*

『グレイテスト・ショーマン』 奴らは獣と共に迫り来る!

公開日: : 最終更新日:2021/02/28 映画:カ行, 音楽

映画『グレイテスト・ショーマン』の予告編を初めて観たとき、自分は真っ先に「ケッ!」となった。「『ラ・ラ・ランド』のスタッフと、『レミゼラブル』のヒュー・ジャックマンが贈る最新ミュージカル映画です」って。近年の評判の良い素材を集めました。皆さん好きでしょう? あざとい商魂がモロわかり。

でも映画公開が始まると、あちこちでで好評の声が聞こえてくる。ラジオから聞こえてくる映画のサウンドトラックは、どれもテンションが上がる楽しいものばかり。これは観ないわけにはいかなくなった。

映画『グレイテスト・ショーマン』は、オープニングの掴みもバッチリ。いきなりハイテンション。カッコよく音楽とダンスと映像の総合演出で、グイグイ観客の心を惹きこませる。強引なくらいのパワーがある。

ミュージカルは、なによりも音楽先にありき。良い楽曲さえあれば、ストーリーなんてあってないようなもの。曲をひきたたせるために、演出や脚本だって変更する。

あの『アナと雪の女王』だって、一番最初にに出来上がった、雪の女王であるエルサの心情を歌った『Let it go』があまりに良かったため、当初悪役の予定だったエルサを善人に変えてしまったくらい。無理くり変更したから、脚本的には整合性取れない部分もあるけど、それを凌駕するくらい作品にパワーがあった。ミュージカルでプロットの粗探しをするのは野暮ってもの。

この『グレイテスト・ショーマン』は一応伝記映画でもある。サーカスや見世物小屋の創始者P.T.バーナムがモデル。バーナムをヒュー・ジャックマンが、爽やか中年スマイルで演じてるから、おどろおどろしい感じがまったくしない。バーナムがこんな善人なわけがない。サーカスのもつ魑魅魍魎なイメージを刷新してしまった。

作中でバーナムの放つ興行を、評論家が批判する。それに対してバーナムは、「でも、観客が笑ってくれている」と応える。この映画『グレイテスト・ショーマン』事態、映画評論家の反応は芳しくなかったが、一般観客側からはSNSをはじめ、口コミの話題でもちきりになった。

ミュージカルといえば、日本なら女性ファンが多いものと思いがちだが、世界的にはゲイカルチャーの代表ジャンルでもある。映画を作るにあたって、いちばんのお得意様であるLGBT層をかなり意識している。映画の起源は、サーカスを描きたかったからではなく、美意識の高い、豪華絢爛のゲイカルチャーの再現だ。サーカスやバーナムは素材でしかない。そして、虐げられているフリークスたちのやるせない心情に、己を重ねるもよし。

ミュージカルの楽曲は、クラッシックやオペラに近いものが多い。作品のスパイス的にポップスやロックなど、違うエッセンスの曲調が入ってくるような印象。『グレイテスト・ショーマン』の楽曲は、耳あたりの良いポップスに絞られている。一貫性があって、とても聴きやすい。映画鑑賞後は、作中のミュージカル曲が、頭の中でヘビーローテションしてしまうくらい。時折オーケストレーションが入ってくると、違和感を感じるくらい。

「あなたの歌は聴いたことがない。でもあなたと仕事がしたい。自分の耳より、世間の評価の方が確実だ」劇中でのバーナムの歌手への口説き文句。これはこの映画のプロデューサーのそのまま本心だろう。

2時間に満たない上映時間は、ミュージカルは長尺だという慣例もとっぱらっていて良い。卑賤の者を見て笑う見世物小屋のサーカスや、ネットで罵詈雑言を書き連ねるより、楽しいだけのミュージカル映画に、ひととき心を委ねた方が、心身の健康には遥かに良い。

いま、世界中が疲れている。軽くても薄っぺらくてもいいじゃない。お客さんに優しい、軽やかな映画も必要だ。今という時代だからこそウケた『グレイテスト・ショーマン』。2時間弱のほんのひととき、夢をみさせて貰いましょう。

ちなみに、あまりに映画が良かったので、子どもたちと再度鑑賞。みんなノリノリで、ずっと映画の歌を口ずさんでる。『グレイテスト・ショーマン』好きな小学生とはシブすぎる。サントラご所望だそうです。

 

関連記事

『コクリコ坂から』 横浜はファンタジーの入口

横浜、とても魅力的な場所。都心からも交通が便利で、横浜駅はともかく桜木町へでてしまえば、開放

記事を読む

『めぐり逢えたら』男脳女脳ってあるの?

1993年のアメリカ映画『めぐり逢えたら』。実は自分は今まで観たことがなかった。うちの奥さん

記事を読む

『逃げるは恥だが役に立つ』 シアワセはめんどくさい?

「恋愛なんてめんどくさい」とは、最近よく聞く言葉。 日本は少子化が進むだけでなく、生涯

記事を読む

『かぐや姫の物語』 この不気味さはなぜ?

なんとも不気味な気分で劇場を後にした映画。 日本人なら、昔話で誰もが知っている 『

記事を読む

『DUNE デューン 砂の惑星』 時流を超えたオシャレなオタク映画

コロナ禍で何度も公開延期になっていたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のSF超大作『DUNE』がやっと

記事を読む

『高慢と偏見(1995年)』 婚活100年前、イギリスにて

ジェーン・オースティンの恋愛小説の古典『高慢と偏見』をイギリスのBBCテレビが制作したドラマ

記事を読む

『ゴールデンカムイ』 集え、奇人たちの宴ッ‼︎

『ゴールデンカムイ』の記事を書く前に大きな問題があった。作中でアイヌ文化を紹介している『ゴー

記事を読む

『MINAMATA ミナマタ』 柔らかな正義

アメリカとイギリスの合作映画『MINAMATA』が日本で公開された。日本の政治が絡む社会問題

記事を読む

『オッペンハイマー』 自己憐憫が世界を壊す

クリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』を、日本公開が始まって1ヶ月以上経ってから

記事を読む

『ブラックパンサー』伝統文化とサブカルチャー、そしてハリウッドの限界?

♪ブラックパンサー、ブラックパンサー、ときどきピンクだよ〜♫ 映画『ブラックパンサー』

記事を読む

『新幹線大爆破(Netflix)』 企業がつくる虚構と現実

公開前から話題になっていたNetflixの『新幹線大爆破』。自

『ラストエンペラー オリジナル全長版」 渡る世間はカネ次第

『ラストエンペラー』の長尺版が配信されていた。この映画は坂本龍

『アドレセンス』 凶悪犯罪・ザ・ライド

Netflixの連続シリーズ『アドレセンス』の公開開始時、にわ

『HAPPYEND』 モヤモヤしながら生きていく

空音央監督の長編フィクション第1作『HAPPYEND』。空音央

『メダリスト』 障害と才能と

映像配信のサブスクで何度も勧めてくる萌えアニメの作品がある。自

→もっと見る

PAGE TOP ↑