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『天使のたまご 4Kリマスター』 意外と観やすい難解アニメ

公開日: : アニメ, 映画:タ行, 映画館, 音楽

押井守監督の初期作品『天使のたまご』が4Kリマスター化されてリバイバル公開された。なんでもこのアニメが発表されて40周年記念の節目でもあるらしい。押井守監督作品といえば、『攻殻機動隊』や『イノセンス』、『パトレイバー』シリーズなどの作品が、最近リバイバル公開が続いている。

今年の夏から秋にかけて、『鬼滅の刃』や『チェンソーマン』が大ヒットして、若いアニメファンが劇場に多く集まった。そんなシネコンに、はげちゃびんだったり太ったりしたおじさんのおひとりさまの客が散見された。「おっ、あなたのような自分と同じおじさん世代でも、若い子向けの作品観にきましたか」と勝手に共感していたら、そのおじさんたちはみな『チェンソーマン』の上映館へ向かうことはなく、『パトレイバー』の上映館へと向かっていった。仲間だと思っていたが、袂を分かってしまったような寂しい気持ちになってしまった。

今回の『天使のたまご』のリバイバル上映も、さぞかしおじさんばかりが劇場に来ていると予想していた。おじさんならまだしも、お爺さんばかりだったらテンション下がるな。同世代はみんな老人のようなルックスに育ってしまっているのだろうか。自分の友人たちはあまり老ける人がいないので、実際の同年代をみてしまうと、かなりショッキングだったりもする。実際劇場に行ってみると、オタクっぽい男子の客は当然いるのだが、予想外に若い女性の客が多くて意外だった。熱心にポスターを撮影していたりしている自分の娘くらいの若い女性たち。今のアニメブームで、昔の変わったアニメ作品を観にきてくれたのだろうか。家に帰って家族にそのことを伝えると、「いつの時代もカルチャーは女性がつくっているもの。女性客が多いのは当然の流れではないか」と言われた。そういえば昔、政治家が「日本の古典芸能なんて、儲からないから全部無くしていまえばいい」と乱暴な発言をしていたことが思い出される。もちろんその政治家は男性。歴史をかえりみてもたいてい男たちが、自分のわからないものを否定して壊してしまっている。

自分がこの『天使のたまご』に出会ったのは、まさに中学生の頃。厨二病真っ只中世代。『うる星やつら』が好きだった自分は、そのアニメ版の監督の最新作ということで、深く考えずにこの『天使のたまご』を観た。VHSのビデオで観た記憶があるから、レンタルして観たのかも知れない。多感な10代のときに予想を遥かに超えた、芸術的な作品に出会ってしまった。ショックを受けた。そのときはまだ押井守監督が大いに影響を受けたという、ロシアのアンドレイ・タルコフスキー監督の映画も観たことがなかったので、衝撃はただものではなかった。現代音楽もはじめて耳にしたので、菅野由弘さんの音楽もカッコ良すぎて耳から離れなかった。

作品は徹底した悪夢的世界観。作品の世界も登場人物たちも、感情移入を一切廃した象徴的存在。当時もアニメブームとはいえ、ここまで独自のアート感覚を商業作品に昇華できてしまったことが奇跡のよう。この手の作品は、本来なら芸術作品として、小規模な制作環境でつくられていくもの。それが当時の劇場用作品をつくるような規模の制作体制で、お金と手間と人数をかけて作品がつくられている。マーケティングなんか最初から眼中にない感じ。いったいどんな客層に向けて今作品をつくっていったのだろう。押井守監督のパーソナルな趣味を、そのまま大規模なカタチで具現化していったように思える。作品としてはとても贅沢なつくり。押井監督の個人的な趣味が暴走した作品だから、気軽にアニメ作品を観たい観せたい一般層的な価値観の製作陣や観客からは、「わけのわからない作品」とレッテルを貼られてしまう。当時売れっ子だった押井守監督が、数年仕事を干されてしまったという噂もあるくらい。

今回のレストアで音声もだいぶブラッシュアップされているという。どんなに今のレストア技術がよくても、40年前のモノラルの映画をドルビーアトモスに変換するのは限界がありそう。画質や音質の向上はあまり期待せず、単純に好きな作品の推し活として映画館へ足を運んだといったところ。映画が始まってすぐ、「スー」というヒスノイズが耳に入ってくる。40年前の音声が元になっているから当然か。音楽が入ってくると、今まで聴いたことのない音でミキシングされたストリングスの音が立体音響で響いてくる。それでも原版の音響のイメージは崩さないように、派手にミキシングしないようにと細心の工夫が垣間見られてくる。

なんでも今回の音楽のブラッシュアップには、劇伴作曲家の菅野由弘さんも監修しているとのこと。この4K版公開を記念して、サウンドトラック音源もリリースされた。菅野由弘さん曰く、音楽集版と映画版とはミキシングが違うとのこと。事前にリマスターされたサントラは聴いていたので、そのミキシングの違いは一聴してすぐわかった。映像があって音楽を載せるものと、音楽単体で聴くものが同じであってはならない。古い作品とはいえ、ここまでこだわって音作りを再編成してくれると、あたかも新作を観ているような気分にすらなってくる。

『天使のたまご』を初めて観たとき、自分はその音響に正直不満があった。音楽が良いのにモノラルなのも気に入らない。それになにより効果音が気になる。アニメ的な「バシュッ!」とか「シャキーン!」とか派手な効果音がこのアニメの映像にそぐわない。当時のアニメ音響アーカイヴの限界を感じる。ここまで映像や音楽、演出が素晴らしいのに、効果音だけ残念な印象があった。それが今回の4Kリマスター版では、絶妙な感じで手直しされている。オリジナルの音声は変えていないものの、アニメっぽいデフォルメされた派手な音響は極力抑えこんでいるよう。オリジナルでは効果音だけが悪目立ちしていたが、4Kリマスター版はそんなことはない。効果音が映像に馴染んでいる。魚狩りの場面では、狩人たちが走って狩道具がガタガタ鳴る音が不気味に響いている。今回、音響を調整したスタッフの芸術的センスを感じてしまう。

映画には、直接名前が出てこないけれど、物凄い芸術的センスを持った人が携わっているであろうことを時々感じる。例えば4DXなどで、座席の揺れや雨の雫、匂いや風などの効果を計算する人の感覚的センスも凄いと思ってしまう。雨が降ってくる場面で、額のあたりにちょっと雫があたれば、「雨宿りしなくちゃ」と生理的に感じる。その絶妙な感覚は、ただ仕掛けを知っているだけでプログラムできるものではない。人の深層心理まで計算してエンターテイメントをつくっていく。映画はオリジナル作品があってこそ、それが作品となっていく。ただレストアやリマスターのエンジニアのセンスによって、そのブラッシュアップされた作品の印象が大いに変わってしまうこともある。リマスターを担当する人は、芸術的センスが高くなければ、下手すると作品を台無しにしてしまう。オリジナルを知っている人の記憶を汚さないで、作品を現代のフォーマットにブローアップする。リマスターのスタッフは芸術家であっても、個性を絶対に出してはいけない立場の人。こういった縁の下の力持ちというか、影の立役者みたいな存在があってこそのレストア映画なのだろう。昔の映画が綺麗になってリバイバルされる。当時観たオリジナルのものより遥かに向上した画質音質なのに、それを観客に気づかせてはいけない。昔を知っている観客には「そうだよ、この映画こそが好きだったんだよ」と無意識に記憶を刷新させてしまっている。

『天使のたまご』の音響に不満があった自分にとっては、4Kリマスター版の『天使のたまご』は、明らかに初めてみる情報のはず。それでも「ああ、この映画、好きだったな」としみじみ感じさせてくれる。当時の不満だった音も、無意識のうちに気にならないように受け入れてしまっている。これはすごいこと。レストアに関わっているスタッフが、当時の精神を探って理解を深め、それに相応しい手を加えている。人の記憶ほどいい加減なものはない。なにもかも自分の都合のいいように美化して記憶の物置に収めてしまっていることになる。リバイバルで追体験する映画は、当時とは別物となっているにもかかわらずに。時代も変わっているので、当時と同じ環境で作品を鑑賞することはできないことに、無意識のうちに受け入れている自分もいることに気がついた。

難解と言われる『天使のたまご』。今回観なおしてみると、ものすごくエンターテイメントしていることが伺える。映像美の絵づくりもたくさんのカット割りで構成されている。荘厳な音楽で、間が勝負の場面を補っている。タルコフスキー映画みたいに自然を映している映画ではなく手描きのアニメなので、そのまま情景を映しているだけでは映画にならない。だから音楽が重要となる。ここまで音楽が鳴り続けている芸術映画も珍しい。もうそれだけで観客を思い遣ったエンターテイメント性を感じる。それこそヤン・シュヴァンクマイエルやユーリ・ノルテンシュタインのアニメ作品の方が遥かに無愛想。

あらためて『天使のたまご』を観直すと、その後に制作される押井守監督作品たちの芸術的アイデアの貯金箱みたいな作品なのだとわかってくる。押井守監督作品の魅力は、どんなにSFアクションアニメと謳っていても、どこかに芸術的な要素があって、アクションの熱も冷めているところがある。押井守監督の作品では、よく聖書からの引用がなされている。今回の『天使のたまご』も旧約聖書の『ノアの方舟』のエピソードがモチーフになっている。ノアの方舟の中にある地球上の生物を絶滅させた大洪水。方舟に乗せてもらえずに水没した世界の話。夜の廃墟の街に、そこで暮らしていたであろう人々の魂の残穢が徘徊している世界。そこで少女と少年(青年)が出会って別れるだけのエピソード。

映像学校に通っているとき、ジャン・コクトーの『詩人の血』を観た。講師が、映画で描かれる武器や刃物は男性器の象徴だと教えてくれた。武器を背負った男性が、女性に近づいていくような場面は、それだけで強姦を意味するとのこと。そんなメタファーなど想像したこともなかったので、目から鱗がどぼどぼ落ちた記憶がある。そんな比喩が作品に込められているとしたら、それに気づくだけで作品の見え方が変わってきて面白い。『天使のたまご』も当然、そんなメタファーは意図している。少年は巨大な銃を背負っているし、彼を運んでくる戦車は弾痕そのもの。しかもご丁寧にその戦車は脈打ってる。もう笑っちゃうくらいのベタな下ネタ。少女がたまごを大事に抱えているのも、想像妊娠や処女懐胎の象徴。その少女がたまごへの執着を無理やり断ち切ることで成仏できるまでの話としたら、難解どころかとてもシンプルなストーリーとなってくる。

押井守監督作品で引用される聖書は、宗教書としての書物というよりは、研究の課題図書みたいなもの。聖書に対する信仰心はそこにはなく、学問として聖書を紐解いているといったおもむき。タルコフスキー監督の映画が、信仰心を問うようなものだとしたら、押井監督作品は実にドライな宗教観。宗教へ向けての深い造形と敬意はあるけれど、信仰はしていない。きっと神さまも信じていない。信仰からくるグロテスクさや美しさに魅了されている。どっちにせよ、一般人が目を向けるような視点ではないことは確か。エンターテイメント色の強い日本のアニメで、キリスト教についてのひとつの研究をしてみせている。

自分は『天使のたまご』は、初見のときから難解だとは思わなかった。制作意図がはっきりしたシンプルな作品だと思っていた。宗教論という複雑で面倒臭いテーマを、ここまで単純に映像表現してしまうことに作家性を感じる。やっぱり押井守監督作品は面白い。

今回の4Kリマスター版の『天使のたまご』は、公開当時、自分の脳で必死に「こんなことだろう」と補完していたところが調整されている。公開40年が経つ今頃になって究極版が発表されるのだから不思議なものだ。スタッフの末端までに制作意図が伝わらないもどかしさがオリジナル版にはあった。大勢のスタッフが絡む日本のアニメーションでは仕方がないことではある。40年たって、時代の刷り込みもあり、あたかも初めからこの理想的な『天使のたまご』だったような顔をしてこのリニューアル版が発表される。『天使のたまご』を初めて観るのなら、この4Kリマスター版がお勧め。40年の月日が経って時代が醸成したのだろうか、当時は怒り出す人もいた『天使のたまご』は、現代となってはサービス精神の高い、とても観やすい作品になっているということを実感してしまった。

 

 

 

 

 

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