『火花』又吉直樹の飄々とした才能
公開日:
:
最終更新日:2019/06/13
本
お笑いコンビ・ピースの又吉直樹さんの処女小説『火花』が芥川賞を受賞しました。おめでとうございます。この小説は漫才師を目指す若者が、師匠と呼ぶ先輩との10年くらいのやり取りを淡々と綴っている半私小説のような内容。こういったお笑い芸人を主人公とする物語は、たいていエキセントリックな人物を面白おかしく描くものが多い。しかしこの小説の主人公は、いたってまっとうな感覚の持ち主として描かれ、語り部として信用のできる存在となっている。読んでて主人公の顔が又吉さんしか想像できなくないくらい。
芸人という存在が遠い職業なのではなく、読者である自分たちとそれほど変わらない、普遍的な人間であることをこの作品は伝えている。熱い物語は世の中に数多とあるが、この作品は淡々としていて、読み手によって印象が違ってくるのではないかという面白みがある。
又吉さんは受賞の時も動揺することもなく、飄々としているのがまた好印象だった。自分は脚本家養成学校へ通っていたことがあるが、そこで有名な賞をとった生徒さんのスピーチを聞くことがある。みんなたいていハナニツク態度になってしまっている。せっかく良い作品を書いたのに、印象台無しにしてしまってとても残念なのだ。上から目線で天下を取った気分になってしまってはその人の器も大したことない。受賞はあくまで通過点であって、ゴールしにしてしまっては先へ続かない。殆どが一発屋で終わってしまう。その失態をみてきているからこそ、又吉さんの冷静な対応にはまったくもって感心してしまう。
文学賞というものは決して一人でとれるものではない。出版社が才能のありそうな作家をみつけて、育てて勝負をするものだ。又吉さんも「書いてみないか」と誘われて執筆したわけで、多くの人に支えられて初めて受賞できたことを心得ているのでしょう、決して浮かれないのがとてもカッコいい。又吉さんの読書好きは有名で、好きな作品をあげると王道の有名作品が多い。よくタレントが好きな作品を質問されると、たいていホントに分かってるの?って聞きたくなるようなマニアックな難しい作品ばかりがあがってくる。あざといチョイスなのね。又吉さんにはそれがないので、本当に本が好きなのが分かる。
賞をとったり有名になる作家さんは、もちろん才能もある。けれどもそれだけではない。この人を助けてあげたい、誰かに紹介してあげたいと、味方になってくれる人を作れるのも才能として必要だ。又吉さんはそういった人脈を作る才能もあるのだろう。
この又吉さん芥川賞受賞についても、ネットやマスコミで誹謗中傷の嵐だった。『火花』の作中でもそういった罵詈雑言に対しての芸人の苦悩が語られている。本文の言葉で、そういった言葉の暴力を放つ行為を「ゆっくりな自殺」と呼んでいる。人にやった行いは、良いことも悪いこともそのまま自分にブーメランで戻ってくるのは世の中の不思議。しかも利子付。闇雲に相手を見下して誹謗中傷を浴びせることの恐ろしさを、放った当の本人が自覚していないのだろう。人生には相手を見下すよりも、相手に敬意を払うことが如何に大切かということ。
お笑い芸人という非凡な生活を描きながら、実は普遍的な人間性の話だったりするのが、この小説の面白いところだろう。
関連記事
-
『葬送のフリーレン』 もしも永遠に若かったら
子どもが通っている絵画教室で、『葬送のフリーレン』の模写をしている子がいた。子どもたちの間で
-
『高い城の男』占いは当たらない?
映画『ブレードランナー』の原作者フィリップ・K・ディックの代表作『高い城の男』。
-
『レヴェナント』これは映画技術の革命 ~THX・イオンシネマ海老名にて
自分は郊外の映画館で映画を観るのが好きだ。都心と違って比較的混雑することもなく余
-
『星の子』 愛情からの歪みについて
今、多くの日本中の人たちが気になるニュース、宗教と政治問題。その中でも宗教二世問題は、今まで
-
『LAMB ラム』 愛情ってなんだ?
なんとも不穏な映画。アイスランドの映画の日本配給も珍しい。とにかくポスタービジュアルが奇妙。
-
『坂の上の雲』 明治時代から昭和を読み解く
NHKドラマ『坂の上の雲』の再放送が始まった。海外のドラマだと、ひとつの作品をシーズンごとに
-
『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』夢を現実にした最低で最高の男
芸能界は怖いところだよ。よく聞く言葉。 本書は『宇宙戦艦ヤマト』のプロデューサーで、実質的な生みの
-
『推しの子』 キレイな嘘と地獄な現実
アニメ『推しの子』が2023年の春期のアニメで話題になっいるのは知っていた。我が子たちの学校
-
『君の名前で僕を呼んで』 知性はやさしさにあらわれる
SF超大作『DUNE』の公開も間近なティモシー・シャラメの出世作『君の名前で僕を呼んで』。イ
-
『桐島、部活やめるってよ』スクールカーストの最下層にいたあの頃の自分
原作小説と映画化、 映画公開後もものすごく話題になり、 日本アカデミー賞を総
- PREV
- 『アメリカン・ビューティー』幸福か不幸か?
- NEXT
- 『ダイナミック・ヴィーナス』暴力の中にあるもの