『ジョーカー』時代が求めた自己憐憫ガス抜き映画
公開日:
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最終更新日:2020/03/01
映画:サ行
めちゃめちゃ話題になってる映画『ジョーカー』。ハリウッド映画のアメコミ・ヒーロー・ブームに乗っかってやってきた。バットマンの宿敵ジョーカーの誕生秘話。主人公のアーサーは、心優しく生きたいと思いながらも、度重なる不幸でどんどんアタマがおかしくなって、ついにジョーカーになっていくという物語。
ヴェネツィア国際映画祭で最優秀賞の金獅子賞を獲得したくらいなので、只者ではない映画なのは感じられる。というより、アメコミの舞台を借りながら、社会風刺をしているのはすぐわかる。これは期待してしまう。
映画『ジョーカー』は、DCコミックの原作に添い、架空の街ゴッサムシティを舞台にしている。でも、今までのゴッサムの未来都市的な描写ではなく、80年代くらいのニューヨークのよう。
貧富格差で不安が充満した社会。主人公のアーサーには、それこそ「笑える」くらい不幸が連発する。彼はジョーカーになりたくてなったというよりは、ジョーカーになるしか選択肢がなかったかのようにさえ思えてくる。アーサーを演じるホアキン・フェニックスの不気味さったらありゃしない。アカデミー賞獲得しそうなのも誇大広告ではない!
さて映画を観ていると、哀れなアーサーに同情する自分がいる。これは明日我が身にも起こりかねない不幸のシミュレーション。主人公のアーサーは、要介護の母親と二人暮らし。うだつの上がらない中年男性。しかも本人も精神を患っている。頼みの綱の行政の手当てもどんどん薄くなっていく。貧富の格差は増大し、弱き者は切り捨てられる。これ、現実世界の状況そのまま。
凶悪犯罪や連続殺人を繰り返すシリアルキラーのルポなどに触れれば、なぜその人が犯罪者になったのか、原因は突き止めやすい。映画はアメコミというファンタジーを通して、厳しい現実を模索している。犯罪者誕生の過程がしっくりいくように描かれている。わかりやすい映画だ。これを実録モノにしてしまったらシャレにならない。アメコミというオブラートに包んでいるからこそ、エンターテイメントとして成立する。
保証の甘い社会では、ひとつつまずいただけでも真っ逆さまに転げ落ちてしまうこともある。生きていたら当然起こりうる怪我や病気、家族の看病とかで、生活困難者にすぐなってしまう。
泣きっ面に蜂ではないが、ひとつ不幸に出くわすと、芋づる式に次から次へと不幸がやってくる。人の弱みに付け込む輩も近づいてくる。人が堕ちていくのは案外たやすい。
心が弱ってくると被害者意識が芽生えてくる。「自分がかわいそう」と思い始めたら危険信号。自己憐憫の深い沼にはまっている。あおり運転で、他人を恫喝する人も、きっと自分はかわいそうな人間だと思っていることだろう。暴力的な振る舞いは、歪んだ承認欲求のアピール。
アーサーの中にあるジョーカー要素は自分自身の中にも発見できる。ボクもジョーカー、あなたもジョーカー!
映画は犯罪喚起の危険性もある。ジョーカーが登場する前々作『ダークナイト』の米上映館では、かつて銃乱射事件が起こった。今回の『ジョーカー』も、その劇場では上映しないらしい。
以前、団塊世代の人と話したことがある。社会に違和感を感じて勃発した学生運動が盛んになったあと、なぜ世の中が変わらなかったのだろうかと。単純に学生運動に参加した人たちが「選挙に行かなかったからじゃないの?」という結論に至った。
活動を通して、社会に不満を抱えた学生たちがつながり、高揚感や絆を感じられたかもしれない。社会を変えていこうという高い志も、同志ができたことで満足してしまったのかもしれない。
ジョーカーの中に自分自身を見つけた観客は多いだろう。でもこれは反面教師。同じような局面に陥ったとき、いかに自分はジョーカーにならずにいられるか考えていかなければいけない。
ジョーカーを他人事に片付けられる人は、かなり恵まれた環境にいるか、現実が見えていない人なのかも。ここはジョーカーを否定しないで飲み込んでみた方が、逆にラクになりそうだ。もちろん人によっては劇薬で副作用を起こしかねない。だからこそのR15指定。自分で考える力が問われる。
多くの人がそれを理解できるからこそ、流行は始まる。映画『ジョーカー』が、一般的に受け入れられ、評判になる土壌には、この悲惨な映画に理解を示す人が多いということだろう。
なんとなく生きづらさを感じている人が、これだけ多いというのなら、なんだかホッとしてしまう。このままの社会ではいけないよと考える人が大多数なら、世の中は変わる可能性がる。
ジョーカーは哀れで可哀想な人だけど、我々はジョーカーやライオットになってはいけない。暗く重い映画だけど、なぜか清々しい気分で劇場をあとにした。映画はエンターテイメントでありながら、社会に問題提起をしている。とてもカッコいい。でも、もしかしてみんなはこの映画、社会風刺だと思わないで観てるのかしら?
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