『メダリスト』 障害と才能と
映像配信のサブスクで何度も勧めてくる萌えアニメの作品がある。自分は萌えアニメが苦手なので、絶対観ないだろうとその絵柄だけで判断してしまう。どうもサブスクのアルゴリズムがバグっているようだ。サブスクが勧める「あなたが好きそうな作品」リストは、たいてい鑑賞済みの作品ばかりが推されてくる。これから観たい作品選びにはあまり参考になったことはない。でも既に観ている作品ばかりを紹介してくるのだから、サブスクのアルゴリズムはあながち的外れではない。この萌えアニメみたいな作品『メダリスト』は、いったいなんなんだろう。
SNSではこの『メダリスト』を絶賛する声が聞こえてくる。絵柄が苦手でも、内容が面白い作品もある。たとえば『【推しの子】』の絵柄なんて自分はとても苦手なのだけれど、芸能界の裏事情を赤裸々に描いた本編はとても面白かった。むしろ、いままでひた隠しにクリーンな印象操作をしてきた芸能界の嘘を、堂々とエンターテイメントで暴いて落とし込んでいるころに好感が持てる。こんなオタクの夢をぶち壊すような暗い作品の企画が、よく通ったものだ。きれいごとで誤魔化さない。ダークなものをダークなまま描いていく。風通しのいい、良い時代になってきた。
『メダリスト』の主題歌が米津玄師さんだと聞いて、もしかしたらこれは良作なのかもと思い始めた。米津玄師さんは主題歌をつくるのが上手い。作品の世界観を読み込んで、本編にピッタリの楽曲を聴かせてくれる。正直、また米津玄師さんが主題歌かよと思ってしまうが、このアニメの主題歌『BOW AND ARROW』は、すでに作品を観る前から大好きになっていた。この曲がかかる作品なら、本編もきっと面白い。主題歌からその作品に興味が湧くという、珍しいパターンの出会い。
自分の子どもが先に『メダリスト』を観ていて、すごく面白いと言ってきた。これはもう間違いない。このアニメはフィギュアスケートの世界を描いた作品。昔で言うスポ根ものみたいなものだろう。熱い話なのは予想がつく。
そういえば身内のアニメ監督が、フィギュアスケートを題材にした作品をつくりたいと言っていたことがある。日本はフィギュアが強いから、興味のある人は多いだろう。演技の場面はCGで表現したい。結構CGの表現力は高いので、リアルなフィギュアシーンが演出できる。そんなことを聞いたのも15年くらい前。あの頃だと技術的にも難しかったのだろうけど、なにより新しい企画が通りづらい時代だったのも確か。なにせ日本は失われた30年の真っ只中。不景気にフタをしていた時代。企業がなにかに投資する余裕など到底ない。むしろ当時はオタク向けの萌えアニメしか企画が通らなかったとさえ聞く。そういえば遠い親戚にフィギュアスケートの世界選手がいる。だからフィギュアスケートの企画が出てきたのか。
この『メダリスト』のフィギュアシーンはCGを使っている。通常場面とフィギュアのアクション場面との違和感はあまりない。むしろフィギュアの場面が演者がゾーンに入った世界なので、多少絵的に区別があっても違和感がない。ステージの向こうに立つと、それだけで魔法がかかる。15年前に聞いていた企画のイメージが、『メダリスト』で具現化されている。
フィギュアの場面は、ものすごいカメラワークとのこと。アニメだからこそできるカット割り。現実には撮影できないようなアングルで攻めてくる。YouTubeでチラ見できるこの作品のフィギュア場面を観ただけで、ちゃんと本編を観てみたくなってくる。サブスクの再生ボタンを押せば、すぐこの作品が始まってしまう。さていつ観よう。
アニメ『メダリスト』を観始めてすぐ驚いた。主人公のいのりちゃんは、典型的な発達障害。学校でみんなが普通にできることができずに困っている。スケートをすることだけが好きで、親にこっそりスケート場通いをしている。お金がないので、スケート場の入り口のおじさんに、釣り用のミミズを集めてきて、それを代金がわりとして入場させてもらっている。
いのりちゃんはミミズを集めるのが得意。フィギアの練習も独学で学んでいる。彼女の趣味はどれも自分ひとりだけでできるもの。他人と協調していくのが苦手なのがわかる。いのりちゃんからしてみれば、フィギュアがやりたいというよりは、フィギュアしか自分の居場所がないといった切羽詰まったもの。
作品を通して、フィギュアスケートの天才たちがどんどん登場してくる。なにかひとつ特別な能力に秀でた人というものは、その皺寄せで、他の人ができる普通のことが苦手だったりする。たとえば高学歴の人が社会に出たら、他の人が難なくできる普通のことができなくて、「勉強ができるのに、そんなことができないのか」とあちこちで言われ過ぎて、うつ病になってしまうなんてことはよくあること。人ひとりができることなど限界がある。極端な才能を持つ人は、平坦な生き方ができない。それは才能でもあるが、生きづらさでもある。普通になれないことの代償は大きい。ギフテッドなどと軽々しく言えるものではない。
『メダリスト』はある意味、物語を通して、発達障害の子どもたちのあらゆる症例パターンを紹介している。かなり正面から発達障害と向き合って描いている。
人の才能が開花するとき、その人自身の潜在的な能力だけではなく、本人がそれを好きだと思っていることがいちばん重要。例えそれが好きであっても、熱中できる環境がなければ、その才能を伸ばしていくことはできない。本人の能力と好きということ、そして実家の太さがなければ、ギフテッドもただの障害でしかなくなってくる。いま華々しい成功を遂げている発達障害の持ち主たちは、本人の才能や努力だけではない、生まれた場所の運も味方している。偶然がいくつも重なってこそ開花する才能。発達障害だからギフテッドを持っているというのは、安易な誤解。あらゆる幸運な要素が揃っての結果なのだろう。
このアニメのいいところは、主人公の子どもたちをバックアップする大人たちもしっかり描いているところ。いのりちゃんをメダリストに育てんとする司先生は、自分こそフィギュア選手として活躍したかった人。育った環境が揃っていなければ、それだけで門前払いされてしまう業界。彼の挫折のくだりに、大人の観客も心を動かされる。司先生はいつもいのりちゃんに優しく接している。それこそ感情に任せて指導することなんてことはまるでない。大昔の威張り腐った指導者のスタイルはもう古い。司先生がどんなに穏やかにバックアップしていても、トラブルは必ず起こる。それがトップランナーの宿命。心のストレスは極力なくしてベストな環境でトレーニングするのは、アスリートを育成するには最低限の配慮。
司先生は優秀な指導者。でも彼にも欠点がある。彼は他人のことなら最良の道を見つけることができるが、自分自身のこととなると殼に閉じこもってしまうところがある。根が良い人なので、周りの人たちが彼に手を差し伸べてくれている。司先生もまた、生きづらさを抱えた当事者でもある。
アニメはまだ始まったばかりだから、これから登場人物各々のエピソードも描かれていくことだろう。いのりちゃんのお母さんも気になるし、お姉さんの挫折も気になる。そして今トップアスリートを突っ走っている光ちゃんという存在も大いにその闇が気になる。
極端な性格の登場人物が多いので、自分とMBTIが同じキャラクターはいるかどうかと調べてみると、そのトップの光ちゃんと、 理凰くんという男の子の選手のお父さんで、かつて銀メダリストだった鴗鳥慎一郎さんが同じだった。光ちゃんも理凰くんパパも、ひと目でいのりちゃんと司先生を認める。それはいのり&司チームが主人公だったからというご都合主義ではなく、光& 理凰パパもなにか感じるものがあったからに違いない。自分のMBTIは、人当たりは良いけど怖いことをする人物が多い。英雄になる場合もあれば、闇落ちするキャラクターもいる。今後の怖い展開も想像がついてくるので、とても楽しみ。
絵柄こそは萌えアニメの体裁だけど、きちんとドラマ性や人物を掘り起こしているので、一般層の客も面白く観れる。萌えの絵柄で企画が通りやすいが、それでとどまることはない。内容はオタク向けではないのが意外なところ。まったく今のアニメは絵柄だけでは、作品が判断できない。でも、結構シビアな話なので、これが劇画調の絵柄だったら、とても重過ぎて観ていられないのかもしれない。いままでありそうでなかったエンターテイメント作品。
『メダリスト』とタイトルが示唆するように、この作品の登場人物たちは、やがて世界のトップアスリートとなっていくのだろう。ただ、現実には同じ道を選んだとしても、そんな花舞台に立つことなくひっそりと生きていく人生の方が圧倒的大多数。
アニメ『メダリスト』は、成功者の人生を、遡って最初から描いていく逆算的な語り口の物語。ものすごい偉業を成す人は、小さいときからその片鱗は見えている。すごい人は突然変異はしない。その子が将来どんな大人になっていくか、小さなうちからおおよそ見えてきてしまう。あらかじめ決められた道であっても、順風満帆なものはない。それこそ他人の人生を羨む余裕などない。結果を出す人は、それなりに努力している。
『メダリスト』の物語は、あらかじめ約束された道のりの物語。これといった悪人が出てこないにも関わらず、次から次へとトラブルが起こってくる。これは発達障害ゆえの宿命なのか、そもそも目指す場所が高いので、行き先に幾層もの壁が立ちはだかっているだけなのだろうか。人生何が起こるかわからない。できる限りの足がためができていなければ、夢も見れないというのがよくわかる。
物語は主人公たちがまだ小学生の初心者レベル。フィギアスケートに詳しくない自分などは、まだ最初の方なのに号泣しまくり。いのりちゃんたちが命懸けで挑んでいるここでの課題は、なんでもプロのフィギュアスケーターから見れば、できて当たり前の大したことのない技術とのこと。恐ろしきフィギアスケート界。そんな過酷な道を自分が選んだら、秒で命を失いそう。
いのりちゃんのCGキャプチャーの演技は、実際のメダリストでもある鈴木明子さんが演じているとのこと。動きが本物だから、アニメというファンタジーにも関わらず、ものすごい説得力が出てくる。ドラマも熱くて、フィギュアスケートのアクションシーンも迫力がある。憎いくらい楽しいエンターテイメント作品だ。
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