*

『アメリカン・ユートピア』 歩んできた道は間違いじゃなかった

公開日: : 映画:ア行, 映画館, 音楽

トーキング・ヘッズのライブ映画『ストップ・メイキング・センス』を初めて観たのは、自分がまだ高校生のとき。ピーター・バラカンさんのラジオ番組で紹介してた。彼が勧める作品に狂いはないと、10代の自分は盲信しきっていた。

『ストップ・メイキング・センス』は、大好きな映画となった。当時の最高画質のメディアだったレーザーディスクも購入した。そのあとDVDからBlu-rayとフォーマットが変わるたびに買い換えた。監督はのちに『羊たちの沈黙』でオスカーを獲るジョナサン・デミ。撮影は『ブレードランナー』のジョーダン・クローネンウェス。みんな死んじゃった。

数年前、原宿の一頭地にある美容室のスタッフのお兄さんが、この『ストップメイキング・センス』のロゴTシャツを着ていた。そうか、あの映画はオシャレなんだ。振り返れば日本のメジャーなミュージシャンが、この映画を絶賛しているのをよく聞く。自分は単純にこの映画の演出やカメラワークが好きなのだが、こんなに万人が認めてしまっては、素直に好きと言いづらくなってしまう。すっかりこの映画のことも、古い音楽映画として忘却の彼方に消えつつあった。

このトーキング・ヘッズのボーカルだったデヴィッド・バーンの『アメリカン・ユートピア』のワールドツアーが素晴らしいと、音楽雑誌で紹介されていた。デヴィッド・バーン自体が日本では有名ではないから、このツアーが日本に来ることはないだろうと、その記事でも語られていた。その後このツアーは、ブロードウェイ公演版へと切り替わっていく。そこでも好評だったらしいが、コロナ禍で公演の中止が余儀なくされた。

そのブロードウェイ版を、映像作品として再構築されたのがこの映画『アメリカン・ユートピア』。監督はスパイク・リー。諦めかけていたこのショーを、この日本でも観ることができる。映画による舞台中継。期待のハードルは自然と高くなる。本国のアメリカ公開はHBOの配信メイン。日本は劇場で観れてしまう。コロナ禍で日本も油断はできないが、気をつけながら劇場へ足を運んだ。

映画が始まって1曲目、数分で「この映画はヤバいヤツだ」と確信した。御年69歳のデヴィッド・バーンの声は、あの頃のまま。おじいちゃんがステージを動き回る。演出やカメラワークがカッコ良すぎる。邦訳された歌詞も最高。自然と涙が流れてきた。泣くような場面じゃないのに。なぜ?

誤解してはいけないのは、デヴィッド・バーンの曲は、けっして御涙頂戴の扇情的なものではないということ。どちらかというと「家で過ごすのはいいね」とか「この場所の雰囲気いいよね」とか、呑気な歌ばかり。

それが選曲の妙で、ときに皮肉にときに政治的な意味合いを放ち始める。でもやっぱりアジテーションはそこにはない。どう感じるのかは聴衆のセンスに委ねてる。むしろユーモアで、重いテーマも茶化してる。なんとも明るい、なんとも知的。

タイトルロゴの『AMERICAN UTOPIA』の『UTOPIA』の文字が逆さになってる。これは皮肉か? もちろんシニカルさもあるけれど、そればかりではない。映画が進むにつれて、自分の中で幸福感が芽生えてくる。『ストップ・メイキング・センス』から37年。これまで自分が選んできた人生は、間違った選択ではなかったのだと思えてきた。

劇場には英語圏のお客さんもいた。デヴィッド・バーンのMCにクスッとくるポイントにタイムラグがある。さっきまで「我が家は心地よいところ。みんないつでも遊びにおいでよ。俺は大歓迎さ」と歌っていたかと思えば、次の曲では「俺のあの美しい家はどこいった? 美しい妻もいなくなった。いったいどうしたことか!」と歌い出す。そんな意地悪なセットリストのイントロで、英語圏のお客さんが「OH!」と言う。自分も心の中で「嗚呼」とニヤける。どうやら英語圏のお客さん、よくトーキング・ヘッズをご存知のようで。

快適な家を突然失うのは、リーマンショックの象徴。30年以上前の歌が、何周巡りもして別の意味合いで伝わってくる。映画はアメリカにはびこる人種差別にも言及してくる。この映画のパフォーマンスが撮影されたのは、まさにトランプ政権下。閉塞感の中、腐ることなく希望を目指して行く。より良い社会を目指そうとする前向きな視点。どんな苦境もユーモアで吹き飛ばせ。

ステージ上では演奏者もダンサーも、縦横無尽に動き回る。アンプラグドではなく、Bluetoothで繋がれたワイヤレス。ステージは、人しかいないシンプルなもの。小劇場の舞台劇を観るようなアナログ感。それを実現させた最先端のデジタル技術。物質主義への疑問も、この映画のテーマに含まれてくる。

このコロナ禍で、資本主義の再考が問われ始めている。今まで通りでは立ち行かなくなっていく。コロナ前のこのステージでは、まだアジアンヘイトには語られていない。アフターコロナで、このステージが再開されたとき、新たにアジアの要素も加えられてくてたら嬉しく思う。

苦しい現状をまずは乗り越えよう。とりあえず生きていこう。明るくユーモアを求めて行こう。いつかきっと何処へでも行ける。気ままに行こう。Road to Nowhere。でもまず、選挙には行かなくちゃだね、バーンさん。

関連記事

no image

『海街diary』男性向け女性映画?

日本映画で人気の若い女優さんを4人も主役に揃えた作品。全然似てないキャスティングの4人姉妹の話を是枝

記事を読む

『たちあがる女』 ひとりの行動が世界を変えるか?

人から勧められた映画『たちあがる女』。中年女性が平原で微笑むキービジュアルは、どんな映画なの

記事を読む

『君の名前で僕を呼んで』 知性はやさしさにあらわれる

SF超大作『DUNE』の公開も間近なティモシー・シャラメの出世作『君の名前で僕を呼んで』。イ

記事を読む

『リリイ・シュシュのすべて』 きれいな地獄

川崎の中学生殺害事件で、 真っ先に連想したのがこの映画、 岩井俊二監督の2001年作品

記事を読む

『侍タイムスリッパー』 日本映画の未来はいずこへ

昨年2024年の夏、自分のSNSは映画『侍タイムスリッパー』の話題で沸いていた。映画ファンが

記事を読む

『シン・エヴァンゲリオン劇場版』 僕だけが知らない

『エヴァンゲリオン』の新劇場版シリーズが完結してしばらく経つ。すっかりブームもおさまって、『

記事を読む

『tick, tick… BOOM! 』 焦ってする仕事の出来栄えは?

毎年2月になると、アメリカのアカデミー賞の話が気になる。エンターテイメント大国のアメリカでは

記事を読む

『あしたのジョー』は死んだのか?

先日『あしたのジョー』の主人公矢吹丈の ライバル・力石徹役の仲村秀生氏が亡くなりました。

記事を読む

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』 サブカルの歴史的アイコン

1995年のテレビシリーズから始まり、 2007年から新スタートした『新劇場版』と 未だ

記事を読む

『愛の渦』ガマンしっぱなしの日本人に

乱交パーティの風俗店での一夜を描いた『愛の渦』。センセーショナルな内容が先走る。ガラは悪い。

記事を読む

『アン・シャーリー』 相手の話を聴けるようになると

『赤毛のアン』がアニメ化リブートが始まった。今度は『アン・シャ

『新幹線大爆破(Netflix)』 企業がつくる虚構と現実

公開前から話題になっていたNetflixの『新幹線大爆破』。自

『ラストエンペラー オリジナル全長版」 渡る世間はカネ次第

『ラストエンペラー』の長尺版が配信されていた。この映画は坂本龍

『アドレセンス』 凶悪犯罪・ザ・ライド

Netflixの連続シリーズ『アドレセンス』の公開開始時、にわ

『HAPPYEND』 モヤモヤしながら生きていく

空音央監督の長編フィクション第1作『HAPPYEND』。空音央

→もっと見る

PAGE TOP ↑