは戦争反対の政治活動もしていたし、フリーメイソンのメンバーだったらしいし、あながちナチスにとって危険思想の本ではないとは言い切れない。本作を通して、読書の大切さをしみじみ知らされる。
読書は人の想像力を豊かにする。同じ種類の本ばかり読んでいては、感性も曇らせてしまうこともあるが、多種多様な書物に触れることは、その人の人生に必ず大きなプラスになっていく。なにより自分で考える力がつく。清濁混在の世の中でも、審美眼が備わっていくものだ。
国民が本を読んで頭がよくなってしまっては、独裁政治をもくろむナチスにとってこれほど厄介なことはない。何も考えない無知な人間ばかりなら、統制もしやすい。
現代人の読書量が減っていることが常に言われ続けている。実際、読書を軽視する人も多い。日本人は特に仕事の拘束時間が多いため、読書に時間をとる人も少なくなった。ネットの進歩もそれに後押しをかける。まさに操作しやすい世の中。
この『やさしい本泥棒』という作品は、紹介されるまで自分は知らなかった。なんでも日本国内では、劇場公開が予定されながらも未公開のまま、配信とビデオスルーのみ。ナチスが完全悪として描かれている本作。政界のトップがナチスを称賛する発言があったので、それに対する忖度かしら?
ジェフリー・ラッシュは『パイレーツ・オブ・カリビアン』のバルボッサ役でも有名だ。奥さん役のエミリー・ワトソンなんか、自分はずいぶん久しぶりにみる。かつての薄幸な役のイメージが強い美人女優も、すっかり怖いおばさんが板につくようになった。そして音楽は巨匠ジョン・ウイリアムズ。その年のアカデミー賞やグローブ賞のノミネートもされている。日本では地味すぎる扱いだ。
ともあれ日本でも本作がなんとか観れたのは良かった。もしお蔵入りなんてなったら、文化的鎖国もいいところ。メジャーな反戦映画が堂々とメインストリームにのれない、今の日本のエンタメ状況は、ある意味危機的なのかもしれない。
大人はもちろんだけど、多くの子どもたちにも観てもらいたい映画だ。お涙頂戴に浸るだけでなく、その先も考察していきたい。恐怖場面や残酷場面こそないのだが、自分はこの映画がとても怖かった。
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