『風と共に去りぬ』 時代を凌駕した人生観
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最終更新日:2021/04/11
映画:カ行
小学生の娘が突然、映画『風と共に去りぬ』が観たいと言い出した。なかなか渋い趣味。いいですよ観ましょうよ。でもこの映画、4時間上映時間があるからね。日々あまたに作られる消費映画をたくさん観るよりは、何十年も語り継がれる古典に触れた方が、心のために良い。自分も数十年ぶりにこの映画を観た。
今NHKで放送されている『チコちゃんに叱られる』という番組をご存知だろうか? 着ぐるみとCGの合成でできた五歳児チコちゃんが、日常のうっかり見落としがちな物事のあらましを、うんちくを交えて教えてくれるクイズ形式番組。チコちゃんは五歳児とは思えぬくらい毒舌。ボイスチェンジしてるけど、中の人は絶対おっさんだとわかる。のちにキム兄が声を当てていると知って、より一層この番組が好きになった。その『チコちゃんに叱られる』で、映画『風と共に去りぬ』が紹介されたので興味が湧いたらしい。
『風と共に去りぬ』は、日本では1952年に公開されている。自分の親の世代が夢中になった映画だ。てっきり戦後の映画だと思っていたが、本国アメリカ公開は1939年。第二次大戦前に作られた映画だと思うと本当に驚き。80年前の映画だから、製作に関わった人たちは当然皆、すでに天寿を全うしている。作った人はいなくなっても、作られたものはこうして80年後の未来でも、現在進行形のドラマとして展開していく。ちょっとしたタイムスリップだ。
物語のテンポが早いので、古さを忘れてしまう。スケールもめちゃくちゃデカイ。映画が白黒だった当時としては、最新技術のテクニカラーでの撮影。画面の美しさに、当時の観客は驚愕したことだろう。音楽もまるでオペラのように全編かかりっぱなしで、登場人物の心情を紡いでる。これだけ丁寧に演出技術を計算された映画は、機材が進歩した現代でもなかなか見当たらない。ウェルメイドとはかくのごとき。
主人公のスカーレット・オハラを演じるヴィヴィアン・リーの美貌に圧倒され、クラーク・ゲーブル扮するレット・バトラーの伊達男っぷりに、観客が惚れ惚れしていたのだろう。当時の観客の感動を想像するのも面白い。
自分がこの映画を初めて観たのは10代の頃。自己中心的で気丈なスカーレットを観てすぐ「イヤな女だな」と思ったものだ。当時の親世代の人たちに、いかにスカーレットがイヤな奴かと語ったら、「君は若いから分かっていない」と一蹴されたっけ。でも娘もレット・バトラーが初めて出てきた場面では「イヤなヤツ〜」と言っていたよ。そうだよね、この主人公たちの性格ヒドいよね。
当時の観客が、どれだけこの二人の主人公に感情移入できたのかはわからない。この自分の利益のためならなんでもするというサイコパスな心理。今でいうならトランプ大統領やIT企業の社長なんかが、このタイプだろう。プライベートはどうかは知らんが、表向きには大成功している。成功したいなら、情など捨てなければならないのだろう。また、男は家事をやらないものとされていた当時に、レット・バトラーがイクメンだったというのも、ものすごく斬新だ。
スカーレットとは対照的な、メラニーという友人が出てくる。彼女は慈愛に満ちた心優しい女性。スカーレットとメラニーは、人生のほとんどを共に過ごす。でも二人は同じ経験でも全く別物に見えているはず。現代の感覚ならば、メラニーを主役に配して、スカーレットという困ったちゃんとの腐れ縁のようにして描かれてしまいそう。
でもその利己的で攻撃的なスカーレットを主人公にしたことで、この『風と共に去りぬ』は、作品としてとてつもなく魅力的になる。悪女を悪女のままに描いて、それでも観客は彼女を受け入れてしまう不思議。
南北戦争に巻き込まれ、貴族だったスカーレットが命からがら、ド貧困からのし上がっていく。これが日本をはじめアジア的なドラマツルギーだったら、我慢に我慢を重ねてお涙頂戴の嵐で展開していくことだろう。このアメリカ作品は、苦労を弾き飛ばすくらいの生命力で、カーッと突き進んでいく。ある意味狂気の発奮なのだが、やはりこれはエンターテイメント作品。それこそものすごいカタルシスがある。
戦中、ごく一部の日本軍がこの『風と共に去りぬ』とディズニーの『ファンタジア』を観て、「こんなものを作ってしまう国と戦争しても、勝てるわけがない」と嘆息したとかしなかったとかいう話は有名だ。
この映画には、「アメリカンスピリットここにありき」という、国内を啓発するプロパガンダもあっただろう。でもそこにとどまらず、世界中をあっと言わせてやろうという、ショウビジネスの魂も共にある。作品が孕んでいるやぼうは、とてつもなくデカい。これはそのままハリウッド映画の繁栄につながっていく。アメリカのソフトパワーが揺らぎないものへとなる。
世界を意識して動けば、そこで帝国を築くことができる。80年前の『風と共に去りぬ』が、現代のショウビズ界のアメリカ帝国の礎になっているのは明らかだ。国内完結の偏った思想に固執して、世界に通用する芽を摘んでしまうようではダサすぎる。
善悪も倫理も飛び抜けてしまうスカーレットのパワー。共感はできないけど、そこに魅了されてしまうのは間違いない。
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