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『夢の涯てまでも』 だらり近未来世界旅

公開日: : 映画:ヤ行, 映画館, 配信, 音楽

ヴィム・ヴェンダース監督の90年代始めの作品『夢の涯てまでも』が、アマプラにあがっていた。しかもディレクターズカット版の5時間に及ぶ大長編バージョン。とても5時間もぶっ続けで観ることはできそうにない。ちびちび観ていくことにしよう。そういった意味では、さまざまなデバイスで気軽に映画を観れる配信サービスはとてもありがたい。大昔は長尺映画は大作映画の定番だった。でもこの不景気の慌ただしい世の中では、じっくり映画に向き合う時間を捻出するのはひと苦労。そもそもそんな体力や心の余裕がない。ある意味、『夢の涯てまでも』のような長尺映画は、今の配信時代だからこそ発信しやすくなったのかもしれない。

なんで今さら『夢の涯までも』のディレクターズカット版が発表されたのだろう。このバージョンの日本での初お披露目は、2021年の『ヴィム・ヴェンダース レトロスペクティブ』という特集上映で、多くのヴェンダース作品のレストア版が公開されたとき。『夢の涯てまでも』のロングバージョンは、日本初上映だったので、目玉作品だったのではないだろうか。5時間に及ぶこの映画を、じっくり映画館で鑑賞する猛者もいたのかと思うと、いち映画ファンとしてはワクワクしてしまう。

自分は『夢の涯てまでも』は、日本初公開の1992年に劇場で観ている。中学生くらいのとき、ヴェンダース作品の『ベルリン・天使の詩』を観て、あまりに感銘してしまって、ヴェンダース監督のファンになってしまった。ヴェンダース監督の次回作はSFとなるとのことで、大いに期待していた。それも日本もロケ地にあると聞く。絶対観に行かなくてはと、当時自主映画をつくっていた仲間と一緒に銀座の映画館へ向かった。そして上映後、肩を落として劇場を後にすることとなる。『夢の涯てまでも』は、ヴェンダース作品の中でも黒歴史になるような駄作と言われ、ソフト化もされていなかったかもしれない。いつしか知る人ぞ知る作品となっていった。

今回のアマプラ配信のディレクターズカット版の冒頭でも、映画の興行は芳しくなかったが、サントラがめちゃくちゃ売れたと説明がある。確かに自分もこの映画のサントラCDを買って、かなりヘビーローテーションで聴いていた。なので、映画自体は忘却の彼方に消え去ってしまったが、使用音楽だけは頭に残っていた。

『夢の涯てまでも』が初日本公開されたときのバージョンは2時間半くらいのものだった。それでも長尺の映画になる。ただディレクターズカット版は5時間なので、それでも半分の上映時間に切り刻まれたものとなる。そもそもヴェンダースは、20時間くらいのバージョンを最初につくったらしい。いったいどうやってリリースすつもりだったのか。そこまで短縮されてしまうと、もう別ものの作品になってしまう。

小規模のアート系作品を主とするヴェンダースが、ビッグバジェットで世界を股にかけたSF映画を撮るというのは挑戦でもある。ロシアのアンドレイ・タルコフスキー監督作品のように、アートとSFとの化学反応の成功例もある。『夢の涯てまでも』の製作は他国連合となり、ことに日本の大手企業が出資に絡んでいたと思う。90年代初頭は、アート映画とSFが流行っていたのだろう。80年代後半は、ハリウッドのシンプルな内容のブロックバスター映画が人気があった。アート系監督を起用して、ハリウッド風SF大作映画をつくれば、絶対儲かる。当時の企業がそう目論んだのだろう。ヴェンダースは小津安二郎監督のファンと公言しているので、親日感情もある。そこに企業の入り込む余地があった。でも実際のそれらの「売れそうな要素」は、すべてがチグハグで、統一感が取れていない。見切り発車のまま作品制作へ進んでしまった感がしてくる。大人たちの儲けたい欲が先行してしまったのだろう。

そもそもヴェンダースとSFとの相性が悪い。ヴェンダースには理系の要素がないのにも関わらず、むりやりSF映画を撮らせてしまうプロデュース側の無責任さ。映画の冒頭から、ヴェンダースの「わかりません」と言う叫び声が画面から聞こえてくる。ヴェンダースもヴェンダースで、どうしてこんな企画に乗ってしまったのか。大枚積まれてそそのかされてしまったとしか思えない。SFがわからない人がSFを描くと、どんどんSFから遠のいていく。映画はどこへ向かうのかよくわからないまま、世界旅行へと展開していく。とりあえずお金はある。ヴェンダースの行きたい国へ行ってみよう。

出たとこ勝負の世界旅行。作品中の登場人物たちの行動も支離滅裂。何が目的なのかわからない。誰が敵で味方なのかわからない。登場人物たちの関係性や動機がわからないまま、いつの間にか一緒に旅してる。とにかくロケ地先にありき。絵になる場所を見つけたら、撮影先でその場で思いついた脚本を撮影しいるようにしか思えない。ゲリラ撮影感がひしひし伝わる。狙いではないだろうけど、いままで見たことのない、不思議な映画になっていった。

初めてこの映画を観たときは、日本初公開版は短縮されているから、内容がさっぱりわからないのかと思っていた。長尺版になってもやっぱりこの映画がわからない。でもそのわからなさポイントが変わっている。音楽センスの良いヴェンダース作品ではあるが、この映画での音楽の使われ方はうるさかった。

この映画のSF的ギミック。脳に残る記憶を映像化する機械の発明。脳を通して他人に脳内映像を伝達することで、記憶の映像を第三者に共有することができる。盲目の人に再び映像を見せることができる。その記憶を可視化できる機械は、自分の見る夢も映像化できてしまう。幼かったころ見ていた景色や、もうすでに亡くなってしまった人の姿、忘れていた思い出が映像になって現れる。その居心地のいい映像には中毒性があり、被験者はその夢の世界にすがらなければ生きられなくなっていく。この夢を可視化するマシーンは、被験者に中毒性を与え、夢ジャンキーとなっていく。あともうひとつのギミックは、核衛星爆破のオーバーテクノロジーへの脅威。

プロットを追いかけてしまうと、その中途半端なSF的要素に引っ張られて、映画の意図がわからなくなってしまう。そこはアート系のヴェンダース。実のところSFなんかに興味がない。世界が終わりを迎えようが、革新的なマシーンがつくられようが、あまり関係がない。むしろ社会や文化がどんなに変わっていっても、普遍的なものは変わらないとでもいいたげ。

世界の常識がひっくり返るかえるかもしれない実験が行われているなか、実験とは関係ない旅の同行者たちが、暇を持て余しているところがなにより重要。血眼になって実験に夢中になっている人たちを尻目に、部外者たちは文章を書いたり、即席バンドのセッションを始めたり、元手がかからないけど楽しみを見つけていく。主人公たちが夢ジャンキーで廃人となっていくのと対照的。

このだらだら暇な時間を持て余すという描写は、SF映画としてはかなり珍しい。そして短縮版をつくるなら、真っ先にカットされてしまう要素でもある。『夢の涯てまでも』は、短縮されたバージョンは、散々な評価だったけれど、このディレクターズカット版で、ようやくヴェンダースの意図が見え始めてきた。この長尺版の公開で、作品自体が再評価されているらしい。

たとえ世界が終わるとしても、どうやらちっぽけな今の自分にできることはなさそうだ。だったらその終末の時まではささやかに楽しみましょう。

ヴェンダースの最近作で日本を舞台にした『PERFECT DAYS』。そもそも日本の企業がつくったオシャレな公衆トイレのプロモーションビデオの制作依頼が、ヴェンダースのもとに来る。なんともハナにつく企画。そこでヴェンダースが閃いたのは、このオシャレ公衆トイレをきれいに保つために働いているであろう、陰で働く人物の姿。表面的なきれいさの裏にある、底辺の世界。ここで日本の企業が、ヴェンダースのアイデアを採用したところに、『PERFECT DAYS』の成功があるのだろう。

かつて『夢の涯てまでも』で、強欲な企業の言いなりになってしまったがために、監督としての評価も落としかねない自体に陥った黒歴史。今度は日本の企業も、ヴェンダースの話を聞いてくれたのかもしれない。

映画『夢の涯てまでも』は、なにもかもが噛み合わないまま展開していく。それはそれで、はからずとも作品のテーマとなっていった。ただ、夢ジャンキーの概念、描写に関しては、未来を予知していたように感じる。夢や記憶を可視化するドリームマシーンは、自分の見たいものだけを見せてくれる夢の機会。小さな携帯用モニターに釘付けになってしまう姿は、現代のスマホでネットを観ている人の姿と重なってくる。記憶の映像を外部化する技術は、生成AIで過去の写真を動画にする技術に似ている。『夢の涯てまでも』の公開時期は、まだネット社会ではなかった。夢ジャンキーはファンタジーではなかったこととなる。でも最近の若い人たちは、SNSからも離れていっているというので、現実はすでにもうその先へ向かおうとしているのかもしれない。

『夢の涯てまでも』は、なんとなく不安な世の中で、どうやっていい加減に生きていくかの心構えの映画なのかもしれない。

 

 

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