『ゴールデンカムイ』 集え、奇人たちの宴ッ‼︎
『ゴールデンカムイ』の記事を書く前に大きな問題があった。作中でアイヌ文化を紹介している『ゴールデンカムイ』では、アイヌにまつわる名称に、カタカナの小文字が多用されている。アイヌには口伝で伝えられた名称があり、直接表記するのが難しいとのこと。そこでカタカナの小文字表記に至ったらしい。手書き文字ならまだしも、打ち込みでこれが表示できるのだろうか。アイヌにまつわる書籍では、必ずカタカナの小文字表記が出てくる。どうしても使ってみたい。調べてみると、デバイス辞書にアイヌ語と設定すれば、カタカナの小文字も書くことができる。一般デバイスでこの表記が容易く対応しているのも、この『ゴールデンカムイ』の影響かも知れない。嬉しくなって、思わず無意味に文字を打ち込みたくなる。
アシㇼパ、アシㇼパ、アシㇼパッ‼︎
チタタㇷ゚、チタタㇷ゚、チタタㇷ゚ッ‼︎
ヒンナ、ヒンナッ‼︎‼︎ (←これは違う)
さて、自分がこの『ゴールデンカムイ』の存在を知ったのは、アニメ化が始まったころ。仕事の取引先の人がこの作品が好きだということで、漫画を読んでみた。冒頭、日露戦争の二〇三高地の場面から始まる。これはまずいと思った。所謂「右傾エンタメ」というやつかと。
右傾エンタメとは、作家の石田衣良さんが命名した、ネトウヨ的思想に導こうとする作品のこと。勇ましい表現で戦争を美化する。最近は「右傾エンタメ」という言葉も死語になってきた。これは日本のエンタメの傾向が健全になりつつある表れなのかも知れない。
日露戦争を描いた作品では、司馬遼太郎さんが『坂の上の雲』でずっと後悔していたという話がある。自身の作品が、戦争賛美につながるのではないかと。そんな逸話もあって、自分も『ゴールデンカムイ』は、けしからんとすっかり警戒してしまった。劇中のバイオレンス・シーンのグロ描写の連続もあって、すっかり気持ち悪くなってしまったのも正直なところ。この作品とはご縁がないものと、第1巻で挫折してしまった。
普段テレビをあまり観ない自分が、毎週楽しみに観ているNHK Eテレの番組『100分de名著』で、『アイヌ民謡集』が扱われる回があった。そこでなんとあの忌まわしき(?)因縁の『ゴールデンカムイ』も取り上げているではないですか。「カムイ」とは神のこと。発音は語尾が上がるということを語っていた。そういった学術的なうんちく話はもっと聞きたい。『100分de名著』で扱うのなら、それほど変な作品ではないのかも。誤解してたかな。警戒から興味へと心変わりしていく。『ゴールデンカムイ』は、市民を戦争へ導くプロパガンダ作品かと思っていた。最近は、与党の大臣がアイヌに対する差別発言をして問題になったこともある。『ゴールデンカムイ』は政治とは関係ないのかも。戦争などを扱う政治的な作品は、無条件で警戒してしまう。少し緊張をほぐしていかなければ。
アニメ版はすでに第4シーズンまで進んでいる。原作漫画は完結済。アニメ版なら配信ですぐ観れる。第4シーズンまでと言っても、1シーズンが1クール分で12〜13話程度の少ないボリューム。これならすぐ観れそう。
漫画でのグロすぎる描写は、アニメ版ではマイルドな表現になっている。これくらいなら気持ち悪くならない。なんとか観れそう。少し進んでいくと、アイヌ文化の学術的な紹介もされてくる。楽しい。歴史のなかにフィクションを交えた作品は好きだ。そして唐突にアイヌ料理の食レポが始まる。アイヌ料理は、動物の生の脳みそとか、すぐ食べられそうにないものが多い。それを登場人物たちが、調理方法やリポーターのような流暢な感想を語り出す。この違和感のあるおかしな展開も、それはそれで面白い。
『ゴールデンカムイ』のキャチフレーズに笑う。「冒険・歴史・文化・狩猟グルメ・ホラー・GAG&LOVE!和風闇鍋ウエスタン‼︎」とある。配信サブスクのジャンルには「西部劇」とも記載されている。もうなんでもござれ。なんとしてでもヒット作をつくってやろうと、面白そうな要素をすべて投入してみた。どこかでヒットに引っかからないかと、タネをたくさん作中に仕込ませる。綺麗事ではない作り手の必死さを感じる。第1巻くらいでは、シリアス要素が強くて、バイオレンスタッチ。史実に基づくところもあるので、不謹慎な印象を受けてしまった。でも喉元すぎてきたところでのドタバタ展開をみると、むしろかわいらしくなってきた。おもむろに黒澤明監督作品のオマージュや、勝新太郎さんにそっくりなヤクザの親分とか出てくるのもジワジワする。
登場人物たちは、過酷な戦争体験を経て、みな心が壊れている。自分がもしこの世界にいたら、秒で死んでる。主人公も自身を「俺は不死身の杉元だ」と名乗っている。二〇三高地攻略は、どんなに犠牲を払っても絶対に勝ち取れという無謀な作戦。同胞の死屍を乗り越えながら丘を攻めていく。そこで生き残るのなら、現実的には杉元は後方部隊だったのではとなる。普通なら死んでしまうような体験をした杉元。PTSDでおかしくなって当然。生命力がありすぎて、本来死んでしまう場所でも生き残ってしまう。たとえ生き残れても、その代償はあまりに大きい。強いと単純に言い切れるものでもない。杉元が極限状態のトランスに陥って凶暴になる。近くにいるすべてを皆殺しにしてしまうほどの破壊力。判断力を越えた鬼神・杉元の姿。劇作としてみると、観客はカタルシスを覚える。でも本人からしてみれば悲惨なだけ。英雄なんてそんなもの。その温度差の怖さがある。王道エンタメ描写として倫理観ギリギリ。そんな危うさも作品の魅力。
ハードさを中和させるかのように、バトルシーン以外では、下ネタギャグのオンパレード。毎回、男の全裸や男性器にまつわるエピソードが多発する。お下劣で引いてしまうくらい。男らしさの象徴として、男性器そのものを語っているのか。本作がアイヌの埋蔵金をめぐる争奪戦なので、タイトル『ゴールデンカムイ』の『ゴールデン』は、金貨を意味するものだと普通に思う。でも執拗に男性器の描写が多いので、きっとそっちの「金」も含んだダブルミーニングなのかもしれない。
登場人物のほとんどが男ばかりというのも、『ゴールデンカムイ』の特徴。誰が最初に金塊にたどり着けるか、まるで祭りのよう。単純にホモソーシャルになりそうなのだが、そうもならない。どちらかというと、誰がガキ大将になるかの遊びの発展。そのまま殺し合いになったようなもの。戦争で心が壊れた男たちは、暴力の場所でしか生きられない。作品がホモソーシャルに向かわなかったことで、女性にも人気がでたのかも知れない。
ヒロインとして登場するアシㇼパは、10代前半のアイヌの娘。子どもがヒロインというのも、大人子どもの男たちの宝探しゲームに象徴的。精神年齢の高い女の子と、永遠の子どものおじさんたちの冒険。男所帯過ぎては、作品としてあまりに華がない。大人子どものおじさんたちに付き合ってくれるのは、女の子ぐらいしかいない。しかもアシㇼパは、ロシア系アイヌ。色白で大きな青い目。完全にルッキズムだが、見た目は天使か妖精のよう。それが文武両道となれば、杉元だって一目おいて「アシㇼパさん」と、さん付けになる。アシㇼパの存在は、宮崎駿監督のヒロイン像ともかぶる。頭が良くて強くて綺麗な女の子は、マッチョな男たちだけでなく、オタク男子も憧れる。アシㇼパみたいな存在は、フィクションだからこそ成立するキャラクター。
杉元とアシㇼパは、恋愛関係になりづらい。恋愛に進むには、お互いがあまりに自分のことで精一杯。杉元はこれまでにたくさん人を殺してきた。せめてもの罪滅ぼしのつもりか、天使の象徴みたいなアシㇼパに加勢する。みんな宝探しをしているが、本当は宝なんてどうだっていい。
かつて作者の野田サトルさんの発言で、「アイヌは迫害されたイメージが強い。戦うアイヌも描きたかった」というものが印象に残っていた。自分がまだ『ゴールデンカムイ』を観る前のこと。ホロコーストのユダヤ人も、ナチに蜂起して脱出した人たちもいる。史実のニッチな部分を膨らますのは、歴史作品の醍醐味。さらに作者は、「カッコいい日本人を描きたかった」とも言っている。果たして『ゴールデンカムイ』で描かれる日本人がカッコいいかどうかは個人の判断によるところ。この作品の登場人物、どいつもこいつもみんな頭がおかしな変態ばかり。『ゴールデンカムイ』の登場人物が現実にそばに居たら、すぐさま逃げ出してしまいそう。
『ゴールデンカムイ』に出てくる人出てくる人が、笑えるくらいにみんな気持ち悪い。それなのになぜだろう。物語が進んでいくうちに、だんだんと愛着が湧いてくる。彼らの生きざまに美しさすら感じてくる。自分がバカだとわかっていて、バカを演じている姿には胸に来るものがある。冒険の途中、家族をつくるために離脱していく者も美しい。苦手なタイプの人たちだったのに、嫌いじゃなくなってきている自分がいる。
近年の日本のアニメは、昔より制作予算も豊かになり、作品のクオリティが飛躍的に向上した。完成度の高い国産アニメに目が慣れてしまったため、『ゴールデンカムイ』のアニメ版はちと物足りない。しかしながら、豪華声優陣の演技が足りない部分を補完している。ここまで流行っているのだからと、一般常識としてこの作品を観ておきたかった。作品後半には、推しキャラが増えすぎて挙げられないくらいになってしまった。
この作品を通して、あらためて戦争は嫌だなと痛感させられる。かつての日本は、ことごとくマイノリティを弾圧して、単一民族になろうとしていた。その暴力性に恐怖する。異端は怖いから排除してしまおうという極論。いまだ続く差別心は、恐怖から生まれてくるもの。土俗的文化を持つ民族は、食べ物も違うし、身につけているものも違う。獣の皮から作ったものは匂いも強そう。見た目や体臭の違い、交わす言語も異なると怖いもの。でもそれだけで暴力的に弾圧してしまうのは、あまりに理不尽すぎる。歴史的文化的に失われたものも大きい。
平安時代くらいまでの日本は、さまざまな人種のるつぼだったらしい。朝鮮系もいればロシア系もいる。多種多様な民族が集結する古の都。まさにSF映画『ブレードランナー』の時代劇版みたいな世界。その歴史観に則って作品をつくってみたら、これまた面白いビジュアルになりそうだ。
『ゴールデンカムイ』には、アイヌ文化を身近に感じさせてくれる描写が多い。観客の我々もアシㇼパを通して、にわかアイヌファンになってしまう。ただ『ゴールデンカムイ』はあくまで漫画。作者の野田サトルさんも「作品として盛り上げるために、実際とは違ったアイヌ描写をすることもある」とあらかじめことわっている。我々は『ゴールデンカムイ』をきっかけに、アイヌ文化を学んでいければいい。そしてレイシズムについても想いを寄せたい。
そういえば地雷臭しかしなかった『ゴールデンカムイ』の実写版映画化。アシㇼパも大人の女性が演じてるし、根幹が改変されてしまっているのではと危惧されていた。それにも関わらず大好評とのこと。これまた意外。自分もこの実写版『ゴールデンカムイ』は、いつかは観てみるのだろうか。作品を観る前から偏見を持つのは良くないこと。ここまで『ゴールデンカムイ』を過剰に警戒してしまった自分は、いったい何だったのだろう?
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