『ベイビー・ブローカー』 内面から溢れ出るもの
是枝裕和監督が韓国で撮った『ベイビー・ブローカー』を観た。是枝裕和監督のような国際的評価の高い著名人は、なぜか国内ではよくわからない宙ぶらりんな存在にされてしまう。いったい海外でその人は何をやって、なんで評価されたのか。何かの賞は獲った人らしいけど詳しくは知らない。どうやら海外で活躍してるらしい。そんな海外では有名な日本人が多すぎる。それは日本国内でのメディアの、その人物に対する偉業の伝え方の問題でもある。要はリスペクトがないということ。2000年代くらいまでのスポーツ選手なんかは特にそんな感じ。プロ野球選手で海外のチームに移籍した選手を、国を捨てた裏切り者のようにバッシングしていた。海外進出する人を全力で潰す。最近はやっと大谷翔平選手のように、海外で活躍する人物を国内でも盛り上がれる風潮となってきた。いいことだ。
けれども国外で評価された人物が、凱旋して国内でさらに偉業をさらに続けることは、いまだに難しい。海外で評価された人は、そのまま海外の支援を受けて、海外で更なる偉業を成し遂げる。日本は海外で活躍する日本人に対して冷たい。「世界の誰それ」みたいな肩書をつけて距離をとってしまう。また逆に、国内中心で活躍する人は、そもそも国内のみでの活躍に限られていて、世界標準に立ち向かう気概はまるでない。文化のガラパゴス化。島国根性や村意識の閉塞感。
是枝監督の評価は、母国日本よりも海外の方が高い。ドキュメンタリー出身の是枝監督は、劇作品をつくる前にも綿密な取材を行うと聞く。底辺で生きづらさを抱える人物に寄り添い、少しでもより良い社会になることを願いながら映画を制作していく。映画がエンターテイメントである以上、楽しい要素も交えて描いていかなければならない。是枝作品の登場人物を借りて、社会的マイノリティの小さな声を具現化していく。これは映画をつくる大義にもなる。
日本の現状を伝えるリアルで小さな声が、海外へダイレクトに発信されていく。それが評価されていることは気分がいい。社会への警鐘も映画のテーマに含まれているため、社会の闇の部分にもスポットを当てていく。とうぜん政治の行き届かないところを描かれてしまうので、是枝作品が世界で評価されればされるほど、政府がねぎらいの言葉をかけづらくなる。しかしながら是枝作品の製作に、日本でもっとも体制的なフジサンケイグループが協賛しているのも、大人の都合の複雑さが垣間見えて興味深い。
是枝監督の作風ゆえもあるし、単純に日本が不景気なのもあってか、日本で映画製作に出資する企業は少ないだろう。資金がないというだけで、才能が埋もれてしまう。作品が誕生することでの経済効果も予想できる。「日本で映画がつくれないなら、ぜひうちの国へ来てつくってくださいよ」なんて海外から声がかかってくるだろう。近年日本のアニメだって、海外出資で盛り返し始めた。是枝監督のファンは世界中にいる。自国で映画が撮れないなら、国籍を問わず歓迎してくれる場所でものづくりをした方がいい。むやみに戦う必要もない。是枝監督がフランスや韓国で、その国のスタッフキャストと組んで、その国の作品をつくる。とても不思議で面白い。
自分は日本で制作された最近作『怪物』を先に観たあとで、遡って前作『ベイビー・ブローカー』を観た。『怪物』は真面目な是枝映画の作風を受け継ぎながらも、エンターテイメントとして楽しめるミステリー要素も含んでいた。今までの是枝作品にはない遊び心。前作の『ベイビー・ブローカー』を観ると、韓国映画の制作陣とのものづくりが大きく影響しているのがわかる。
日本では作家主義みたいなものがあって、著名な監督ひとりに作品の全決定権を委ねてしまう傾向がある。その作品に於いて監督は独裁者にも神様にもなる。いっけん自由な表現が生まれてきそうな気がするが、残念ながらそうでもない。資金を出す企業の言い分もあるし、売れそうにない映画をつくるわけにもいかない。作家主義は、言葉の響きこそいいが、監督への体のいい丸投げ状態と言ってもいい。
韓国での映画制作の中で、是枝監督は「映画をみんなで作っていく感覚を味わった」と言っていた。主演のソン・ガンホが編集室に来て「数回撮ったうち、何番目のあのテイクが一番良かったから、あれ使って欲しい」と助言してきたのには驚いたと。映画は監督一人のものみたな風潮は、韓国にはないのかもしれない。クリエイティブ業界は、ブラック環境下で働くのは日本では常識。全人生を捧げなければいい作品はできないという盲信。韓国は働き方改革が進んで、映画制作現場の定時退社は基本とされている。疲れていてはいい作品はできない。それでも撮影が佳境に入れば、オーバーワークは余儀なくされる。そのクライマックスに備えて、日頃は余裕のあるスケジューリングで仕事(撮影)をこなしていく。映画は夢だが、それをつくるのは現実の作業。
ソン・ガンホ演じる主人公サンヒョンは、施設のベイビー・ボックスに届けられる赤ん坊を盗んで、子どもの欲しい家へ売り飛ばすブローカー。ベイビー・ボックスは日本でいう赤ちゃんポスト。この赤ちゃんポストの是非をよく問われることがある。実の親が自分の子どもを育てないとはなんたることかとは表面的な意見。養護施設で働く人の話では、実の親にDVを受けながら生活するよりは、施設に預けられた子どものほうが幸せだったりするらしい。生みの親よりも育ての親。じっくり自分だけを見てくれる大人の不在は、その子にとって気の毒でもあるが、DVや貧困で心が壊れてしまうよりはよほどいい。貧困はDVと直結している。
赤ん坊を捨てる側、それを拾って転売する側、その様子を伺って法的に罰せようとする側。三者の視点がロードムービーの形式で描かれていく。赤ん坊を売るための旅。きっと多くの観客は三者のうちの「法的に罰せようとるす側」である刑事の視点にいちばん近い。ぺ・ドゥナ演じる女性刑事が言う「捨てるくらいなら生むな」、「なんで男の赤ん坊より女の方が安値なんだ」すべてが正論。でもこの刑事たちがこのベイビー・ブローカーたちを尾行しているうちに心変わりしていく過程も面白い。それは我々観客と同じ視点。育てられなくとも生みたい当事者の気持ちもみえてくる。刑事がおじさん二人組ではなく、女同士のバディなのもいい。
重いテーマを内包しながらも、映画はこの登場人物たちの顛末が気になるサスペンスにつながっていく。けれど登場人物たちのバックボーンには、あまり深入りしない。観客に想像させる余白。ソン・ガンホがクリーニング屋を経営しているのが、映画の効果として大きい。ロードムービーでは衣装替えが難しい。登場人物たちが、そのキャラクターでは着ないような服を着ていくことで、心の変化も描きやすい。そういえば『怪物』の登場人物もクリーニング屋だった。取材好きの是枝監督は、もしかしたらクリーニング屋を経営できるくらいの知識を得てるのかもしれないのではと思うとニヤけてしまう。
韓国で「国民の妹」と呼ばれているIUがこの映画で、赤ん坊を捨てた母親役として出演している。自分は今まで、歌手のIUしか知らなかった。歌手であり俳優でもある彼女は、俳優業ではイ・ジウン名義で活動している。ぱっと見で、IUとイ・ジウンが同一人物とわからなかった。歌手のIUは常に背筋がピンとして姿勢がいい。クールでピシッとしているイメージ。『ベイビー・ブローカー』のイ・ジウンは、役柄的にやさぐれていて猫背。華やかな舞台に立つIUとやさぐれイ・ジウン。表情や話し方を越えたところにも、役づくりに求められる。はたしてIUの本来の姿勢は、背筋がまっすぐなのか猫背なのか。どちらの方が努力しているのか。本当にラクな姿勢はどちらなのか。気になって仕方がない。謎は深まるばかり。
是枝監督の作品に出演したい俳優は世界中にいるだろう。この『ベイビー・ブローカー』の俳優も、みな主役クラスの人気者ばかり。役者の立ち振る舞いもあってか、登場人物たちがどんなにやさぐれていても、きっと地は良い人なのだろうと予感させる。世間に背を向けた生活をしていても、どこか憎めない。観客は彼ら彼女らを、本能的に信用してしまう。「その人の育ちの良さ」とか「人となりの品格」という言葉がある。どんなに逆境にあっても、それに染まらない人というものもある。本人から言えば、無頓着で楽天的なだけなのかもしれない。ただその明るい性格は、生きていく上で武器になる。ロードムービーは、登場人物たちがその旅を通して徐々に変化していく様が面白い。この暗い人たちが、どの転機で笑い出すか。その場面に子どもが関わってくるのは是枝作品らしい。
是枝監督の作品で、弱き者たちが寄り添い合う擬似家族というものがよく登場する。かつて是枝監督は、大人の俳優には台本を渡すが、子役にはアドリブで演じさせる手法をとっていた。子役俳優には、その場面の大まかな概要だけ伝えて、大人の俳優が演じる姿に、そのまま自分の感じるままにリアクションをとってもらう。子役の計算し切った演技を嫌う是枝演出。子役から生まれるポジティブな感情。映画に魔法がかかる。
自分はかつて学校遠足に付き添うカメラマンをやっていたことがある。小学校の遠足の定番に登山がある。苦労して山を登ることで達成感を得ることができるというのが学校側の趣旨。山の天気は変わりやすい。突然の雨なんてこともある。そんなとき急遽予定変更して、雨宿りで移動できなくなってしまうこともある。先生たち大人は、予定が狂ってしまったので困っている。でも子どもたちはそのハプニングも楽しくて仕方がない。予定変更でがっかりしている大人たち。「子どもたちにあれもこれも見せたかったのに」と。でも子どもたちは、このハプニングも最高に楽しくて仕方がない。欲がないからこそ、すべてが新鮮。この突然の雨で、大人と子どもの感じ方の違いには驚かされた。もちろん、先生たちは仕事で責任重大。子どもたちはなんの責任もない立場だから、楽しんでいられるのもある。だけど同じ状況で大人ばかりだったなら、怒り出すヤツが必ず出てきそう。困った人というものは、子どもより大人の方がはるかに多い。
映画の中の旅が続くにつれ、いつしか登場人物の大人たちは、皆、この子たちが幸せになって欲しい気持ちとなってくる。生活するのもやっとで、自分のことで精一杯だった大人たち。自分が幸せになることばかりを夢みてきたが、他の幸せを願い始めたことで、自身の幸せの兆しも見え始めてくる。皮肉なパラドックス。観客の我々は、子どもたちだけでなく、大人たち、登場人物たちの全員が幸せになって欲しいと思えてくる。
この映画はカンヌで高評価を受け、主演のソン・ガンホも念願の主演男優賞を獲得した。是枝作品に出演して、本当に良かったね。それでこのまま是枝裕和監督は、日本へは戻らず『世界の是枝』になってしまうのかと、一抹の寂しさも覚えた。でも本人は、「この経験を活かして日本でまた映画をつくりたい」と言ってくれた。きっと海外で映画をつくった方が好条件だったろうに。そして我々は日本映画の『怪物』をのちに観ることとなる。日本の映画事情がこれからどうなっていくか。漫画原作の実写化みたいな、手垢のついた、世界でまったく通用しないような企画はそろそろ終わりにして欲しい。世界標準の日本映画、それもアニメばかりではなく実写映画も活性化して欲しい。いま、是枝監督の意思は、日本での映画づくりだけにとどまらず、映画制作環境づくりにも関心が向いているように感じている。日本も潮目が来たという兆候ならいいなと思う。
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