『IT(2017年)』 それが見えても終わらないために
スティーヴン・キングの有名小説で映像化は2回目になる『IT』。邦題には『“それ”が見えたら、終わり』という蛇足なサブタイトルがついている。前回のテレビドラマ版と区別するためのサブタイトルなんだろうけど、「IT」って鬼ごっこの「鬼」のことでもあるから、「それ」って訳しちゃうのはちと大雑把かも。英語には一つの単語にいろんな意味があったりする。
この『IT』の映画版は、本国のアメリカでは記録的なヒットをだしたとか。そういえば最近はホラー映画自体が少なくなった。自分はビックリさせられたり、血を見るのがニガテなので、なかなかホラーには触手が伸びない。人気のゾンビ映画も観れずにいる。でもこの『IT』が日本公開になったら、真っ先に観に行こうと決めていた。
さて、晴れて日本でも『IT』が公開された。SNSでは劇場へ来る高校生の観客のマナーの悪さがずっと流れていた。久々のハリウッド映画での話題のホラー作品なので、いろんなタイプの客層が集まって来たのだろう。
Jホラーというジャンルがあるくらい、日本作品にはホラーがいまだに人気。そういったワイワイ系の若い客層と、本来の洋画ファンが合間見えてしまったのだろう。洋画ファンはおひとりさまだったり、静かに映画を観たいタイプが多い。お祭り気分の観客とは相性が悪い。
好きな映画があっても、その映画のファンがあまりに自分と相性が悪い人ばかりだったりすると、なんとなくシラけてその映画が嫌いになってしまうことがある。そんなこんなでビビってしまって、この映画は先送りにすることにしてしまった。
ホラー映画が久しぶりなのは、時代の流れでなんとなくわかる。心霊写真みたいなものはフォトショップで簡単に作れちゃうし、CGでいくらでもビックリ映像なんてできちゃう。他人に見えないものが見えるというのも、脳障害や脳の個性で見えると言われ、自分だけが見えるものがあっても、必ずしもそれが霊の存在とは限らなくなった。
でも自分は直感みたいなものは信じてる。「これは良いものだ」「ヤバそうだ」と感じたら、予定をすぐ変更したりする。そこには具体的な根拠はない。第六感は存在するとは思う。
映画『IT』にでてくる街にはびこる悪霊は、ペニーワイズというピエロ。遊園地にいるピエロが怖いと感じる子どもは多い。大人が良かれと思って子どもにあてがったものが、子どもにとっては忌まわしいものだったりする。でもペニーワイズって一体何者?
映画には、子どものころ怖かったもののメタファーで溢れてる。無意味に部屋に飾ってある絵が怖かったり、ふと学校の図書室で見た戦争や事故の悲惨な写真。イジメや親や大人たちへの不信感。DVやらネグレクト。思春期の身体の変化。恋心。街の閉塞感……。ひとつずつ紐解いていくのは野暮ってもの。それらのすべての不安の象徴があのピエロ。
だから映画で起きていることはすべて、不安定な心理が生み出した幻覚かもしれない。ディテールは細かく、大筋はあやふやにしたままにして、不気味な雰囲気を創り出すスティーヴン・キングの作家技術を感じる。
舞台は1980年代。あの頃自分も10代だった。原作者が同じ『スタンド・バイ・ミー』のホラー版と言われる『IT』。80年代はブロックバスター映画が花盛り。忘れていたあの頃の映画の雰囲気が蘇る。『グーニーズ』なんかも思い出す。登場人物のイケてない少年たちが皆、共感しやすいコンプレックス持ちばかり。紅一点の女の子は魅力的。目立つからこそ、嫉妬心でイジメられることもある。
10代の頃は怖いものがたくさんあった。大人になってから、同じものを見たり経験したりしても、それほど恐怖は感じなくなるものだ。それはけして鈍くなったからというわけではない。年齢を重ね、いろいろな経験や学んだことが増えたため、ものごとの道理が掴みやすくなったのだろう。恐怖心がペニーワイズの好物ならば、知識を得ていけばこの悪魔は何もできない。
自分も歳をとり人の親となると、この映画にあるような小さな子どもが惨殺される場面では、怖いというよりも精神的に凹んでしまう。こんな描写に怒りすら覚えて、単純に映画を楽しめなくなる。暴力を暴力で解決するのも、倫理的にはいただけない。子どもが主人公の映画だけどR指定なのは頷ける。
『IT』はホラー映画としては、これでもかというほど怖い場面の連続で、サービス精神旺盛だ。きゃあきゃあ言って楽しめる。ただ振り返るとあまりに内容が無いので驚く。でも80年代のブロックバスター映画も、みんなこんなものばかりだったので、それはそれで懐かしい。
大人だってかつては皆子どもだった。感情移入できる層は広い。青春モノは、リアルタイムの年代よりも、過ぎた日を懐かしむためのジャンルなのかもしれない。子どもたちが狙われるホラー映画なら、恐怖の共感力は高まる。
ホラーとポルノは近いジャンルだ。どちらもセンセーショナルな場面が売りで、内容なんて二の次。
最近世を騒がす凶悪犯罪や事故で、小さな子どもが犠牲になるものが多く話題にのぼる。そういったセンセーショナルなニュースは、誰もが怒りを感じ、当然加害者をひどく憎む。必然視聴率が高くなるので、何度も何度もニュースで報道する。でも世の中に流れるべきニュースはそればかりではない。
一見つまらなそうで分かりにくい情報であっても、自分たちの生活に直接関係してくるような重大なニュースが、報道されなかったり、小さく扱われたりしてしまうのはとても心配だ。ニュースはワイドショーではないのだから、数字を意識し過ぎて内容を変えられたらたまったものではない。やはりスポンサーや忖度を意識しない、真の中立な報道が日本には必要だ。もしくは新聞社や放送局によって、極論を言い合っているのもアリなのかも。その多種多様な意見をどう解釈するかは、受け手の我々一人一人に託される。日本人ももっと自分で考えることを身につけなければいけない。そしてみんなそれぞれ考えが違って良いのだ。
知恵を磨く訓練を日頃からしてないと、ペニーワイズみたいなヤツがが排水溝からニヤニヤしながら狙っている。いざというとき動じないように、知恵の武器を磨いておこう。
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