*

『百日紅』天才にしかみえぬもの

公開日: : 最終更新日:2019/06/13 アニメ, 映画:サ行

 

この映画は日本国内よりも海外で評価されそうだ。映画の舞台は江戸時代。葛飾北斎の娘のお栄(葛飾応為)が主人公のアニメ。監督は『クレヨンしんちゃん』や『河童のクゥの夏休み』など、アニメ作品でも限りなく実写に近い演出をする原恵一氏。本作『百日紅』も同様、アニメらしからぬ演出で、ボイスキャストも実写の役者ばかり。しかしもしこの題材を実写で撮っていたならば、客層は日本の老人だけに絞られてしまう。アニメで北斎を扱うことで、海外へアピールしやすくなるだろう。制作は『攻殻機動隊』のProduction I.G.というのも海外を意識してのことだろう。

葛飾北斎というと、自分の死期を悟ったとき「あと10年、いや5年寿命があれば、神の域に自分の画力が達したのに」と泣いたと聞くから、なんてロックンロールな人なんだと楽しくなってしまった。その娘お栄は北斎とならぶ才能を持ち、北斎のアシスタントとして活動していたことは有名。いわば天才親子。とても興味深い。

日本という国はどうも絵を描いたり観たりするのが好きな民族らしく、100年以上前から北斎のような絵が好まれていた。浮世絵は当時の大衆芸能、今で言うならアニメやマンガと同じようなもの。アニメだって今後100年残れば、芸術作品として研究対象にされていくことだろう。その北斎親子が21世紀の今、アニメというカタチで取り扱われているのも文化のフォーマットの変遷としてとても面白い。

作中では天才がゆえ、凡人には見えないものが見えている北斎親子の姿が淡々と描かれている。自分の周りにも、この人は天才肌だな〜と思える人が数人いるが、その人達は明らかに人と違うものを見ている。それが時として苦悩の対象だったりしている。それら目に見えないものが直感やら霊的なものかは、見えない凡人の自分には分からない。そういったものが見える人は、おそろしく感性が鋭い人か、超悲観的被害妄想のパラノイア状態の人かのどちらかだ。自分には霊感はまったくないが、感性が鋭い人とパラノイアの区別ぐらいならつく。前者は尊敬の対象だが、後者は明らかに関わらない方がいいタイプ、はやいとこ治療に専念して欲しいものだ。だからこの作品で描かれている天才親子の様子は、それほど驚くようなものではなく、極々納得のいくような共感しやすいエピソードだった。北斎親子が二人で何かを追いかける目線をしたとき、「なにかみえるんですかい?」と慌てる内弟子と自分は同じ感性である。

映画の中でお栄が描いた地獄絵図で、人が惑うというエピーソードがある。父の北斎が「お前にはけじめがとれてない」と作品の中に救いの要素を付け足すことですべてが丸く収まる。このエピソードから、現代の世にはびこるサブカルチャーのほとんどが、この創作者がけじめをつけないまま世に晒してしまっているのがわかる。そんな制御されていないものに触れた人々は当然迷い、人生を踏違えたりする。そんなものを無責任に世に放つ行為はクリエーターとしてもっとも罪深いことである。

お栄が盲目の幼い妹と交流する場面はどれも涙が出るくらい優しい。はすっぱなお栄が唯一素直になれる存在が、この妹と過ごすひととき。監督の優しさが伝わってくる演出。
日本を描いた日本のアニメ。でもこれを面白いという感性は今の日本人よりも、欧米の人たちの方がありそうだ。今後の海外での評価が気になるところです。

関連記事

no image

戦争は嫌い。でも戦争ごっこは好き!! 『THE NEXT GENERATION パトレイバー』

  1980年代にマンガを始めOVA、 テレビシリーズ、劇場版と メディアミック

記事を読む

『365日のシンプルライフ』幸せな人生を送るための「モノ」

Eテレの『ドキュランドへようこそ』番組枠で、『365日のシンプルライフ』という、フィンランド

記事を読む

『ゴーストバスターズ』ファミリー向け映画求む!

ずっと頓挫し続けてた『ゴーストバスターズ』の新作が、今年の夏公開される。ものごとって決まった

記事を読む

no image

日本のアニメ、実は海外ではさほど売れてない

  今国策として『クールジャパン』の名のもと、 日本のカウンターカルチャーを 世

記事を読む

『斉木楠雄のΨ難』生きづらさと早口と

ネット広告でやたらと『斉木楠雄のΨ難』というアニメを推してくる。Netflix独占で新シーズ

記事を読む

『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』 日本ブームは来てるのか?

アメリカで、任天堂のゲーム『スーパーマリオブラザーズ』を原作にしたCGアニメが大ヒット。20

記事を読む

no image

『怪盗グルーのミニオン大脱走』 あれ、毒気が薄まった?

昨年の夏休み期間に公開された『怪盗グルー』シリーズの最新作『怪盗グルーのミニオン大脱走』。ずっとウチ

記事を読む

『鬼滅の刃 遊郭編』 テレビの未来

2021年の初め、テレビアニメの『鬼滅の刃』の新作の放送が発表された。我が家では家族みんなで

記事を読む

『君の名は。』 距離を置くと大抵のものは綺麗に見える

金曜ロードショーで新海誠監督の『君の名は。』が放送されていた。子どもが録画していたので、自分

記事を読む

『葬送のフリーレン』 もしも永遠に若かったら

子どもが通っている絵画教室で、『葬送のフリーレン』の模写をしている子がいた。子どもたちの間で

記事を読む

『髪結いの亭主』 夢の時間、行間の現実

映画『髪結いの亭主』が日本で公開されたのは1991年。渋谷の道

『PERFECT DAYS』 俗世は捨てたはずなのに

ドイツの監督ヴィム・ヴェンダースが日本で撮った『PERFECT

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー volume 3』 創造キャラクターの人権は?

ハリウッド映画のスーパーヒーロー疲れが語られ始めて久しい。マー

『ショーイング・アップ』 誰もが考えて生きている

アメリカ映画の「インディーズ映画の至宝」と言われているケリー・

『ゴールデンカムイ』 集え、奇人たちの宴ッ‼︎

『ゴールデンカムイ』の記事を書く前に大きな問題があった。作中で

→もっと見る

PAGE TOP ↑