*

『チャッピー』哲学のネクストステージへ

公開日: : 最終更新日:2019/06/12 映画:タ行

映画『チャッピー』が日本公開がされる前、この作品に期待の声があちこちから聞こえて来た。自分はこの映画のニール・ブロムカンプ監督とはどうもセンスが合わないらしい。彼のデビュー作『第9地区』を勧める人が多かったにも関わらず、自分はどうしても観る気になれなかった。あのエビ宇宙人のデザインや、血がドバーっとでる悪趣味な描写が生理的にダメだった。ずいぶんたってから観てみると、思っていたよりかなりきちんとした構成の映画だったので、意外とこの監督は生真面目なんだと思ったものです。

そんな前例もあって、この『チャッピー』も地雷臭プンプン。ちょっと距離を置いて様子をうかがっていました。日本公開が始まったと同時に、この映画を期待していた人たちが、皆そろって口を閉ざしてしまった。上映館もすぐに減ってしまったような気がする。ネットの感想では理屈っぽいものが氾濫している。難しい映画なのかな?

この映画の日本公開版は、レーティングを下げるために、若干短縮したバージョンだと聞きました。ならば残虐描写が少し減るのかと思い鑑賞することにしました。自分は完全版じゃなくてもいいよって、珍しいパターンの観客です。

観てみたらけっこう面白かった。予告編の感じから「人間になりたかったロボット」の話なのかと誤解してしまったけれど、そんなの最初の方だけ。物語のテーマはそこに留まらず、魂とはなんぞや、肉体とはなんぞやと哲学的な方向へ向かっていく。センチメンタルな要素はほとんどない。硬派なSF作品だ。

ストーリーはテンポよく、ふんだんのアイディアでどんどん進む。近年のSF作品にある、高度なA.I.には人権が生まれるのではとか、魂の外部化なんかちょっと手あかがついてるけど、それらのアイディアを整理してひとまとめに描いている。高度なA.I.や魂のデータ化は、恐らく今の技術ですでに可能なのかも知れない。でもここには倫理が絡んでくる。可能なら何をしてもいいのかという問題。魂は神の領域なのではという宗教の冒涜にも繋がりそう。

輪廻転生を信じる宗教観では、肉体には老いや病でいつかは滅ぶが、魂は永遠として考えられる。この肉体は現世を生きるための借り物だから、たいせつに扱わなければいけない。自殺や自分を傷つけることはよろしくない。己を大切にして初めて他を尊重できるという考え方は、自分も嫌いではない。ただ昨今の脳科学の流行で、魂の概念も脳がつくりだすまやかしのようにも思えてくる。複雑な人間の脳が、魂のようなものを感じさせるのか? 魂が外部化できても所詮はコピー。オリジナルはやっぱり普通に死んで、消えていくのでは?

とまあ、哲学の新たなステージに上ってしまうわけだけど、そんなめんどくさいこと考えさせるこの映画は、やっぱり青臭くて理屈っぽい。この映画はストーリーはとても面白いのだけれど、なんかノレない。なぜかというと、主人公が不在だから。メインキャラクターがマッドサイエンティストや人殺しのギャングでは、観客はその人たちを主人公として好きになれない。普通の感覚のちょっと先を行っていて、ロボットのチャッピーが主役なんだろうけど、やっぱりロボットに感情移入はしずらい。もう少し登場人物を観客が好きになれそうなエピソードが、冒頭に入れられなかったのだろうか? ブロムカンプ監督は、ストーリー作りには興味があれど、人間には興味がない人なんだろうな。

作中、サイエンティストは、チャッピーに人間らしさを育むために、絵を描かせたり本を与えたり、文化的なものに触れさせる。文化的なものを軽視する昨今の考え方への警鐘だろう。

ギャングの女がチャッピーに母性本能をくすぐられたのか母親がわりになる。そのママがなまった英語を喋っているのに、なぜかチャッピーはなまってない。インプットしたものをアウトするとき、修正されちゃうのかな? そんなところにツッコミをいれて喜んでいるんだから、自分もイジワルだ。

楽しむ要素が多いエンターテイメント作品なのに、観ているうちに眉間にシワがよってくる。知的な映画ではないのに頭空っぽにできないという映画でした。

関連記事

no image

『ターミネーター:新起動/ジェニシス』は諸刃の刃

  ジェイムズ・キャメロン監督が放った愛すべきキャラクター『ターミネーター』。何度も

記事を読む

no image

『ディファイアンス』他力本願ならカタルシス

  事実は小説よりも奇なり。 第二次大戦中のナチスドイツのユダヤ人迫害を描いた

記事を読む

『007 スペクター』シリアスとギャグの狭間で

評判の良かった『007 スペクター』をやっと観た。 前作『スカイフォール』から監督は続

記事を読む

『トイストーリー4』 人のお節介もほどほどに

大好きなピクサー映画の『トイストーリー』シリーズの最新作『トイストーリー4』。なぜかずいぶん

記事を読む

『ホドロフスキーのDUNE』 伝説の穴

アレハンドロ・ホドロフスキー監督がSF小説の『DUNE 砂の惑星』の映画化に失敗したというの

記事を読む

『沈黙 -サイレンス-』 閉じている世界にて

「♪ひとつ山越しゃホンダラホダラダホ〜イホイ」とは、クレイジー・キャッツの『ホンダラ行進曲』

記事を読む

『チャーリーとチョコレート工場』 歪んだ愛情とその傷

映画が公開されてから時間が経って、その時の宣伝や熱狂が冷めたあと、あらためてその映画を観直す

記事を読む

『TAR ター』 天才やらかしあるある

賛否両論話題となっている映画『ター』。世界的な最高の地位を得た天才指揮者リディア・ターの目を

記事を読む

『東京暮色』 生まれてきた命、生まれてこなかった命

第68回ベルリン国際映画祭で小津安二郎監督の『東京暮色』の4Kレストア版が上映された。小津作

記事を読む

『透明なゆりかご』 優しい誤解を選んでいく

NHKで放送していたドラマ『透明なゆりかご』。産婦人科が舞台の医療もの。これは御涙頂戴の典型

記事を読む

『アン・シャーリー』 相手の話を聴けるようになると

『赤毛のアン』がアニメ化リブートが始まった。今度は『アン・シャ

『新幹線大爆破(Netflix)』 企業がつくる虚構と現実

公開前から話題になっていたNetflixの『新幹線大爆破』。自

『ラストエンペラー オリジナル全長版」 渡る世間はカネ次第

『ラストエンペラー』の長尺版が配信されていた。この映画は坂本龍

『アドレセンス』 凶悪犯罪・ザ・ライド

Netflixの連続シリーズ『アドレセンス』の公開開始時、にわ

『HAPPYEND』 モヤモヤしながら生きていく

空音央監督の長編フィクション第1作『HAPPYEND』。空音央

→もっと見る

PAGE TOP ↑