『ドゥ・ザ・ライト・シング』 映画の向こうにある現実
自分は『ドゥ・ザ・ライト・シング』をリアルタイムで映画館で観た世代。それまで人種差別問題は、教科書の中での出来事で、どこか他人事だった。この映画を初めて観た頃も、「ああ、海の向こうのアメリカでは、こんなことも起こるのね〜」と、よくわからず、アクション映画でも観るかのような感覚で鑑賞していた。
この映画が日本で公開されていたのは1990年。有楽町にあった『シャンテ シネ』で公開された。現在『TOHOシネマズ』と名前を改めた映画館。『シャンテ シネ』は、ミニシアター系の単独公開作品を扱う劇場。そこでしか観れない作品ばかり。パンフレットが『シャンテ シネ』オリジナルの共通デザインになっていた。あとでパンフレットを見直したとき、「ああそういえばあの映画館で観たんだっけな」と思い出に耽ったりする。意地になって『シャンテ シネ』デザインのパンフをコレクションしてみたりもしていた。
『ドゥ・ザ・ライト・シング』を観たのは、実のところ『シャンテ シネ』ではなかった。この作品がすっかり話題になった後、遅れて二番館上映での鑑賞。そこはいまはなき『銀座シネパトス』。半地下にある映画館。劇場の足元には地下鉄が走っている。上映中何度も電車が通過するゴーッという音と振動がする。不思議な場末感。小さめの劇場だからなのか、画質も音質も良かった。
映画鑑賞とは不思議なもので、一度見た作品を再鑑賞すると、初めてその作品を観たときのことを思い出す。忘れていた記憶の引き出しが開くよう。
『ドゥ・ザ・ライト・シング』は、政治的題材を扱う映画。これまで政治映画というと、肩肘張った難しい作品ばかりの印象だった。この映画では、市井の人たちがどのようにしてライオットになっていくかをゆっくり丁寧に描いている。報道される暴動も、こうしたボタンのかけ違いみたいなことで大ごとになる。きっかけは小さなこと。問題は人々の日々の我慢の蓄積。根本解決は根深い。
映画の舞台はブルックリンの黒人街。みな仕事もなく、一日中ダラダラしている。貧しい人たちがいかにして猛暑の一日を乗り切るか。どいつもこいつも気力がない。仕事がなくて貧しいからダメなのか、もともとダメだからダメダメなのか。きっと前者が正しい。金銭的に貧しいと、人は荒む。ダラダラ生きることで、日頃の鬱憤に目を向けない。でもそれはそれで、臭いものに蓋をしているだけにすぎない。
コロナ禍でブラック・ライブス・マター(BLM)運動が盛んになった。映画公開が30年前、この長い時間が過ぎても、問題が変わっていないのが悔しい。しかしながら自分も含めて、人種差別問題はあの頃よりもずっと身近に感じている。差別は黒人だけの問題ではなく、アジアンヘイトも派生するようになった。欧米へ行けば、我々日本人も差別の対象。いままでなら島国に閉じこもっていれば安全と思えていた。ここまで日本経済が落ち込んでしまうと、海外での仕事を探しに行かざるを得なくなる。
映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』を初めて観た頃は、ここまで現実問題として我が身にのしかかってくるとは夢にも思っていなかった。
スタイリッシュな画面作りのこの映画。当時日本でもこの撮影方法を真似したドラマなどがたくさん作られていた。でもそれは技術的な表層を模したものばかり。この映画の解釈がその程度なのも、日本では人種差別問題がどこか他人事だった現れ。
スパイク・リー監督の演出は、堅苦しい真面目なテーマをオシャレに料理したところに魅力がある。オシャレでカッコいい作風で、おじさんくさい政治ネタを語る。ファッショナブルな作品を求めて映画を観た若者の心に何かしらの種を蒔く。自分も種を蒔かれた者のひとり。
コロナ禍前と今とでは社会が変わった。コロナは息を潜めつつあるけれど、この厄災はまだ終わったわけではない。ここまで落ち込んだ経済の今後の成り行きはいかに。そもそも経済中心社会に疑問を抱いた人は少なくないはず。追い込まれた時に、敵にするのが自分より弱い者であってはいけない。生きづらい世の中だからこそ、声を出す場所の方向が問われる。なにより自分が幸せになるためにはどうしたらいいか、じっくり考えていかなければならなそうだ。
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