『映画大好きポンポさん』 いざ狂気と破滅の世界へ!
アニメーション映画『映画大好きポンポさん』。どう転んでも自分からは見つけることのないタイプの作品。映画公開時、自分のSNSのタイムラインでは、かなり熱くこのアニメを推してる人が多かった。映画好きなら共感する作品だと。キャラクターデザインが萌えアニメ風なので嫌厭してしまっていた。Eテレで放送されるということなので、観てみることにした。
てっきり映画好きの学生のストーリーだと思っていたら大間違い。子どもみたいなルックスのポンポさんは、敏腕映画プロデューサー。新人監督に抜擢されたジーンや、新人俳優のナタリーたちも見た目は子ども。しかしこれは意図的なミスリードを狙っている。それが作品を観ていくうちにわかってくる。
ポンポさんは少女の容姿だが、実際にはおっさんと捉えた方がわかりやすい。メインの3人がやけに子どもっぽいキャラクターデザインなのに、他の登場人物は大人の欧米人の姿をしている。幼稚な外観は、映画に囚われてしまって社会性を持たなかった「子どものまま歳をとってしまった人」のメタファー。描かれている映画業界ニャリウッドは、ハリウッドそのまま。
幸福は創造の敵だ。ポンポさんは言う。どこにも行き場がつくれず、社会から彷徨い続けて、逃げ込むように映画界に入ってきた監督志願のジーン。好きな映画に携わる以外、どう生きていいのかわからない。オーディション連戦連敗の俳優志願ナタリーも同じ。敏腕プロデューサーとなったポンポさんだって、普通の世界ではとてもやっていけそうもない変人。このアニメは、ダメ人間たちにファンタジー的希望を与えてくれる。
自分も映画学校や物書きの学校へ通ったことがある。そのときは自分の課題作品のことで頭がいっぱいで、周りのことが見えていなかった。そういえば、世間で生きづらそうな人ばかり集まっていた。もちろん自分もそのひとり。結婚を機に就職するので、しばらく学校を休みます。そう言ったとき、明らかに周りの生徒たちから落胆のため息が漏れた。彼はもうここへは戻ってこない。そんな声なき声が聞こえてきた。袂を分かったと思っている人もいたかもしれない。実際そのあとの自分の人生は育児へとなだれ込んでいく。創作に目を向けるどころか、普通に映画鑑賞もできなくなる。それまでは、三度の飯より映画好きと自負していた。飯は食わないと死んでしまうが、映画は観なくとも死にはしない。でもそれでは人生がつまらない。ポンポさんの言う「幸せな人生」とはこんなものなのか。
映画学校から離れて10年もすると、当時一緒に机を並べていた同期たちの名前がメディアに流れてくるようになる。成功した人は氷山の一角とはゆえ、本当に夢が叶うんだと驚いてしまう。そして彼ら彼女らは、人生の選択肢でいちばん厳しい「夢に殉じる人生」を選んできたのだと察しがつく。
思い返せば自分にも何度か夢と現実の分かれ道に遭遇したことがあった。そこで自分はいつも、茨の道は選ばずにきてしまった。それが良かったのか悪かったのかはわからない。ただ人並みの人生を送りたいという願望は密かにあった。夢を勝ち得た人たちの苦労は想像がつく。羨ましいのと同時に畏敬の念を抱く。
最近は自分が選んできた道を後悔することもなくなってきた。かつて自分の人生の選択を問われたとき、その時の自分の心の声に素直に問いかけて、ピンとくる方に従っている。人生大博打をして、必ず勝てるほどの自信はなかった。夢とは別の道を選んで得たものもある。それは自分が思い描いた夢とはちょっとちがっていた。大義ではなく、ささやかなもの。身の丈に合っている。
「ゾーンに入る」という表現がある。何かに夢中になって、周囲の声が聞こえなくなる状態。芸術家が創作に没頭して過集中している姿。周りから見ると、その人がフリーズしているように見える。本人からすると時間の概念もなくなっている。脳が起こす不思議な状態。このアニメの中で、初監督に抜擢されたジーンがその状態になっている場面がある。天候が思わしくなく、予定していた場面の撮影ができなくなる。スタッフたちが「どうしよう」とざわめく。ジーンはその真ん中で、じっと黙って立っている。この逆境をどう乗り越えていくか。そのときジーンが考えていることは計り知れない。頭をフル回転に稼働して、なんとかなる道を探り出す。
映画史に残るような名シーンは、たいてい予定通りにいかなかったときの、監督の即興のアイデアだったりする。映画撮影の敵は天候だけではない。予算不足や俳優の体調、機材の故障だって考えられる。予定調和で撮影がうまくいっているときは、案外つまらない映画しかつくれなかったりする。不幸に対する耐性が、映画づくりの能力として必要なのかも。ポンポさんの言うとおり、本当に幸せな人生は創造の敵なのか。
このアニメに登場する女優のミスティアという人がいる。セクシーで売っている女優さん。おじさんたちのセクハラもフワッとかわして、身体を張った仕事をしている。見た目と根性だけでのしあがった人なのかと印象づける。ジーンが書きかけの脚本を、ミスティアが読ませてもらう場面がある。彼女がその新作の脚本を手にしたとき、彼女もまたゾーンに突入する。そうかミスティアも映画の魅力にとりこまれた生きづらい人だったのか。共感しずらいキャラクターだと思っていたが、それも作者が狙ったミスリード。
作中でいうポンポさんの映画論。忙しい社会で2時間以上の上映時間は、観客に厳しい。B級映画の鉄則として1時間30分に上映時間を抑える。映画の展開は、起承転結の大きな流れに中、10分おきに細分化された小さな起承転結の波が高まっていく。感情的に突っ走るのは企画を練るときだけ。論理的にまとめて、観客の観たいものを探っていく。それは映画学校でも教わった。このアニメ映画『映画大好きポンポさん』の上映時間も1時間30分。この映画自体が、ポンポさんの映画の理想像の具体例。夢を叶えるという行為は現実の作業。夢見る夢子では務まらない。
平日の都心部や、話題のスポットでは、ときどきドラマや映画の撮影現場に出会したりする。そこに集まる人種が、絵に描いたように3分割にはっきり分かれている。1つ目は撮影されている俳優やタレント。キレイなルックスとキレイな身なり。2つ目は撮影クルー。地べたを這いずり回ったり体力勝負。汚れてもいいような格好をしている。そして3つ目。撮影の後ろで、高級スーツを着たマフィアみたいな人たち。作品の出資やプロデュースをしているクライアント。これらの収入格差も、その見た目と比例する。とくに日本での映画製作スタッフの待遇は、ボランティア精神がなければとても務まらない。好きなことを仕事にしてるんだから、収入なんて気にしたら一人前になれない。人参ぶら下げられて働かされる。根性論が飛び交うやりがい搾取。
『映画大好きポンポさん』では、映画撮影の様子よりも、その後の編集作業の描写に重きを置いている。自分も映画学生だったころ、編集作業がいちばん好きだった。誰にも邪魔されず、自分の意図通りに撮影素材のパズルを組んでいく。それでも撮影してきた素材が足りなくて、追加撮影を余儀なくされる。泥だらけ埃だらけ汗まみれの撮影現場は嫌だ。追加撮影のために、スタッフキャストを再招集するのも面倒。編集がスマートにできるように、撮影前の計画は念入りにしていく。編集作業も、誰かの意図を汲むサポートでは辛いだけ。自分で考えて自分で決める。それが編集の醍醐味。小さなスタジオで、ちまちま作品を創る。映画祭など映画業界は派手な印象に感じるが、本当はとても地味。
映画好きの人は孤独を好む。それは読書や音楽なども同じ。個人で作業したり楽しんだりできる趣味や仕事。人付き合いが苦手なのに、人が作り出した人とのコミュニケーションの結実が好きというのは、本当は人が好きなのではないかというパラドックス。果たして映画好きは、人嫌いなのか人たらしなのか。考えてみれば答えはシンプル。人間関係や日頃の嫌なことが多い。ひととき現実逃避する媒体として、映画鑑賞や読書、音楽は機能する。その時間は他のことから離れて、それだけに集中できる。映画館で映画を観るなら、上映時間中は映画に集中して、それ以外のことすべてから隔離される。なんだか禅の修行のよう。ゾーン簡易発生装置。猥雑な現代社会だからこそ、じっくりなにかの作品に向き合いたい。誰かの表現が誰かを救う。大袈裟に言えば詭弁だが、日常的にささやかなガス抜きをしているに過ぎない。
クリエイティブな職業は、なぜか50歳以降の人が激減する。職人的な職業なので、働く気なら一生働いていられる。それでも現場は常に若い人ばかり。クリエイティブな職業にはタイムリミットがある。体力や精神力が必要な職業。ほとんどの人がどこかのタイミングで、命に関わる大病を患って、一線から退いてしまう。
「一億総活躍社会」を目指すなんて言われていたときがあった。活躍なんてしなくていいから、安定した生活がしたいと多くの反感の声があがった。足元を固めてからこその活躍。土台がふらついたまま見切り発車したら、それこそ「一億総玉砕」。幸せは想像の敵なのは一理ある。ただ人並みの経験を積んだあとから生まれるイマジネーションは、冷静で穏やかなもの。幸せになったくらいで想像力は枯渇しない。余裕が生み出すものもある。まずは自分が幸せになってから、その先を考える。不景気な世の中だからこそ、今は守りのとき。まずはきちんと自分の足で立っていく。立ち向かうときが来るのかどうかはまだわからない。でも夢はその次のお楽しみ。
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