『さよなら、人類』ショボくれたオジサンの試される映画
友人から勧められたスウェーデン映画『さよなら、人類』。そういえば以前、この映画のポスターを見て、「これは観なくては!」と思ってそのままになっていた作品だ。ポスターではショボくれたオジサン二人が、暗い表情でうつむきながら歩いてる。疲れたオジサン好きからすると、ほっとけない。自分自身がまさにそれなので。
最近疲れているせいか、映画のレーダーが鈍くなった。売れ線の大々的な宣伝をした派手な映画ばかり観るようになってしまって、人生の機微に触れる作品からすっかりご無沙汰。普段あまり観ることのないスウェーデン映画だし、期待してしまう。
邦題の『さよなら、人類』と聞いてしまうと、自分のような中年世代はまっさきに日本のバンド『たま』を思い出す。妖怪のようなルックスで、哲学的な歌を演奏する彼らが好きだった。もちろんそのたまの曲から邦題はいただいているだろう。コメディとはいえ哲学的な匂いがしてしまう。
なんでも日本で先行上映された東京国際映画祭では、原題を直訳した『実存を省みる枝の上の鳩』というタイトルで上映されたらしい。サッパリ意味がわからない!
なんでもこの映画はロイ・アンダーソン監督の『リビング・トリロジー』の完結編とのこと。てことは、あと二作関連作があるってことなのね。
コメディというと、なんだかドアバタなおバカな作品を連想してしまうが、この『さよなら、人類』はちょっと趣が違う。なんだかとても芸術的。テーマも「死」や「孤独」を扱っている。登場人物たちは、みんな青白い顔にメイクされ、暗い表情を浮かべてる。ワンシーン・ワンカットで撮っていて、ものすごく凝った演出。意外なところでお金がかかっている。
ロイ・アンダーソン監督の意図は「動く絵画」だと思うのだけれど、自分は舞台劇を鑑賞しているように感じた。計算された据え置きフィックスの画面の中に、大勢の役者が揃うこともある。画面の中の誰が気になるかは、観客に委ねられる。笑いやおかしみのツボはひとつではない。観客はみな同じ画面を観ていても、その中の別の登場人物を追いかけていたら、人それぞれ作品の印象が変わってきそうだ。そこには愛憎や偽善も潜んでる。映画『さよなら、人類』は、できるだけ大きな画面で鑑賞することを想定してる。
そんな理屈を並べていると、とても難解な映画のように思えてしまうが、この映画はコメディ。むしろボケばかりでツッコミがない映画。観客が心の中でツッコミを入れたくなるような、放置状態の笑い。テーマが人の死だったり、シニカルな笑いなので、とてもセンスが試されるけど、そういった風刺は世の中に必要だ。たとえば葬式なんかで、みんながしんみりしていると、無性に笑えてくるような感覚に近い。
ポスターにでてるショボくれたオジサン二人の職業は、おもしろグッズのセールスマン。こんなの誰が買うんだろ? おもしろグッズなのにプレゼンが暗すぎるだろ? ネガティブな人が近くにいたらイヤだけど、遠くから眺めるとこんなに楽しいものはない。さあ、どこからツッコメばいいの!
しかしスウェーデンの映画って、みんなこんな感じなのか? それともたまたまこの映画だけが異質な匂いを放っているのか? もし前者なら、スウェーデンの人ってなんて大人なセンスなのだろう。感心してしまう。いや大人のセンスというより老成かな。
はたまた、こんな映画の企画がもし日本であがったとして、とてもメジャーシーンでは通るとは思えない。そもそもこんなタイプの映画の意図を理解できる出資者がいるとは思えない。
日本の映画プロデューサーで、まったく映画を観ない人のなんと多いことか。エンターテーメントを志すには、映画だけではなく、さまざまな芸術に造詣がないと難しい。まずは、わからないものを読み解こうとする力がないと何もできない。カッコ良さそうだとか、儲かりそうだとか、目立ちそうとかそんな理由で映画づくりにたずさわってしまうと、かえってカッコ悪い結果になってしまう。
『さよなら、人類』みたいなシニカルなコメディの企画が、世界標準で展開していくスウェーデンってすごいなと思う。
笑うという行為は、人間だけの特権。もちろん動物にも、人間の笑いに近い感情表現はあるが、人間の笑いの感情は多岐にわたる。泣きたくなるような暗いテーマでも、知的に芸術的に笑いにつなげる感覚は、ものすごいオシャレ。
そう、この『さよなら、人類』というコメディ映画は、知的センスがとってもオシャレなのだ。この人生観のセンス、見習わないと。
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