『チャーリーとチョコレート工場』 歪んだ愛情とその傷
映画が公開されてから時間が経って、その時の宣伝や熱狂が冷めたあと、あらためてその映画を観直すと、作品に込められた真のテーマが見えてくるなんてことが稀にある。このティム・バートンが監督した『チャーリーとチョコレート工場』がそれ。
映画はエキセントリックなビジュアルと演出で、一目で心を奪われてしまう。ウンパルンパという同じ顔をした、ちっちゃいおじさんたちが、歌いながら働いているのが楽しすぎるし、皮肉もたくさん孕んでる。
もちろんそれらもこの映画の最大の魅力だ。でもこの映画のテーマはとても道徳的で高尚だ。最近の商業作品にはすっかりなくなってしまった気骨がある。派手な作風は、その照れ隠しかもしれない。それくらい直球投げても、その心は届く人にしか届かない。
ジョニー・デップ演じるウィリー・ウォンカは天才ショコラティエ。彼が製造するチョコレートは世界中に人気で、巨大な工場から毎日、多くのトラックで配送されていく。ただ、工場で働く人の姿は誰もみたことがない。主人公の少年・チャーリーのおじいちゃんが、かつてウォンカの工場で働いていたらしい。従業員の裏切りがあって、ウォンカの工場で働く人は全員解雇されてしまった。それ以来、傷ついたウォンカはひとり、巨大な工場に閉じこもったまま。配送トラックだけが工場を出入りしている。
なんだかウォンカのチョコレート工場と、マイケル・ジャクソンのネバーランドとが重なってくる。心優しい天才に、カネの匂いを嗅ぎつけたハイエナどもが群がる。本来、人と人の繋がりは類は友を呼ぶものがいい。しかしながらこのカネというものは、その自然の摂理の流れを強引に変えてしまう力がある。心優しき天才は深く傷つけられ、自分の殻に閉じこもってしまう。たとえ巨万の富を得ようとも、真の友人はいない。彼はひとりぼっち。
天才の親もまた天才。息子はショコラティエとして才能を開花したが、父親は歯科医の博士だ。人から飛び抜けた才能を持つ人は、そのしわ寄せとしてか、凡人が普通にできる当たり前のことができなかったりする。父親の息子に対する愛情表現は、過剰なまでの歯科矯正器具に象徴される。親としては最新の技術を息子にあてがっているつもりだが、息子からしたら拷問でしかない。ウォンカが「両親」という言葉を発するとき吃るのが、その傷の表れ。
ウォンカは、虫歯になるからダメだと父親が禁じたお菓子の世界に飛び込んでいく。親との確執で、ほとんどがその才能の芽が摘まれてしまうものだが、幸いにもウォンカはそこで成功することができた。トンガリまくったビジュアルと演技で、滑稽なコメディに仕上げているが、映画のテーマはとても深刻だ。
ウォンカのキャラクターとしてとても興味深いのは、この人は果たして子どもが好きなんだか嫌いなんだかわからないところ。雄弁に自分の仕事を語っているかと思ったら、質問されると、いちいちイラついてる。人懐っこそうなのに気難しい。情緒不安定。公開当時の流行りの言葉で言うなら、まさにアダルトチルドレン。
ウォンカが自分のチョコレート工場に、親同伴で子どもたちを招待する。どの家も極端な問題を抱えている。いちばんマトモに見える主人公のチャーリーの家だって、超ド貧困。働き手は父親だけで、要介護老人が四人もいる。まるで近未来の日本の家族構成みたいだ。
そういえば劇中でウォンカのチョコレートは世界中に配給されている。アジアでは東京に販売店があった。昨今の日本では、外資系がどんどん撤退している。日本経済が弱くなっているのが如実に伝わる。いまなら即中国に支店を出すだろう。ウォンカも日本から撤退しちゃったかな? 本当にこの10年でアジアの経済状況が大きく変わってしまった。もうそろそろ建設的な話をしないとね。
ウォンカは子どもたちを自分の工場に招待して施しているようにもみえるし、逆に悪い子や悪い親を罰しているようにもみえる。何がやりたいのか、ウォンカ自身にもわかっていないみたいだ。
ウォンカは天才ゆえに人の上に立たなければならなくなった孤独な人。本能的に救いを求めてる。工場に招待した子どもたちを競わせて、上から与えようしているけれど、実は自分を救ってくれそうな、優しくて強い子どもを探してる。幼少時のトラウマと向き合うところまできちんと描いているのだから、この映画はとても誠実だ。
ウォンカはチャーリーの家族たちと一緒に暮らすことになるのだろう。今回はウチの子どもたちとこの映画を観た。ふと小学生の娘が「ウォンカさんは、実のお父さんとは一緒に暮らさないの?」と聞いてきた。父と子の確執。和解こそすれども、そうやすやすと解けるほど単純なものではない。ファンタジー映画だけど、そこはとてもシビアな現実を捉えている。物語は登場人物たちが、身の回りの環境を変える生活を選び、一歩先に踏み出したところで終わっていく。
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