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『聲の形』頭の悪いフリをして生きるということ

公開日: : 最終更新日:2020/10/18 アニメ, ドラマ, 映画:カ行,

自分は萌えアニメが苦手。萌えアニメはソフトポルノだという偏見はなかなか拭えない。最近の日本のアニメやマンガは、売れればなんでもありの描写が増え、大人が観ても病んでしまいそうなものばかりになってきた。

子どもたちと映画館に『ファインディング・ドリー』を観に行ったとき、この『聲の形』と『君の名は。』の予告編が流れていた。どちらも子どもたちにはみせたくない絵柄だな〜と危惧してしまった。でもこの2作はのちに2016年の記録的な大ヒットとなっていく。

『聲の形』の番宣を観た人が、「絵は感心しなかったけど、内容がとても道徳的だった。アニメにハマって欲しくないが、これなら子どもたちに観せてもいいかも」との意見。学園モノで道徳的。真っ先に浮かんだのは、学校の道徳の授業で観せられた『中学生日記』。要するに萌えアニメ版『中学生日記』ってわけか。

『中学生日記』は、当時はNHK教育テレビだったEテレの番組。『聲の形』の地上波初放送もEテレ。夏に放送した録画を、秋になってやっと観た。

映画は、ハンディキャップを持つ人との交流やいじめ、社会問題を丁寧に扱ってるあらすじに好感を持った。

マンガ原作連載の際、出版社の方から「内容が際ど過ぎる」と掲載中止の危機もあったらしい。権限を持つ人の審美眼のなさに呆れてしまう。作品はとても真摯な姿勢。真面目なことをやってる人には、真面目な態度を取らないといけない。観客は身近な社会問題に興味があるものだ。ただただ暴力やエロを羅列すれば喜ぶ客は一部だけ。

主人公は高校生の将也くんと硝子ちゃんという名前が似てる二人。出会いは小学生の頃から。硝子ちゃんはろうあ者で耳が聞こえない。コミュニケーションがうまくいかないのを理由に将也くんは硝子ちゃんをいじめる。調子に乗りすぎて学校で問題になった途端、さっきまで一緒になって硝子ちゃんをいじめてた仲間たちが、将也くんを手のひら返しで裏切る。次は将也くんがいじめの対象となる。これが冒頭部分。映画の持つ情報量が多い。

映画評論家の町山智浩さんが、この映画『聲の形』に批判的な意見を載せた。園子温監督作『愛のむきだし』に模して、中指立てて怒ってる硝子ちゃんのイラストを自ら描いて。

町山さん曰く、主人公である硝子ちゃんの心理がまったくわからないとのこと。逆境に立ちながら、いつもニコニコ笑ってて、突然過激な行動にでる。白痴に見えてしまうと。それは言い得る。

その町山さんの意見に対してネットは大炎上。町山さんの人間性にまで踏み込む罵詈雑言。アニメ作品の熱狂的ファンの盲信ぶり。作品なんて人それぞれいろんな感想があっていい。自分と違う意見の人がいても「そういう見た方をする人もいるんだ〜」でいい。のめり込みはとても危険だ。それに町山さんは、本作が良作だからこそ、そのアラが目立つと指摘しているのに。

硝子ちゃんは社会的弱者。小柄で華奢な女性は、腕力の強い男相手では、ひとたび暴力を振るわれたらたまったものではない。先日ネットでバズっていたエマ・ワトソンの言葉に「女の子には頭の悪いフリをして生きて欲しくない」というのがある。残念ながらここ日本では男尊女卑思想は根強く、女性は男に従わなければ潰されかねない風潮がある。腕力のない女性が、頭の悪いフリをして生きていかなければならないのは処世術でしかない。

普段はおとなしく目立たない女性が、喋ってみたら聡明だったり、名文を書いたりして、その感性に驚かされることがある。そんな面白いこと考えてたのって。彼女たちは自分が頭がいいと相手に思われたら、カドが立つのを充分わきまえてる。「なにもわかりません」と下手(したて)に出ていた方が円満にまわるなら、演じ切りますとも。硝子ちゃんは小柄なだけでなく、耳も聞こえない。本当に怖いものだらけだ。

この映画『聲の形』は、アジアはじめ欧米でも公開された。海外の人たちがこの映画をどう感じただろう。欧米でハイティーンが主人公の映画なら、どうしたらモテるか? ヤレるか?ばかりがテーマになる。この映画の登場人物たちは、生きているだけで精一杯。常に他人の目を気にしながらビクビク生きている。なんだか常に死と隣り合わせの戦争映画みたい。

硝子ちゃんは口癖のように「ごめんなさい」を繰り返す。これは「生きててごめんなさい」という自己卑下の現れ。こんなに憐憫に浸っていたら、そりゃあいじめっ子にも目をつけられる。彼女はずっと死に場所を探している。いちばん幸せを感じたときに、消えてしまおうとするところに闇の深さを感じる。

硝子ちゃんが何を考えているか、主人公なのにわからない。それはまだ、彼女は本当には誰にも心を開いていないから。だからこそこの『聲の形』は、将也くんに感情移入して観ていくべきなのだろう。硝子ちゃんは自分の意見は言わない。ニコニコ笑っているだけ。それが萌えキャラのアイコンにしっくり符合する。硝子ちゃんの心の闇を観客が理解できるのには、まだ日本では時期尚早なのかもしれない。

『聲の形』の原作は、少年マンガ雑誌に連載されていたらしい。やはり男目線なのだろう。でも原作者も映画版の監督や脚本家もみな女性。社会の女性に対する理不尽さは、彼女たちこそ身をもって経験しているはず。わからないから描かなかったのではなく、わかっているからこそ記号化して割愛したのだと思いたい。

劇中、硝子ちゃんママが、自分より年下なのに軽くショックを受けた。映画で描かれている感情はリアル。でもアニメが持つ利点は、そんな生臭さをデフォルメするファンタジー性。『聲の形』はある意味ダークファンタジー。映画では省略が多い。将也くんの家も硝子ちゃんの家も、家庭環境に問題がありそう。どこも父親不在の女系家族。作品はそこの描写を割愛してる。観客側の想像力で補完しなければならない。この物語は、将也くんが顔を上げて、人の顔を見てみよう、世界と向き合おうとするまでに絞られている。それでも、2時間以上の上映時間を要さねばならない。たくさん描くべきことがある。

「変わらなくちゃ」と自分を責めている登場人物たちが痛々しい。他人の目が常に気になる。これは日本が取り巻く空気の象徴だ。でも自分が思っているほど他人は自分のことなんて見ていない。たとえ注目を浴びたとしても、そんなのは一時的。みんなそれぞれ自分の人生を生きるので忙しい。うまくいかなかったら、見方を変えればいい。自分が変わるなんて大仰なことはしなくてもいい。

これは思い過ごしであって欲しいが、日本のアニメに夢中になってる人って、なんとなくアンハッピーな匂いを感じる。それは海外の人も含めて。日本のアニメを観るとそうなるのか、そういう雰囲気の人たちが日本のアニメに集まるのかはわからない。自分と意見が違う相手には、烈火の如く暴力的になる。他者に対して過剰に不寛容。

硝子ちゃんの問題は、世界にはびこるジェンダーの問題。彼女の心の問題に踏み込むには、日本社会はまだもう少し成長の時間が必要。エンターテイメント作品で扱うにも、『聲の形』よりももっと暗く重い作品になりそうだ。でも、より良い社会、生きやすい世の中を目指すなら、その成長は不可欠だ。

変化するときはすぐ変わるもの。みんなが気づいて意識が変われば、「せーの」で一瞬で価値観は変わる。頭の悪いフリをするなんて、本人だけでなく、社会にとっても損失だ。悪しき慣例は改善していくことを目指していこう。まずは個々の気持ちから。

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