『平家物語(アニメ)』 世間は硬派を求めてる
テレビアニメ『平家物語』の放送が終わった。昨年の秋にFOD独占で先行公開されていたアニメシリーズ。予告編を観ただけでも感動してしまった。これは観たいと思った。アニメ作品や邦画の近作で、興味をそそるような作品にはなかなか出会わなくなった。これは単に自分が老いたせいなのだとばかり思っていたが、そうでもなかったらしい。
『平家物語』のアニメ化といえば、高畑勲監督が次回作に準備していたというのを、訃報とともに聞いていた。『かぐや姫の物語』のような毛筆画タッチで、『平家物語』が映像化されるなら、是非観てみたい。とても残念な気持ちになった。そしてそんな古典の映像化に興味を持つようなスポンサーは存在しないだろうと、今の日本のエンターテイメント状況を嘆いたりもしていた。
ただ『平家物語』のような長い原作は、劇場用映画の2時間前後の枠内に収まるものだろうかと一抹の不安も走る。長尺シリーズものでもクオリティの低くなるなら観たくない。そんな不安をかき消すような、アニメ「?『平家物語』のパンチの効いた予告編を観せつけられた。自分のような硬派な作品が好みなおじさんならともかく、一般の客層は古典の映像化なんかに興味が湧くのだろうか。とくにアニメを観る層は若者がメイン。
スタッフは近年話題になった『聲の形』の山田尚子監督と吉田玲子さんの脚本。『聲の形』は、萌えアニメの画風だったけど硬派な内容だった。『聲の形』を親子で観て、いじめや差別について語り合ったりもした。エンターテイメントであるアニメ作品を観て、そんなシビアな話をしなければならないなんて、世の中はなんて荒んでいるのか。『聲の形』のような作品は、自分が学生だった頃はEテレの教育番組『中学生日記』をイメージさせる。学校で道徳の授業で観るような作品。自分は萌えアニメは苦手なので、スタッフ陣からは意外な抜擢を感じた。女性がメインのスタッフで歴史ものを描くというのも、現代的で良い。
アニメ『平家物語』が放映されるちょうど同じ時期、NHK大河ドラマの『鎌倉殿の13人』が始まった。三谷幸喜さんが脚本されるこのドラマは、源平合戦の源氏側からの展開。源平両者の視点で、同時期に違ったメディアで観れるのは楽しかった。歴史上の同じエピソードが重なり、その演出の違いを比べたりできる。贅沢なパラレルワールド。
近年の大河ドラマは、新たな視点で歴史を切り込もうとするのか、あえてミスキャストな配役したりしてかえってわかりずらくなったりしている。今回の『鎌倉殿の13人』は、今までの歴史観のイメージ通りのキャスティング。アニメ『平家物語』のキャラクターデザインは、原作の素直な映像化なので、自然と大河ドラマとアニメの登場人物が似てくる。アニメにでてくる北条政子と、大河ドラマで演じている小池栄子さんの顔がそっくりで可笑しかった。
アニメ『平家物語』は、原作には登場しない琵琶奏者の少女・びわの目線で描いている。平氏四世代くらいにわたる壮大な群像劇を、一本串刺しにする文字通りの語り部。『平家物語』は、琵琶奏者によって800年弾き語られた。琵琶奏者の少女が主人公になることで、アニメ作品としてとても観やすくなった。我が家でも親子揃って、主人公びわの視点でアニメを楽しんでいった。
移動中、電車に乗っていると、若い女性がスマホで『平家物語』を鑑賞している。若い子も面白いと思ってるのかしら? 意外にも若い層にも『平家物語』の人気は静かに起こっている。雑誌でも特集が組まれたり、従来の歴史ファン以外にも注目を浴びている。どうやらみんな、硬派な作品は嫌いじゃないらしい。良かった。
アニメの前半は平清盛の息子・平重盛を主人公に、後半はその妹の徳子をメインに物語が進んでいく。アニメの重盛はオッドアイ。オリジナルの『平家物語』は、平清盛の父(重盛の祖父)の平忠盛がオッドアイだったような。アニメ的なファンタジックな登場人物に演出するために、重盛をオッドアイにした。その効果は充分に活きていた。
アニメの原作にあたる現代語訳の『平家物語』を書かれた古川日出男さんによると、歴史上の重盛は清盛よりもさらに怖い人で、かなりめちゃくちゃなことをしていた説があるとのこと。『平家物語』の重盛は、「平家の良心」と呼ばれ、とても良識的な人物でカッコいい存在。平家が衰退したのも、重盛の防波堤がなくなったからのように描かれている。
古川日出男さんの『平家物語』を読んでみたくてネットで調べると、そこそこお高いお値段。実物がみたくてリアル書店へ行ってみると、近所の書店には在庫なし。都心の大きな書店へ行くと、さすがに『平家物語』のコーナーが設けてあり、関連書物が陳列されていた。そして肝心の古川版『平家物語』だが、分厚くて辞書みたいな重量。これは読むのが大変そうだ。いつかこの本、数冊に分けて文庫化しないだろうか。読み切れる自信がない。もし文庫化された暁には、表紙はアニメ版と古典版のリバーシブルは続けて欲しいのですが、いかがでしょう?
清盛が野望を語るときの劇伴がニューウェーブ調になるのが面白い。以前、ソフィア・コッポラ監督の『マリー・アントワネット』での舞踏会の場面でニューウェーブがかかった。斬新な演出だし、歴史上の人物も現代人も、感情や感覚は同じなんだよという意図を感じた。アニメ『平家物語』の音楽の使われ方は、とても控えめだけどアグレッシブ。
音楽を担当された牛尾憲輔さんは、 agraph のユニット名でソロ活動しており、電気グルーヴのサポートメンバーだったりもする。あわてて『平家物語』のサントラとagraphのアルバムを聴いてしまった。agraph、アンビエント系でカッコいい。すっかり気に入ってしまった。
『鬼滅の刃』を観てから、声優さんの演技力に注目し始めている。声だけ専門に演じる俳優業は日本だけにしか存在しない。アニメや洋画の吹替版での声優さんの貢献は高い。若い人が憧れる職業なのも納得。むしろ声優の配役に、実写の俳優やタレントが起用されて、聞きずらい演技をされてしまうことの方が鑑賞の弊害になる。声の仕事はプロの声優さんが担当するのに限る。この『平家物語』では、プロの声優さんの演技力がものを言わせている。『鬼滅の刃』ともかなりキャスティングが被っているので、演技力や人気のある声優さんは限られているのがわかる。
英語圏でのエンターテイメント界隈は、「英語でなければ認めない」という文化が根強い。近年のアカデミー受賞作に、外国語作品が増えているので、若干その流れも変わりつつある。ただ、海外のアニメファンには、ずっと以前から字幕文化が進んでいた。日本のアニメなら、オリジナルの日本の声優さんの演技で作品を楽しみたいと思っている人が多い。これからこの『平家物語』も海外進出していくだろう。海外の人は、この作品をどう感じるだろうか。
日本はかつてアメリカに次ぐエンターテイメント大国だった。今は多くの国がエンターテイメント産業に食い込んできている。世界標準では競合が多すぎる。でも日本の文化が「カッコいい」と感じる海外の人はいまだに多い。アニメ『平家物語』が、海外でも受け入れられて欲しいなと、作品のいちファンとして願っている。今後日本ももっとバラエティに富んだ作品を制作していって欲しい。
『平家物語』のアニメ化の企画の声がけをしたプロデューサーは、海外出身の方みたいだし、自国の人の方が自国の魅力に気づけないのがよくわかる。作品づくりに保守的だと弊害になる。大手が冒険しない世の中で『平家物語』みたいな作品が出てきたのは、一筋の希望かもしれないと言ったら、すこし大袈裟かもしれない。ただ今後の海外の反応が気になる作品だだったりする。
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