*

『ジョン・ウィック』 怒りたい衝動とどう向き合う?

公開日: : 映画:サ行

キアヌがキレて殺しまくる。たったこれだけのネタで映画を連続三作品も作ってしまった『ジョン・ウィック』シリーズ。現在四作目も準備中とのことで、なかなかしぶとくて楽しい。

キアヌ・リーブスのアクション映画といえば、まっさきに『マトリックス』が浮かぶ。この『ジョン・ウィック』には『マトリックス』のスタッフ・キャストが多く絡んでる。モーフィアスことローレンス・フィッシュバーンも、シリーズで中途参戦してくるのだから、もう『マトリックス』の姉妹映画と言っていい。劇中でキアヌ演じる主人公ジョン・ウィックが、戦いの前に何が必要かと問われて「Guns, lot of guns」と答えてくれるのは、往年のファンへの確信的なサービス。

キアヌ・リーブスといえば、公園のベンチで悲しそうに座っているボッチ画像や、地下鉄で老人に席を譲っている動画など、プライベートでの人の良さそうなイメージがある。その寂しそうでもあり、生きづらさを抱えていそうでもある男を怒らせたら、とんでもないことになってしまうというカタルシス。

この映画シリーズは、ただ戦っているアクションだけの展開なのに、めちゃくちゃ面白い。自分はアクション映画は大好きだが、単調で闇雲にドカンドカンやってるだけだと睡魔に襲われてしまう。『ジョン・ウィック』のアクションは、退屈するどころかワクワクしてしまう。

どのアクションシーンも、綿密に計算されていて、ただ激しいだけではなく奇想天外な殺人アイデアでいっぱい織り込まれている。スタッフが集まってシナリオ会議をするように、アクション会議が行われていたのが想像つく。かつて「映画はシナリオが勝負だ」と言われていたが、総合芸術である映画がシナリオが全てなはずはない。制作者たちの言葉を越えた所作みたいなものに、映画の魅力は現れてくる。映画を料理に例えるなら、それをレシピ通りに作ったとしても、必ずしも同じ味が再現できるものではないということ。料理人の性格や考え方が、違う味付けに表現されてしまう。セリフが少ない映画なら、なおのことその人の人間性が滲み出る。

人畜無害に見えるおとなしそうな男が、キレたら向かうところに敵なし。誰もが彼を怯えているのがこの映画の爽快なところ。

我々は日々、さまざまなことに苛立ちを感じている。「うわー!」と大声で叫んで、なにもかもぶち壊すことができれば、その刹那だけは気分が晴れるかもしれない。でも実際になりふり構わず感情的になってしまったら、人生もぶち壊してしまうことは誰だってわかっている。だからこそ我慢して生きていくことが大事。でもストレスは募る。

もし心優しいキアヌ・リーブスが、我々の鬱憤を晴らしてくれたら、なんとスッキリすることだろう。映画はひととき、辛い現実の人生から現実逃避させてくれる。わざわざ時間を割いて劇場に足を運んで、真っ暗闇の中で映画だけに集中する。

人に怒られるのは嫌なもの。実際に憎い相手に怒ったところで疲れるだけ。怒っている人の近くには近づきたくない。でももし自分の人生とは全く関係のないところで、誰かが勝手に怒っている姿あったら、滑稽で笑えてくる。「人生はクローズアップしたら悲劇、引いてみたら喜劇」とはチャップリンの言葉。

「俺は凄腕の殺し屋だ。俺を怒らせたら、頭ぶち抜くぞ!」 一生のうちに絶対にそんなセリフを放つことはない。でも厨二病の男のロマンでもある。キアヌは俺たちの代弁者。キアヌなら俺たちの辛さをわかってくれる。

スクリーンでは、中年になったキアヌが、頑張って戦っている。多勢に無勢の敵たちは、明らかにキレッキレの瞬発力。フラフラになりながら、俺たちのキアヌが勝ち進んでいく。そこに勇気をもらう。とりあえずこの映画で殺されていく人たちの人間性のことは忘れよう。強いキアヌだけに焦点を絞って、ストレス解消に割り切る。

自分は映画をエンドロールまで観るのが好き。このエンドロールの中、サウンドトラックを聴きながら余韻に浸る。現実逃避の夢の世界から、現実世界へとゆっくり戻ってくる儀式のようなもの。俺たちはキアヌと一緒にキレた。でもそれは束の間の夢。また辛い現実に戻って、頑張って生きていこう。キアヌが俺たちの代わりに怒ってくれたから、それで気が済んだ。もう納得、それでいいじゃないか。疲れた自分に優しくしてあげよう。さて、気を取り直して明日の準備をしようか。

関連記事

『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』 たどりつけばフェミニズム

先日、日本の政治家が、国際的な会見で女性蔑視的な発言をした。その政治家は以前からも同じような

記事を読む

『葬送のフリーレン』 もしも永遠に若かったら

子どもが通っている絵画教室で、『葬送のフリーレン』の模写をしている子がいた。子どもたちの間で

記事を読む

『365日のシンプルライフ』幸せな人生を送るための「モノ」

Eテレの『ドキュランドへようこそ』番組枠で、『365日のシンプルライフ』という、フィンランド

記事を読む

『JUNO ジュノ』 ピンクじゃなくてオレンジな

ジェイソン・ライトマン監督の『JUNO ジュノ』は、エリオット・ペイジがまだエレン・ペイジ名

記事を読む

no image

日本も開けてきた?『終戦のエンペラー』

  映画『終戦のエンペラー』を観た。 映画自体の出来映えはともかく、 こうい

記事を読む

no image

『そして父になる』子役にはドキュメンタリー、大人にはエチュード

  映画『そして父になる』は気になる作品。 自分も父親だから。 6年間育てて

記事を読む

no image

デート映画に自分の趣味だけではダメよ!!『サンダーバード』

  なんでも『サンダーバード』が50周年記念で、新テレビシリーズが始まったとか。日本

記事を読む

no image

『猿の惑星:聖戦記』SF映画というより戦争映画のパッチワーク

地味に展開しているリブート版『猿の惑星』。『猿の惑星:聖戦記』はそのシリーズ完結編で、オリジナル第1

記事を読む

『さらば、我が愛 覇王別姫』 眩すぎる地獄

2025年の4月、SNSを通して中国の俳優レスリー・チャンが亡くなっていたことを初めて知った

記事を読む

『死霊の盆踊り』 サイテー映画で最高を見定める

2020東京オリンピックの閉会式を観ていた。コロナ禍のオリンピック。スキャンダル続きで、開催

記事を読む

『アバウト・タイム 愛おしい時間について』 普通に生きるという特殊能力

リチャード・カーティス監督の『アバウト・タイム』は、ときどき話

『ヒックとドラゴン(2025年)』 自分の居場所をつくる方法

アメリカのアニメスタジオ・ドリームワークス制作の『ヒックとドラ

『世にも怪奇な物語』 怪奇現象と幻覚

『世にも怪奇な物語』と聞くと、フジテレビで不定期に放送している

『大長編 タローマン 万博大爆発』 脳がバグる本気の厨二病悪夢

『タローマン』の映画を観に行ってしまった。そもそも『タローマン

『cocoon』 くだらなくてかわいくてきれいなもの

自分は電子音楽が好き。最近では牛尾憲輔さんの音楽をよく聴いてい

→もっと見る

PAGE TOP ↑