スパイク・ジョーンズ監督作品『her/世界でひとつの彼女』は、本格的なSF作品としてとても興味深い。近未来の話で、OSのAIとの恋愛関係を描いているのだが、少し前ならキワものな内容なのだが、こうSNSやらスマホやらが発展してしまった現代では、日常的に起こりうる説得力のある、警鐘ともとれる映画になった。昨今のCGブームで、SF作品というと派手なビジュアルが売りになっているが、この映画はCGを使わず、無機質な都会の中で、いかに居心地の良い場所を探して主人公が生きているかが描かれている。AIに恋をしてしまう、孤独なしょぼくれた中年男をホアキン・フェニックスが演じているが、都会を一人散策し、良い場所をみつけランチボックスを開いてる様は、まさに自分と同じ。

AIとの恋愛は日本のアニメやマンガでも取り扱われているが、どうもアニメで扱われていても当たり前過ぎるのと、結局キワもので終止してしまうので観る気はしない。この映画で恋人のAIを演じるのはスカーレット・ヨハンソン。日本のキンキンのアニメ声の役者さんだったら、もうマニアしか観ない映画になっていただろう。そこはスパイク・ジョーンズのセンスのいいところ。殆どがホアキンの一人芝居の画面に、心象風景を交え、スタイリッシュに仕上げている。スカーレットの低くてセクシーな声と、観客はすぐ彼女の容姿を思い出させてくれるので、この風変わりな恋愛劇を奇異なものにはさせずに留まっている。ネットのチャットに夢中になるというよりは、長距離恋愛で電話ばかりしている姿に近い。思えばスカーレットは『LUCY』や『攻殻機動隊』などミューテーションのアイコン女優になってしまった。

この映画ではAIとの交流に深入りして傷つく主人公が描かれているが、これはネットのSNSなんかにハマって、実際の生活がおろそかになってしまう姿とも同じ。都会には大勢の人が集まっている。目の前に人がいるのに、その人とは会話せず、ネットの向こうの『誰か』と常に会話している人々。なんて孤独な世界なのだろう。SNSは顔の見えない世界。AIとの交流も同じようなもの。そして仕事をしていようが、眠っていようが容赦なく連絡が届く。完全なジャンキーと化す。

人は相手の顔を見て話すのが、コミュニケーションの第一歩。人の存在とはなんぞやと哲学にもなるが、実際に会って話をしなければ、人間関係は始まっているうちに入らない。人は相手の表情や声色、仕草等で相手の心を察したりする。ネットや電話は急場をしのぐためのものでしかない。PCの交流に夢中になる時は、たいてい辛い現実から逃げ場所として使っているとき。そうなるとPCやスマホに向かっている時は、人生がストップしてしまっていることになる。この世界にどっぷりハマって抜け出せなくなるから、ネットの世界は掃き溜めになるのだろう。

主人公もこのバーチャルな世界にハマっていくのだが、ハマったままだと悲劇過ぎる。どう物語を終わらせるのかワクワクしていたら、納得の結末を迎えてくれた。ちょっとおセンチすぎるけど、これくらいでなければ救いがないのかも知れない。

こうして自分もブログを書いているが、この時間は確実に人生がストップしているのだろう。どうこのブログを幕引きするか、常に考えているところだ。