『TENET テネット』 テクノのライブみたいな映画。所謂メタドラえもん!

ストーリーはさっぱり理解できないんだけど、カッコいいからいい! クリストファー・ノーランの新作『TENET テネット』の観賞後一番の感想はそれ。
もちろん映画を観る前から、SNSでは同じような感想は飛び交わされていた。クリストファー・ノーランの映画は、とにかくめんどくさい。理責めの講義を聞かされてるみたい。ノーラン監督はそもそも人に興味がない。人の心の機微に触れようなんて気はさらさらない。それよりも映画技術の仕掛けや、奇想天外なSF新解釈をぶちまけることの方が大事。SF映画の敷居を借りたマジックショー。理屈っぽいのも作品要素のひとつ。
自分はアクション映画を観ると睡魔に襲われる。轟音と派手な展開が、ちょうどいい塩梅で眠りへ誘う。それに加えて、理責めの講義を延々くりかえされれば、寝るなという方が難しい。ノーラン映画は、自分にとってα波発生装置だ。もう夢か現実か映画かわからなくなってきた。眠気も含めてノーランマジック。
理責めSFはオタクのおじさんの大好物。映画を観たあと、あーだこーだと講釈したくなる。女子にいちばんモテないやつ。『テネット』も、ノーラン作品の特徴であるホモソーシャル臭プンプン。でも実のところ、男同士の友情とも恋愛ともとれる心理ですらSFの要素にされている。
主演のジョン・デヴィッド・ワシントンとロバート・パティンソンのマッチョだけど中性的な雰囲気が、BLっぽいテイストもある。オタクおじさん向けの映画かと思いきや、『テネット』は案外女性にも評判がいい。ジョン・デヴィッド・ワシントンはデンゼル・ワシントンの御子息。ロバート・パティンソンは『ハリー・ポッター』でセドリックを演った人ね。名優の二世や、つい最近まで青年役だった人が、大作映画の主演になるのだから、世代が入れ替わった感じがつくづくする。
ノーランの映画は、日本の古いアニメーションから着想しているのを感じる。前々作の『インターステラー』は、『宇宙戦艦ヤマト』のリアルSFイノベーション。今回の『テネット』は、『007』風ハードボイルドの『ドラえもん』といったところ。同じアイデアの源でもアプローチを変えれば、斬新な作品に変貌する。『テネット』は言うなれば、『メタ・ドラえもん』。
今回の劇伴はルドウィグ・ゴランソンが担当している。ノーラン映画といえば、巨匠ハンス・ジマーのイメージなのだが、今回はヴィルヌーヴ版『デューン』と製作期間が被ったとのことでの代打的抜擢。上映中ほぼノンストップでかかっているルドウィグ・ゴランソンのテクノサウンドがいい。前作の『ダンケルク』でも、延々思わせぶりなハンス・ジマー劇伴がかかりっぱなしだった。音楽の載せ方は同じ演出意図。
映画のプロットのトリックは、何度か観直してくれればすんなりわかってくるはず。というか、最初から観客がリピートしてくれる前提で作ってる。ワケが分からない映画のくせに、また観たくなってしまう魅力がこの映画にある。映画ジャンキーにさせるつもりらしい。
ノーランが賢いところは、これだけハードな演出なのに、絶対にR指定の映画にしないところ。暴力描写も、上手に残酷になりすぎないように演出してる。子どもでも観れるエンターテイメント。要するに「大人に向けた子ども騙し映画」。敷居が高いように思わせていて、案外敷居が低い。仏頂面なくせに、おもてなしの心がある。でも観客はおだてられているような惨めな気持ちにはならない。なんだか映画観賞後、頭が良くなったような気にさえさせてくれる。でも、本当に頭がいいのは、観客じゃなくてノーランなんだけど。
ハードなアクションや、仕掛けだらけの映像やらプロット。ガンガン響く劇伴。考えるな、感じろ。テクノのライブのような映画。このグルーヴに身をゆだねよ。映画の本題はここ。難解な映画に思わせていながら、踊らされる観客を手玉に取った、映画全編を通した壮大なトリック。
コロナ禍の影響で、今年のハリウッド映画はほとんど公開延期。『テネット』は、久しぶりの大作映画。世界では映画館の営業すらストップしている。その中で強行するような本作の公開。コロナ禍の鬱々とした状況の切り込み隊長を勇んで出た。でもやっぱりアメリカでは興行は及ばなかった。切り込み隊長が崩れた姿をみて、他の大作映画の公開はみな、来年公開延期を余儀なくされた。世界のコロナ禍状況はまだまだ続きそうだ。そもそも日本の『鬼滅の刃』の大ヒットが異常なのだ。
自分もすっかりコロナに怖気付いて、映画館へと足を運ばなくなった。この『テネット』も、公開当初に一度映画館の前まで行ったのに、クラスター怖さに映画を観ずに帰ってきてしまったくらい。
我が家の子どもたちが『鬼滅の刃』を観たいと言わなければ、まだまだ映画館へは足を運ばなかっただろう。そうか、自分は映画館へ行きたかったんだ。
『テネット』は、平日の映画館へ観に行った。当日券を買おうとしたら、席がだいぶ埋まってる。おかしい。ロビーにはほとんどお客さんがいない。平日は鬼滅フィーバーもないみたい。ネット予約した隠れ観客がいるとも思えない。そういえば平日は、ひと席ごと開けての入場だったっけ。ソーシャルディスタンス上映、体験したかったんだよね。
『鬼滅の刃』や『テネット』が、自分にとって映画館リターンのきっかけになるだろう。でもハリウッドや世界の映画事情は依然止まったまま。日本の国内完結型の楽屋落ちみたいな映画はさすがに遠慮。次に観たい映画が見当たらないので、やっぱりまた映画館断食の期間に戻ってしまうだろう。量産型のブロックバスター映画のラッシュもキツいけど、ここまで観る映画がないのも異常事態。
コロナ禍の世の中だからこそ、メディアに踊らされて散財していたのが当たり前だった頃を見つめ直すのもいい。狂ったような新作映画発表の波には、もう盲目的には乗りたくない。量より質ってことだと思う。これから世の中は、世界はどのように変貌していくのだろう? 教えて、テネット‼︎
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