*

『グラディエーター』 Are You Not Entertained?

公開日: : 最終更新日:2021/10/30 ドラマ, 映画:カ行, 音楽

当たり外れの激しいリドリー・スコット監督の作品。この『グラディエーター』はファーストショットを観た瞬間、名作になるかも?と直感した。稲畑を触る男の手でこの映画は始まる。劇伴はオリエンタルな女性ボーカル。そして冒頭のローマ帝国とゲルマニアとの戦いの場面に流れ込んでいく。ここでの音楽担当はハンス・ジマー、ボーカルはリサ・ジェラルド。なんだ十代の頃さんざっぱら聞いていた『DEAD CAN DANCE』の人だ! 後にNHK大河ドラマの『龍馬伝』のオープニングテーマも歌ってる。この映画はアカデミー賞も獲得する。

映画は農民出身のローマ軍将軍が、新皇帝から恨みを買い、家族を殺され、奴隷となり殺し合いの見せ物の剣闘士・グラディエーターとなる。生きるための戦いではなく、死に場所を探し彷徨っている男の話。このファーストショットの稲畑を歩く男の姿は、帰るべき場所へ向かう男の心象風景。

この映画はフィクションではあるが、かなり史実をモデルにしている。ローマ時代、殺し合いの見せ物はあったし、今残るコロッセウムの遺跡はまさにその会場だ。人間誰しも暴力性を持っている。その激しい衝動をどこかで発散させなければ、狂ってしまうだろう。いつの世もエンターテイメントには、暴力性や性的衝動を孕んだ表現はつきものだ。現代だって然り。過激な表現はいつも物議を醸し出すが、ある程度のガス抜きは必要。知的な人に限って、己の中のバイオレンスやエロスにスマートに向き合えているように感じる。

この映画での殺し合いの見せ物は、民衆の最高の娯楽。とても野蛮なエンターテイメントだ。人が殺し合う姿を観ることで、人々が日頃のうっぷんを発散させているのだから、ローマ帝国はいかに民衆を抑圧していたのかがわかる。そしてこの娯楽に民衆の注意を向けることによって、シビリアンコントロールしているローマ帝国のしたたかさ。かくもプロパガンダの成功。

暴力描写や性描写を制限するのはいつも問題にあがる。日本には独特のボカシ文化というのもある。隠すことでかえってイヤラしくみえる逆効果では?とも感じてしまう。激しい描写は社会に悪影響を与えるのも然り、ただガス抜きとして社会に調和をもたらす力も持っている。性表現に関しては「わいせつか芸術か」とよく問われるが、これは表現者の意図と、受け手のリテラシーが問われるセンスの問題。日本人は芸術や心に関しては蓋をし続けていた。でも人間には心がある。それと向き合わなければ、世界ではやっていけないだろう。東京は世界的にも芸術作品が集まりやすい場所にも関わらず、扱う側も受け手側も、芸術的センスが低いのが気にかかる。カネになるかばかりを気にし過ぎだ。非常にカッコわるい次第、あらためたいものだ。

近年の日本作品、アングラならともかく、メジャー作品でもやみくもに過激な暴力描写や性描写が売りなのも気にかかる。民衆のうっぷんばらし? シビリアンコントロール? それともプロパガンダ? そこまでみんな抑圧されているのだろうか。

『グラディエーター』で戦い抜いた男は、終止自分の死に場所を探し続ける。言うなれば「死ぬ為に生きる男の映画」。男は稲畑を歩いている。その向こうの小さな家には、妻と幼い息子が手を振って待っている。もうすぐ会える。そしてその場面で映画は幕を閉じる。

 

関連記事

『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』 ヒーローは妻子持ちNG?

今年は『機動戦士ガンダム』の35周年。 富野由悠季監督による新作 『ガンダム Gのレコン

記事を読む

no image

『ロッキー』ここぞという瞬間はそう度々訪れない

『ロッキー』のジョン・G・アヴィルドセン監督が亡くなった。人生長く生きていると、かつて自分が影響を受

記事を読む

『ブラック・レイン』 松田優作と内田裕也の世界

今日は松田優作さんの命日。 高校生の頃、映画『ブラックレイン』を観た。 大好きな『ブ

記事を読む

『この世界の片隅に』 逆境でも笑って生きていく勇気

小学生の頃、社会の日本近代史の授業で学校の先生が教えてくれた。「第二次大戦中は、今と教育が違

記事を読む

『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』 スターの魂との距離は永遠なれ

デヴィッド・ボウイの伝記映画『ムーンエイジ・デイドリーム』が話題となった。IMAXやDolb

記事を読む

『かもめ食堂』 クオリティ・オブ・ライフがファンタジーにならないために

2006年の日本映画で荻上直子監督作品『かもめ食堂』は、一時閉館する前の恵比寿ガーデンシネマ

記事を読む

『DUNE デューン 砂の惑星』 時流を超えたオシャレなオタク映画

コロナ禍で何度も公開延期になっていたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のSF超大作『DUNE』がやっと

記事を読む

『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』 理想の家庭像という地獄

※このブログはネタバレを含みます。 配信サービスは恐ろしい。ついこの間劇場公開したばか

記事を読む

『TOMORROW 明日』 忘れがちな長崎のこと

本日8月9日は長崎の原爆の日。 とかく原爆といえば広島ばかりが とりざたされますが、

記事を読む

『鎌倉殿の13人』 偉い人には近づくな!

NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』が面白い。以前の三谷幸喜さん脚本の大河ドラマ『真田丸』は、

記事を読む

『コンクリート・ユートピア』 慈愛は世界を救えるか?

IUの曲『Love wins all』のミュージック・ビデオを

『ダンジョン飯』 健康第一で虚構の彼方へ

『ダンジョン飯』というタイトルはインパクトがありすぎた。『ダン

『マッドマックス フュリオサ』 深入りしない関係

自分は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が大好きだ。『マッ

『ゴジラ-1.0』 人生はモヤりと共に

ゴジラシリーズの最新作『ゴジラ-1.0』が公開されるとともに、

『かがみの孤城』 自分の世界から離れたら見えるもの

自分は原恵一監督の『河童のクゥと夏休み』が好きだ。児童文学を原

→もっと見る

PAGE TOP ↑