『裏切りのサーカス』 いちゃいちゃホモソーシャルの言い訳
映画『裏切りのサーカス』が面白いという勧めを知人から受けて、ずっと気になっていた。やっと観ることができた。ゲーリー・オールドマンは大好きな役者さん。とくに前知識もなく観始めたこの映画、なんだかキャスティングがすごい。
コリン・ファースが演じる役のあだ名はテイラー(仕立て屋)。マーク・ストロングも出てるから、このあと『キングスマン』に流れていったのがわかる。映画『キングスマン』劇中で、コリン・ファース演じるスパイが世を忍ぶ仮の姿はまさにテイラー。
他にも『マッドマックス』のトム・ハーディや、『ドクター・ストレンジ』のベネディクト・カバーバッチもいる。のちにヒーローになる俳優ばかり。ジョン・ハートとゲイリー・オールドマンといえば『ハリー・ポッター』も思い出す。
イギリスのスパイものの原点は『007』シリーズにある。60年前から始まったこのシリーズ。その後のアクション映画に多大なる影響を与えている。今観ると昔の『007』は、荒唐無稽でご都合主義。スパイ映画は、おじさんのスパイごっこのアイコンとなり始めて、『オースティン・パワーズ』とか『ジョニー・イングリッシュ』みたいなコテコテコメディでおちょくら始めた。スパイ映画は、ツッコミどころ満載のジャンルになった。ダニエル・クレイグがジェイムズ・ボンドになった『007』は、シリアス路線で描いているので、自分はかなり好き。そういった写実的なスパイ描写を追求したのがこの『裏切りのサーカス』なのだろう。
映画は冒頭から重い映像美で始まる。どのショットをとっても絵になる。凝りに凝った撮影。でも待てよ。ストーリーがぜんぜんわからない。ここまで豪華なキャスティングで凝った映像なのに、訳のわからない演出ミスはするはずもない。登場人物の紹介もほどほどに端折って、どんどんストーリーは進んでいく。仕方ない、とりあえずこの流れに乗ってみよう。
邦題が『裏切りのサーカス』と言うくらいだから、登場人物の中に裏切り者がいるのだろう。それが判明してくるところにカタルシスがあるのかと思いきや、そうでもない。お互いを疑い疑われるスパイ同士の疲弊ばかりが画面から伝わってくる。正直、真犯人が誰でもどうでもいい。そこがこの映画の不思議な魅力。
自分はこの映画鑑賞1回目は小さな画面で観た。これは大きな画面で観直さなければと、もう一度観る。結末がわかった上で観直すと初めてこの映画の面白さがわかってくる。一回観て「よくわからない」と切り捨ててしまうか、気になって再度観直すかで、観客を選ぶ映画。そもそも数回観ることを前提として、わざとわかりにくく演出しているところがオタクっぽい。映画は暗い顔をしたおじさんばかり登場する。オタクのおじさんの心を揺さぶる。
ゲイリー・オールドマン扮するスマイリーが、スパイ組織をクビになるところから映画が始まる。命懸けで仕事人間、男社会でずっと働いていたおじさん。ゲイリー・オールドマンのしょぼくれた芝居が良い。家に帰っても家族は誰もいない。そんなスマイリーだから、結婚はしなかったのだろうと想像させる。でも彼にはアンという奥さんがいるらしい。なんでも別居中で、他の男のところにいるとか。離婚はしていない。アンという女性の人物像については、この映画ではまったく触れていない。そこが重要。
スマイリーは毎日アンの帰りを待っている。自分はこれほど妻を愛しているのに、なんでそれが叶わないと被害者顔。映画はスマイリーからの視点で描かれている。アンという奥さんは、劇中では顔すら覚えられないような存在。妻のアンが家庭を顧みない人のように描かれている。実際の登場場面がなくとも、どこか壊れている人なのだとは想像がつく。
でもその彼女が壊れた原因は夫のスマイリー自身にある。スマイリーがその問題に向き合わなければ、アンの精神疾患は永遠に治らない。そこに触れてしまうと、この映画は別の作品になってしまう。かつてのスパイ映画の中での女性は、記号に過ぎない。
作品は省略があってはじめて成立する。懇切丁寧にすべて説明してしまう作品は、かえって制作者が観客を信用していない、過保護な印象を与えてしまう。でも「行間を読め」とばかりに、多くを端折り過ぎても、難解すぎて観客が付いてこれない。『裏切りのサーカス』は、そのギリギリの駆け引きの表現をしている。作り手と観客の情報戦とでも言うべきか。観客側も、スパイ的な洞察能力を試されてくる。ある意味敷居が高い。まさにオタク・ホモソーシャル・ワールド‼︎
スマイリーの仕事人間ぶりが、家庭崩壊を誘い込んでいる。サーカスと言われるこの映画のスパイ集団の、男同士の絆が深い。国の存亡を担った命懸けの情報戦。そのスリルと緊張感は、仕事とプライベートを棲み分けて普通の生活を送れるようなものではない。
男ばかりが集まると、ロクなことをしないもの。男尊女卑のホモソーシャルは、日本の戦国武将にも通ずるものがある。男社会は争いの社会。お互いへの興味は、どちらが上か下かからはじまる。忠義心とか言い始めたら、かなり重症。戦争を好んでし始めない。
渋くカッコいい映画だけれど、この映画の登場人物の誰にもなりたくないと思わせてくれる。職業病に毒された男たちのロマン。映画の回想場面で、年越しパーティがとても幸せそうに描かれる。ワーカホリックで病んだ男たちが、一生懸命言い訳しているようにもみえる。
仕事で犠牲にした人生。彼らは「戦争を止めている」と言いながら、秘密裏に戦争をしているパラドックス。忙しすぎると人は視野が狭くなる。女性が作る社会なら、まったく別の社会になっていく。男が作る男だけの価値観の社会構造。映画の主題とはぜんぜん違うのだろうけど、働き方改革は大事だなとつくづく感じてしまう。まあ、男が勇ましいことを言い出したら、かなりヤバいなという危険信号だということで。
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