『誘拐アンナ』高級酒と記憶の美化
知人である佐藤懐智監督の『誘拐アンナ』。60年代のフランス映画のオマージュ・アニメーション。佐藤懐智監督作品というと、社会風刺のピリリと辛い作風で、海外の映画賞を多数獲得している。
大手商業映画となると、どうしても金儲けがメインとなってしまうので、社会風刺ネタの企画などはなかなか通ることはない。保守的な日本のメディアなら尚のこと。むしろ『シン・ゴジラ』みたいな社会風刺SFの企画が通って、ヒットすることが意外だった。というか企業は社会風刺的なものを嫌うが、観客はガス抜きを求めている。要は作り手の勇気や覚悟の問題だ。
個性というものは、隠そうとしても自然と出てくるもの。クリエイターの方に「ご無沙汰です」と挨拶したときに、あれ?となることがある。そんなとき、大抵は近々にその人作ったの作品を観たばかりだったりするものだ。
どんなに作風を変えてみても、作者の顔が見えてくる。それは作者と作品に力があることなのだと感じる。
今回の『誘拐アンナ』は、佐藤懐智監督の特有の社会風刺の作風はあえてしていない。60年代の退廃的なフランス映画へのオマージュに徹する。いわば甘い思い出に浸るかのよう。
でも誤解するなかれ。『誘拐アンナ』が、間口の広い口当たりのいい作品だと油断していると、どーんと後から深い酔いに襲われる。いつのまにか鈍いボディブローが効いていたのだ。この短編映画は、甘口だけど、度数の高い高級酒みたいなもの。あたりは柔らかいけど、やはりピリリと辛い。
オマージュ作品というものは不思議だ。その元ネタを知らない人が、そのルーツを遡って観直してみると、ガッカリすることがある。その元ネタの方が雑な作りで、いま観ると稚拙すぎたりするものだ。ただその年代その時代にその作品に出会った人の衝撃の記憶が壮大に膨らんでしまっているのだろう。その鮮烈にインスパイアされた作品が、さらに洗練されていく。思い出の美化。人の記憶なんていい加減。明らかに元ネタを凌駕してる。
作品とは影響を受けあって、どんどん良質なものへと変遷していく。オマージュとパクリの区別がつかない人がいるが、前者は元ネタに敬意があり、後者はただイタダイタだけ。そこに愛があるかないかの問題。そんなの見分けがつかないよとなりがちだが、要はその作品に触れたあと、いい気分になるかイヤな気分になるか、自身の胸に手を当ててみれば自然とわかる。
作中で登場人物たちは、独自の恋愛論を語っている。それを楽しむか、真に受けるのかも、観客に委ねられる。だってこれは論文ではないから。作者がどこまで本気なのか、そもそも架空の存在である登場人物でさえ、本心を語っているとは限らない。作中の言葉遊びにのせられて、オシャレな恋愛気分にフワフワさせられる。
フィクションやファンタジーの姿を借りて、現実をケムに巻く知的なゲームが行われている。それは登場人物のアンナと教授の駆け引きなのか、作家と観客の駆け引きなのかはわからない。わからなくたっていい。
今回の『誘拐アンナ』は、ルーツになる作品のひとつ『あの胸にもういちど』のリバイバルとカップリングで、渋谷ヒューマントラストで上映された。佐藤懐智監督の社会風刺が効いた過去作は、海外でたくさんの受賞をしているけれど、日本であまり紹介されていない。やっぱり社会風刺は国内では難しいのだろうか。表層がマイルドだと、国内配給がしやすいのも皮肉だ。
大御所のアニメ関係者が続々と業界から撤退している。採算が合わないのだろう。「アニメ作品はこれで最後になるかも?」と懐智監督もチラリと言っていた。
『誘拐アンナ』は水彩画タッチの実験的な映像で製作されている。アニメなら国籍もジャンルも越えられるような気がするが、現代のアニメ事情はどうも違うらしい。アニメといえば日本。日本アニメといえば萌え。そんなイメージに固執し始めているのだろう。
そうなるとアニメーションというジャンルの客層は絞られ、閉鎖的なメディアの象徴となってしまう。それはアニメ業界が自ら選んでいった道なのだから、ある意味仕方がない。アニメという表現は、新しいことやカッコいいことを追求するジャンルではなくなってしまった。アーティストには不向きだ。
果たしてこれから表現と商業芸術の行方は、どのようになっていくのだろうか。新ジャンルの誕生に期待する。
関連記事
-
-
『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』 マイノリティとエンターテイメント
小学生の息子は『ハリー・ポッター』が好き。これも親からの英才教育の賜物(?)なので、もちろん
-
-
『イノセンス』 女子が怒りだす草食系男子映画
押井守監督のアニメーション映画。 今も尚シリーズが続く『攻殻機動隊』の 続編にも関わらず
-
-
『バービー』 それらはぜんぶホルモンのせい
グレタ・ガーウィグ監督の新作『バービー』は、バービー人形の媒体を使った社会風刺映画と聞いた。
-
-
『SLAM DUNK』クリエイターもケンカに強くないと
うちの子どもたちがバスケットボールを始めた。自分はバスケ未経験なので、すっかり親のスキルを超
-
-
宿命も、運命も、優しく包み込む『夕凪の街 桜の国』
広島の原爆がテーマのマンガ。 こうの史代氏著『夕凪の街 桜の国』。 戦争
-
-
『うつヌケ』ゴーストの囁きに耳を傾けて
春まっさかり。日々暖かくなってきて、気持ちがいい。でもこの春先の時季になると、ひ
-
-
『ワンダーウーマン1984』 あの時代を知っている
ガル・ガドット主演、パティ・ジェンキンス監督のコンビでシリーズ第2作目になる『ワンダーウーマ
-
-
『新幹線大爆破(Netflix)』 企業がつくる虚構と現実
公開前から話題になっていたNetflixの『新幹線大爆破』。自分もNetflixに加入してい
-
-
『ゴーストバスターズ アフターライフ』 天才の顛末、天才の未来
コロナ禍真っ只中に『ゴーストバスターズ』シリーズの最新作『アフターライフ』が公開された。ネッ
-
-
『Ryuichi Sakamoto | Opus』 グリーフケア終章と芸術表現新章
坂本龍一さんが亡くなって、1年が過ぎた。自分は小学生の頃、YMOの散会ライブを、NHKの中継
- PREV
- 『勝手にふるえてろ』平成最後の腐女子のすゝめ
- NEXT
- 『ブリグズビー・ベア』隔離されたハッピーな夢