『ミッドサマー』 共感する力を手に入れろ!
映画ファンの中で話題になった、アリ・アスター監督の『ミッドサマー』。この映画の日本公開は2020年の2月。ちょうどコロナが世間を騒がせ始めた頃。自分はホラー映画は大の苦手なのだけれど、この映画はとても気になった。周りでもすこぶる評判がいい。SNSでは女性の評価も高い。ホラー映画なのになぜ⁈ こりゃあますます気になる。そんなこんなでモタモタしていると、世の中は自粛ムードに。そして厳戒令。映画なんて行ってる場合じゃない。
厳戒令も明けて、映画館も営業再開した。映画館のプログラムは自粛前のものとほとんど変わらない。3ヶ月間映画業界もストップしていた。この時話題になっていたのは『パラサイト』と『ミッドサマー』。どちらも怖そうだ。でも観たい! くどいようだが自分はホラー映画は大の苦手。コロナ禍中の映画館も怖いけど、ホラー映画も怖い。なかなか観に行く勇気が湧かなかった。
国民がいちばん幸せを感じていると言われる国・スウェーデン。IKEAなど北欧文化のブームの国。日本から憧れられている国。かわいいファッションやインテリア。自分はなんでスウェーデンに生まれなかったんだろうと、無い物ねだりに大悶絶。
『ミッドサマー』は、そんな牧歌的でオシャレなスウェーデンのイメージを逆手にとって、ドロッドロの血に染めてくれる。流行りの要素をホラーに取り込むなんて、なんともあざとくてニクい。でもやっぱりこの映画に出てくる衣装やインテリア、とても魅力的なのですよ。これからの展開を予兆する、グロテスクな壁画ですらかわいい。衣装も撮影もとにかく凝ってる。計算され尽くされた映像美。そう言えば、ヒグチユウコさんがデザインした、日本版のポスターもコワカワイくて良かった。
物語の冒頭はアメリカから始まる。主人公のダニーは大学生。家族を亡くし、恋人のクリスチャンともうまくいってない。精神を病んでる彼女の過呼吸がすでに怖い。このカップルの部屋には不穏な絵が飾ってある。アメリカでの映像はとことん暗くて陰鬱。クリスチャンの友人たちと一緒に、スウェーデンの小さな村の夏至祭に参加しようと誘われる。なんでも90年に一度の9日間の特別な祭典なのだとか。不穏不穏。行っちゃダメだよ。でも行かなきゃ物語は始まらない。それではレッツラ Go To スウェーデン!
アリ・アスター監督は、自分が失恋した時の経験が、この映画のアイデアの源泉だと言っている。どん底の喪失感。こりゃあ自殺したくなるくらい落ち込んだに違いない。人は、受け止められないくらい大きなストレスにぶち当たると心が壊れる。このストレスというやつは厄介で、一見ポジティブな出来事であっても、人の心に負担を与えたりする。昇進や栄転、結婚や出産、家を建てたりするのも、事件や事故に遭遇するのと同じくらい心理的にはダメージを与える。心理状態の極端なアップダウンは、普段からあまり起こさないよう工夫して生きていきたい。
泣きっ面に蜂とはまさにこのこと。心が弱っている時ほど騙されやすい。人の弱みに付け込もうと近づいてくるのは、ろくでもない奴ばかり。詐欺師や勧誘員は常に狙ってる。現状打破にあがいてる主人公。まさに取り込もうと魔の手が伸びる。スウェーデンの村では、緑の自然が溢れてる。本来なら心が和むはずなのに、映画は終始不穏なムード。観客が「こうなったら嫌だな〜」という展開予想を裏切らない。見たくないものを白昼の元に晒してくる。
ダニーたちが向かうスウェーデンの村は、人里離れた集落。文化はここで始まりここで終わる。土着信仰を基盤にした、掟の厳しい村。観客と同じ視点でダニーたちは、この狂気の世界に翻弄される。「かわいいもの」と「凶暴さや野蛮さ」とは紙一重。両者はベストマッチング。
旅先でのカルチャーショックは、大なり小なり必ずある。映画で描かれるそれは、デフォルメこそされているけれど、普遍的な経験だ。現実に近いところから導入するからこそ、この映画は薄気味悪い。不安を煽られるのは、心が健康でないことの現れ。
村という一つの集合体を、大きな一つの生命として捉えたら、個々の存在はその歯車の部品でしかない。個人の尊重はそこには存在しない。集合体の存続が第一。個人の命は新陳代謝で流れていく。人の尊厳が見直され始めている現代からすると、まったく逆行する文化形態。でもそこに住んでいる人たちにとってそれが常識ならば、現代人の方が非常識になる。
集合体が大きくなれば国になる。国で個人が尊重されなくなると、差別や排他主義、戦争へとつながっていく。カルトを特別なものと捉えたり、自分の人生とは関係がないものと考えるなかれ。我々の一番身近な集合体は会社組織。よく会社はカルトに似ていると言われる。上がこうと言えば、鶴の一声で盲目的に人が動く。体育会系のブラック会社では、社長を神輿に乗せて、若い女性社員をはべらせるような集会をしているところもあるらしい。でも集合体は自分を庇護もしてくれる。麻痺してしまえば、そこは居心地のいい場所になる。住めば都とはこのことだ。また、都会よりも地方の村落の方が、互いの監視が厳しいとも言われてる。
ナチスを研究した哲学者ハンナ・アーレントの本の一節を思い出す。戦中、ある兵士が上官から無抵抗な敵国一般市民を殺せと命令された。命令に背けば、自分が処刑される。ついに一般市民に手をかけた兵士が感じたのは、恐怖ではなく快感。大勢の人を殺したシリアルキラーも、初めの一人目は苦労するらしい。その越えてはいけない壁を越えてしまうカタルシス。映画のテーマはそこ。
この映画に出てくるカルト集落は、女性優位の社会。女性は共感を大事にする。この村では、誰かの苦しみや恐怖、喜びを村民全員で共有する。過呼吸を起こしたら、周りのみんなでそのリズムに合わせて大合唱。そのグルーヴが共同体の掟をつくる。側から見たら不気味だが、その渦中にいたらトリップしそうだ。狂気と幸福は紙一重。映画は、醜いものと美しいもの、恐怖と安心と、様々な紙一重を対に並べて検証してくる。ホラーとポルノは似ている。映画はその仕掛けもうまく利用している。
女性が生きづらい現代社会。女性の社会への心理的リベンジも叶えてくれそうな共感映画。同調圧力が問題視されてる今の日本だからこそ、この映画を教訓にしたい。アリ・アスターは女性的な感性で攻めてくる。良い意味でイかれてる。怖くてかわいくて気持ち悪い。癖になりそうだ。でも自分はホラー映画は大の苦手なのだけれどね。
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