*

『ハクソー・リッジ』英雄とPTSD

公開日: : 最終更新日:2017/09/02 メディア, 映画:ハ行

http://www.hacksawridge.movie/

メル・ギブソン監督の第二次世界大戦の沖縄戦を舞台にした映画『ハクソー・リッジ』。国内外の政治の話題が、どんどんキナ臭くなっていく中、暴力描写で有名なメル・ギブソン監督作というのもあって、ちょっとエンターテイメントとしては安易に楽しめないのではと感じていた。観たいような観たくないような映画。ひと足早く本作を鑑賞した友人から、「あとあじは悪くなかった」と聞き、「やっぱり観よう!」と心は決まった。

前評判では、スティーブン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』とよく比較されていた。『ハクソー・リッジ』は一人の青年が、英雄になるまでの半生を描いている。『プライベート・ライアン』は、戦場の疑似体験がテーマだと思うので、趣きはちょっと違う。『ハクソー・リッジ』の戦場の残虐描写は、主人公デズモンドの信仰心というか信念と対象させるため、ひとつの要素として機能している。

映画はとても丁寧にわかりやすく、デズモンドの人柄や人生観を描いている。メル・ギブソン監督といえば、プライベートでは暴力沙汰のニュースでお騒がせだが、この観客を意識した順序立てた落ち着きのある演出は、とても暴力的な人の描くものとは思えない。

ヒューゴ・ウィービング演じるデズモンドの父親が興味深い。前の戦争に出征した後遺症でPTSDに苦しんでいる。良い父親良い夫でありたいが、心に背負った病によって、家族に手を上げてしまう。己の矛盾に苦しむ。この父親は、こと暴力以外については、至極真っ当な人。正しい意見を持っているのもまた皮肉。ヒューゴ・ウィービングの父親こそが、メル・ギブソンそのものなのではないだろうか。

本作は沖縄戦が舞台にも関わらず、宣伝ではそのことにまったく触れていない。以前アンジェリーナ・ジョリー監督作の『アンブロークン』という、やはり第二次世界大戦中アメリカと日本が戦う姿を描いた映画では、事前に日本のネットで「反日映画だ!」と炎上してしまい、日本公開が危ぶまれたことがあった。その二の舞を心配してのことらしい。

『ハクソー・リッジ』での日本人は、モンスターにしかみえない。当時、日本の大本営からは、交戦状態になって生きて帰ってはいけない、一億総玉砕命令がくだっていた。アメリカ兵からしてみれば、命をいとわず突進してくる日本兵はモンスターにしかみえなかっただろう。歴史はどの側面から見るかによって印象は変わってくる。この日本人が観ても、同じ人間にみえてこない日本人描写は、これはこれでいいのかもしれない。しかし映画全体がリアリズムの追及なのに、マンガチックになって浮いてしまった蛇足の場面があったのも否めない。でもメルギブさん、どうしても異文化描写、やりたかったんだろうね。

デズモンドを演じるアンドリュー・ガーフィールドは、社会派の作品によく出てる。すっかりスパイダーマン俳優の肩書きは払拭した。そういえば最近作の『沈黙 サイレンス』も日本が舞台。しかも映画のテーマは同じく「信仰と暴力」だ。

日本は信仰が根付かない国。どうしても物質主義の利己的な目先の考えになってしまう。カネ中心だと、人は何をするかわからない。モンスターが心をなくした存在をいうなら、それもまたそうかもしれない。

先日、歌舞伎俳優の市川海老蔵さんの妻で、元キャスターの小林麻央さんが亡くなられ、日本中が悲しんだ。真央さんの病床でのブログはイギリスのBBCでも評価されていた。ブログは癌との闘病日記でもあるが、内容はポジティブな言葉で綴られ、自分の幼い子どもや夫へ対する思いやりの言葉に満ちているらしい。真央さんが夫海老蔵さんに最期に残した言葉も「愛している」だった。いままでの日本人が口にするのが苦手だった大事な言葉。

いま日本では、利己的な儲け主義の話ばかり。その流れに真っ向から逆行する「愛」という言葉。日本人の多くが真央さんの死から何かを学んだ。やっぱり人間らしい生き方は、誰かのために生きること。他のために生きてこそ、自分が生かされていく。「信仰心」とは「慈愛心」に近いものなのかもしれない。それなら信仰心のない日本人にも理解できる。自分のことばかりに執われていてはダメなんだと。

デズモンドは、人助けをすることに喜びを見いだし、戦争という命を奪う場所で、命を救う衛生兵を志願する。一目惚れしたガールフレンドには、すぐ夢中になる一途さ。一度こうだと決めたら、雑音がまったく入らないタイプの人。それゆえの危うさもある。

信念を貫くのも、執着に縛られるのも、頑なさは似ている。だが信念というのは、根底がブレていなければ、行動がまったく別のことをすることもある。銃に触れないと誓ったデズモンドが、それを覆す瞬間は小気味いい。

映画は美談でまとめあげられていく。実際のデズモンド・ドスのインタビューが流れる。アンドリュー・ガーフィールドを彷彿させる細身の老人。でもやはり心の病を背負っているのが感じ取れる。あれだけ恐ろしい体験をして、なにもないわけがない。

英雄とは孤独で悲しいもの。それでも英雄に憧れるメル・ギブソンの熱い情熱をひしひし感じる。

関連記事

『グランド・ブダペスト・ホテル』大人のためのオシャレ映画

ウェス・アンダーソン監督作といえば オシャレな大人の映画を作る人というイメージ。 本

記事を読む

『バードマン』あるいはコミック・ヒーローの反乱

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の 新作がコメディと聞いて、まず疑った。

記事を読む

『ひつじのショーン〜バック・トゥ・ザ・ホーム』人のふり見て我がふり笑え

なにこれ、おもしろい! NHK Eテレで放送しているテレビシリーズ『ひつじのショーン』

記事を読む

『日の名残り』自分で考えないことの悲しみとおかしみ

『日の名残り』の著者カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した。最近、この映画版の話をしてい

記事を読む

『風立ちぬ』憂いに沈んだ未来予想図

映画『風立ちぬ』、 Blu-rayになったので観直しました。 この映画、家族には不評

記事を読む

『レオン』美少女は殺し屋も殺す

リュック・ベッソン監督作品、ジャン・レノ主演のフランス映画のスタッフ・キャストがハリウッド進

記事を読む

日本企業がハリウッドに参入!?『怪盗グルーのミニオン危機一発』

『怪盗グルー』シリーズは子ども向けでありながら大人も充分に楽しめるアニメ映画。アメリカのユニ

記事を読む

『博士と彼女のセオリー』介護と育児のワンオペ地獄の恐怖

先日3月14日、スティーヴン・ホーキング博士が亡くなった。ホーキング博士といえば『ホーキング

記事を読む

『硫黄島からの手紙』日本人もアメリカ人も、昔の人も今の人もみな同じ人間

クリント・イーストウッド監督による 第二次世界大戦の日本の激戦地 硫黄島を舞台にした戦争

記事を読む

美しい地獄『リリイ・シュシュのすべて』

川崎の中学生殺害事件で、 真っ先に連想したのがこの映画、 岩井俊二監督の2001年作品

記事を読む

『チャーリーとチョコレート工場』歪んだ愛情とその傷

映画が公開されてから時間が経って、その時の宣伝や熱狂が冷めたあ

『ドラゴンボール』元気玉の行方

http://www.maniado.jp/community/ne

『THIS IS US』人生の問題は万国共通

http://video.foxjapan.com/tv/this-

『生きる』立派な人は経済の場では探せない

黒澤明監督の代表作『生きる』。黒澤作品といえば、時代劇アクショ

『ヒミズ』闇のスパイラルは想像力で打開せよ!

園子温監督作品の評判は、どこへ行っても聞かされる。自分も園子温

→もっと見る

PAGE TOP ↑