*

『鑑定士と顔のない依頼人』人生の忘れものは少ない方がいい

公開日: : 最終更新日:2019/06/10 映画:カ行, 音楽

 

映画音楽家で有名なエンニオ・モリコーネが、先日引退表明した。御歳89歳。セルジオ・レオーネやベルナルド・ベルトルッチ作品など、名匠と生まれた名曲は数知れず。共に仕事をした仲間たちも、だいぶお迎えがきた。晴れてモリコーネさんお疲れ様といったところだろう。「ただしジュゼッペ・トルナトーレ監督から依頼が来たら、それは受ける」とモリコーネは語る。

そのトルナトーレとのコンビ作で、今のところ最新作なのがこの『鑑定士と顔のない依頼人』。モリコーネとトルナトーレとの共作は多い。

古くは『ニュー・シネマ・パラダイス』。これなんかは、今では曲が一人歩きしてスタンダードナンバーになっている。音楽が良くなければ作品が成立しなかったであろう『海の上のピアニスト』なんて映画もある。トルナトーレの映像には、モリコーネの音楽は欠かせない。モリコーネ唯一のご指名監督トルナトーレ。よほど仕事がやりやすかったのだろう。

この『鑑定士と顔のない依頼人』は、モリコーネ音楽担当とはいえ、かなり控え気味だった。

自分は以前、この映画をレンタル屋で借りた。店にはDVD版はたくさん置いてあったが、ブルーレイ版は1本しかなかった。その1本のブルーレイを借りてきたら、再生不具合で観れなかった。お店の人にその旨を伝えたら、DVD版を勧められた。ブルーレイで観たかったので渋っていたら、他の作品を借りられるチケットをくれた。新作も借りられるチケットだったので、嬉々として他の作品を借りてしまった。そんなこんなで、『鑑定士と顔のない依頼人』は、観た気分になってそれきりだった。

この映画はミステリーなので、内容については未見の人には話せない。先が読めない方が楽しめる。かといって結末を知った上で、観直して確かめる楽しさもある。この映画は人に評判を聞いたので観てみた。紹介した人も、説明をほとんどしなかった。ネタバレは厳禁と思っていたのだろう。作品の主人公と共に、謎の誘惑に惹きこまれていった方が面白い。

ジェフリー・ラッシュ演じる主人公ヴァージル・オールドマンは美術鑑定士。金と名声はあるが、家族もいなければ友達もいない。人間関係は仕事を通してのものばかり。ヴァージルは、こだわりの多い偏屈な老人だ。女性が苦手なミソジニストでもある。

偏屈になる心理は、男性なら誰もが陥りやすい。こだわりがあるのは、人生にとっていい場合もあるが、チャンスを逃す弊害にもなりかねない。人生の選択を迫られるときは、大抵こだわりを捨てなければならない。人生の転機と、自分の固執との折り合いをつけることにセンスが求められる。ときとして「男のこだわり」は、前進できない人の言い訳となる。そうなると「コンプレックス」と呼んだ方がいい。

この己のコンプレックスに向き合わずに蓋をしたままにしてしまうと、中で腐ってかなりヤバイことになる。コンプレックスを隠そうとすればするほど、その人は偏屈になってしまう。外堀から守りに入る。理屈っぽくもなるし、素直じゃなくなるから人からも嫌われる。金や名声を手に入れてしまうと、もう自分だけの世界に閉じこもってしまう。

ヴァージルもそんなところか。主人公とは思えないほどイヤなヤツだったりする。守るものや隠すものが多すぎる。こりゃあ生きるのが大変だ。

「良好な人間関係は、腹六分ぐらいがちょうどいい」というのは美輪明宏さんの有名な言葉だが、仕事においては「腹二分」ぐらいがいいのかもしれない。腹六分の人間関係とは、あまり深入りしない方が、相手を嫌いにならずにすむというもの。「好き」の反意語は「嫌い」ではなく「無関心」。「好き」と「嫌い」は、同じくらいエネルギーを消耗する。

仕事においての人間関係は、そこに上下関係や利害関係があるので純粋なものじゃない。
「男は友達なんかいらない。仕事の人間関係で充分だ」なんて言ってた人の定年後の姿をみると、なんとも侘しいものだ。ヴァージルも同年代の友達がいない。立場の近い友人に、ぽろっと相談ができないと判断を誤る。

自分も歳をとってきてわかるのは、年々細かいことが気にならなくなってくるということ。若いときよりも脳の働きが鈍くなって、人生がシンプルになってくる。老人力がついてくるとはこのことかも。

歳をとって説教くさくなったり、周りの人や店員さんとかを怒鳴りつけたり、威張った態度をとったりする人がいる。ネットでレイシストに豹変するのも中年以上の年配男性。それは自信のなさの現れ。自分の人生をきちんと生きている人は、堂々としていられるものだ。若いときから自分のことは自分で考え、納得して決めていく。自分で判断した人生なら、結果がどうであれ悔やむこともあまりない。人生の忘れものは少ない方がいい。

ヴァージルは人生の忘れものが多い。金と名声はあっても、メンタルでは弱点だらけ。それでは隙を相手に悟られてしまう。自己防衛の理論武装すればするほど、それが露呈する。

この弱点だらけの主人公が、どんな誘惑に巻き込まれるか。同じ男としては厳しい展開だ。だからこそこの映画は面白い。

関連記事

no image

『クラッシャージョウ』ガラパゴス前夜にて

  アニメ映画『クラッシャージョウ』。1983年の作品で、公開当時は自分は小学生だっ

記事を読む

no image

『カメレオンマン』嫌われる勇気とは?

ウッディ・アレンの『カメレオンマン』。人に好かれたいがために、相手に合わせて自分を変化させてしま

記事を読む

no image

『オネアミスの翼』くいっっっぱぐれない!!

  先日終了したドラマ『アオイホノオ』の登場人物で ムロツヨシさんが演じる山賀博之

記事を読む

no image

アーティストは「神」じゃない。あなたと同じ「人間」。

  ちょっとした現代の「偶像崇拝」について。 と言っても宗教の話ではありません。

記事を読む

no image

『さとうきび畑の唄』こんなことのために生まれたんじゃない

  70年前の6月23日は第二次世界大戦中、日本で最も激しい地上戦となった沖縄戦が終

記事を読む

no image

『ゴジラ(1954年)』戦争の傷跡の貴重な記録

  今年はゴジラの60周年記念で、 ハリウッドリメイク版ももうすぐ日本公開。 な

記事を読む

no image

『ゲゲゲの女房』本当に怖いマンガとは?

  水木しげるさんの奥さんである武良布枝さんの自伝エッセイ『ゲゲゲの女房』。NHKの

記事を読む

no image

『リメンバー・ミー』生と死よりも大事なこと

春休み、ピクサーの最新作『リメンバー・ミー』が日本で劇場公開された。本国アメリカ公開から半年遅れだ。

記事を読む

no image

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』ある意味これもゾンビ映画

『スターウォーズ』の実写初のスピンオフ作品『ローグ・ワン』。自分は『スターウォーズ』の大ファンだけど

記事を読む

no image

『ボヘミアン・ラプソディ』共感性と流行と

昨年はロックバンド・クイーンの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』の大ヒットが社会現象となった。母国イ

記事を読む

no image
『八甲田山』ブラック上司から逃げるには

今年になって日本映画『八甲田山』のリマスター・ブルーレイが発売されたら

no image
『さよなら、人類』ショボくれたオジサンの試される映画

友人から勧められたスウェーデン映画『さよなら、人類』。そういえば以前、

no image
『若草物語(1994年)』本や活字が伝える真理

読書は人生に大切なものだと思っている。だから自分の子どもたちには読書を

no image
『未来のミライ』真の主役は建物の不思議アニメ

日本のアニメは内省的で重い。「このアニメに人生を救われた」と語る若者が

no image
『映画から見える世界 上野千鶴子著』ジェンダーを意識した未来を

図書館の映画コーナーをフラついていたら、社会学者の上野千鶴子さんが書い

→もっと見る

PAGE TOP ↑