『ウェンズデー』 モノトーンの10代
気になっていたNetflixのドラマシリーズ『ウェンズデー』をやっと観た。ずっと気になっていたので、観れてスッキリ。現在セカンドシーズンも制作中とのことで、「観たい観たい」のプレッシャーで苦しくなってきていた。それでも期待値はあまり上げないで取り組んだ。そのおかげでかなり楽しめた。むしろ予想よりも遥かに面白かった。そりゃあネットでずっと話題にあがるのも納得できる。
この『ウェンズデー』は、『アダムス・ファミリー』に登場するモンスター家族の娘の名前。そのウェンズデーを主人公にした『アダムス・ファミリー』のスピンオフ。自分は今までスピンオフ作品で、面白いと思った作品はあまりない。大抵はオリジナル作品に向けたファンサービスの亜流と思ってしまう。いちげんさんお断りのニッチな世界の作品。ファンとつくり手の馴れ合いのコンテンツ。でもそれもまた偏見。
『アダムス・ファミリー』といえば90年代のバリー・ソネンフェルド監督のハリウッド映画を思い出す。バリー・ソネンフェルドはカメラマン出身の監督さん。コーエン兄弟の初期の作品や『ミザリー』なんかの撮影監督をしていた。最近では、自身の監督代表作でもある『メン・イン・ブラック』のクリス・ヘムズワース版のプロデュースをしている。今回、『ウェンズデー』の監督はしていない。もう監督業からは退いているのだろうか。
『ウェンズデー』は、今流行りの有名作品ブランドのもとによる、フランチャイズ作品。メインの監督がティム・バートンだと知ってすこし意外だった。ティム・バートンが『アダムス・ファミリー』の世界観を引き継ぐことにはなんら違和感がない。むしろ今までの『アダムス・ファミリー』もティム・バートンが絡んでいたのではと思うくらいベストマッチング。フランチャイズ作品はたいてい無名の新人監督が担当する。雇われ社長のイメージ。有名な監督がフランチャイズ作品の演出するのは豪華。ティム・バートンはこのドラマのプロデュースも担当している。もしかしたら自分で出した企画かもしれない。ティム・バートンの監督抜擢によって、『ウェンズデー』のゴシック趣味の美意識は高められた。
自分はよくティム・バートン好きだと思われがち。意外とティム・バートン作品とは相性が悪くて、正直あまり乗れたことがない。ティム作品はあまりに美術やギミックに凝りすぎて、登場人物の性格がよくわからない。そこにティムの人に興味がないサイコパスな印象を感じ取れる。他人にあまり興味がないというのは、他人ごとではなさそうだが。
ちょっと語弊がありそうだけれど、『ウェンズデー』はティム・バートン監督作品の中でいちばん面白かった。最高傑作といってもいいのではないだろうか。
ウェンズデーは学校のはみ出し者。どこの学校でもうまくやっていけず、転校を繰り返している。ウェンズデーはそれでも学業優秀、勉強もできてスポーツもできる。才女と呼ぶのが相応しい。ただどうも他人の気持ちがよくわからない。正論を言って、身近な人を不本意に傷つけてしまう。人には好かれるけど、人と上手くやっていけない。そのことでウェンズデー自身も傷つき悩んでいる。
彼女の全身モノトーンのゴシックファッションは、彼女の持つ色覚過敏から仕方なしに選んだファッション。ゴシックファッションは、現代では地雷系ファッションと呼ばれるようになり、すっかり異端な服装ではなくなってきた。そんなファッション的な観点からも、ドラマ『ウェンズデー』は見どころがいっぱい。モノトーンの服装と言ったら、とんがったアグレッシブな印象だが、このドラマでウェンズデーがまとっている服装はかなりかわいい。怖さの中にあるかわいさ。大事。
ウェンズデーはサイコメトリングの能力がある。触るものからあらゆる情報を感じ取ってしまう。だから人に触られるのをひじょうに嫌がる。もうこれは完全に感覚過敏な人のメタファー。ウェンズデーは学業こそは優秀だけど、普通の人ができる、なんでもないことができなかったりする。生きづらさに苦しんでいる高学歴な人の姿と重なる。現代的に言うならば、IQの高い発達障害の人。それをファンタジーの世界に意図的に持ち込んでくる。
そもそもファンタジーやSFは、その時代ではまだ解明されていない事柄を、特殊な設定として題材にしてきた。現代となってわかってきたことが増え、それを世に啓蒙する手段として、ファンタジーを用いている。『ウェンズデー』に登場する人物たちは、ファンタジーの設定こそ借りてはいるが、その特殊能力は身近な何かとあてがうことができてしまう。脳科学が人の言動のパターンを解明できてきた現代だからこそ、『アダムス・ファミリー』のスピンオフに時代性があるのかもしれない。それがティーンエイジャーのウェンズデーを主人公にすることで、ファンタジーと現実の整合性が取れてくる。
「バラ色の10代」と、輝かしく語られることが多いハイティーン時代。自分が振り返ってみると、この頃こそ人生でもっとも生きづらい時期だったのではと思えてしまう。むしろ「灰色の10代」と言った方がいい。もうあの頃にはもう戻りたくない。身体と心がアンバランスで、ホルモンバランスも悪い。体力はあるけど、いつもだるい。感覚が冴えすぎて、あちこちが気になってすぐ疲れてしまう。ずっとイライラしていて怒っていた。ウェンズデーのしかめっ面を見ていると、ただただしんどかった10代の頃の気分を思い出す。ウェンズデーを演じるジェナ・オルテガがかわいいので、しかめっ面でも魅力になっているのだが、ほとんどの人は、あんな表情でずっといたら嫌われてしまう。ジェナ・オルテガは、びっくりするほど小柄。勉強もできて運動もできて、もし大柄だったら怖すぎてしまう。なんでもこなせるウェンズデーを、小柄なジェナ・オルテガが演じることで、この隙のない主人公に隙間ができてくる。彼女がみんなから好かれていく理由もわかる。でも人気者になるのは、彼女の不本意なのだけれど。
ウェンズデーを悩めるギフテッドと捉えると、すべてがしっくりくる。才能豊かだけれど他人の気持ちがわからなくて、自分や周りを不本意に傷つけてしまうのは、きっとティム・バートンの姿なのだろう。ウェンズデーはティム・バートンの外側から見た姿。でも本人は人の心に疎いから、客観的に自分はわからない。『ウェンズデー』は、ティム・バートン作品にしては、人物描写がよくできている。きっとシナリオスタッフやブレインたちが優秀なのだろう。一時は引退も覚悟したティム・バートン。良い作品がつくれて良かった。
ウェンズデーのルームメイトのイーニッドがいい。色覚過敏でモノトーンを選ぶウェンズデーの前で、ピンク主体のカラフル好きな彼女。ウェンズデーがどんどん不機嫌になる楽しさ。観客から見れば、気難しいウェンズデーが笑えるけれど、色覚過敏の彼女から捉えれば、身の危険すら感じてしまう。感覚が鋭いということは羨ましい能力。でも反面の代償の大きさよ。
イーニッドは人懐っこく、明るくてお人好し。ADHD傾向のタイプ。本来なら主人公になるタイプの性格。ウェンズデーはASDの理論派。相反する特性の強さの2人を並べるおもしろさ。
感覚過敏のウェンズデーのドラマは、探偵ものみたいな展開となっていく。コナン・ドイルの描く『シャーロック・ホームズ』を思わせる。今ではシャーロック・ホームズの推理力の高さは、発達障害のもたらすギフテッドだと言われている。個性的な主人公というものは、何某かの特性を抱えている。脳科学が今より発展していない時代でさえ、その時代の名作はその症状を克明に記している。いっけん完璧なような主人公が、欠点だらけというのが面白い。結局、人は一人では生きてはいけないということ。
この映画のファッションは見せ場のひとつ。凝った美術と、それに合う服装。学校のパープル色の制服もキレイ。モノトーンのウェンズデーと、ピンクベースのレインボーカラーのイーニッドとのツーショットが尊い。
オープニング曲はティム・バートン作品には欠かせないダニー・エルフマンなのも心得ている。サントラ使用曲が、エディット・ピアフから始まり、ボビー・マクファーレンやメタリカまで使ってる。いつの時代が舞台なのかよくわからなくなる。イーニッドはブログを書いてるし、みんなスマホ使ってるから現代なんだろうけど。なんだか古典を観ている雰囲気にしたかったのだろう。
サントラを古い選曲メインにしているところがいい。かつて10代だった頃、さんざん聴いていた楽曲たちが、ドラマで流れてくる。画面の向こうには、まさに現役の今の10代たちの姿が映っている。あの頃自分が抱いていた感情を、今あの子たちは現在進行形で体感しているのだろうか。音楽は忘れていた想いを呼び覚ます。精神だけは10代の頃に戻って、あの頃の空気感を思い出す。
でも自分もすっかりここに登場する若者たちの親世代。ドラマの中でも、登場人物の親たちは、子どもにとってやっかいな話しかしてこない。子どもから嫌がられることしか言えない親の気持ちもわかるし、気の利かない親を疎ましく思う子どもの気持ちもわかる。バリー・ソネンフェルド版の『アダムス・ファミリー』でウェンズデーを演じたクリスティーナ・リッチが、寮母の役で出演しているのも時の流れを感じさせる。
ドラマを通して、すっかり「灰色の10代」の気分を思い出せたなら、若者への視点も変わってくる。あの頃も今も、精神的なものはなにも変わらない。気持ちがタイムスリップして、若い頃の気分を思い出せたら、その頃にできなかった非力さもよみがえってくる。そうなると若さや老いはあまり関係なくなってくる。年齢も個性のひとつ。どちらかが上か下かとこだわらなくなることで、あらゆる世代が生きやすくなっていく。それもまた多様性なのかと感じさせられた。
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