*

『嫌われ松子の一生』 道から逸れると人生終わり?

公開日: : 最終更新日:2021/09/13 映画:カ行,

中島哲也監督の名作である。映画公開当時、とかく中島監督と主演の中谷美紀さんとが喧嘩しながら作ったと話題になっていた。原作小説は一人の女が堕ちていく、正直不愉快陳腐な物語と言っていい。それを中島監督は整合法の演出を無視して映像化している。悲劇を喜劇の演出でみせ、アニメやミュージカル、あらゆるエンターテイメント手法と情報量で圧倒させる。自分は映画を観賞後、疲労感に襲われた。ものすごいパワー。

中島監督は「嫌われ松子」と呼ばれた女性の生涯を優しい視点で描いている。晩年の松子はニートでアパートの嫌われ者。そんな松子は、若かりし頃は優秀な教師だったという。彼女がなぜ転がり堕ちたのか?

ここで彼女の人生のキーとして父親との確執がある。映画自体が「父との確執」のみを描いていると言っていい。人は愛されている自信がないと、その人の人生そのものが不幸になる。だから子ども時代に親から愛されることを実感することはとても重要。誰かに認められたいからがんばるというのは、とても消極的な発想。これは自分に自信が無い人の姿。松子は父親に認められたいが一心で優秀な子どもを演じ続ける。視野が狭いがために正しい判断力を失ってしまう。そんな人が道を踏み外すのは容易なこと。しかし今の日本で、自分に自信が持てない人のなんと多いことか。いじめやネットでの罵詈雑言などはその現れだろう。

社会からドロップアウトしてしまう人を、自分もなんとなく疎ましく感じていた。だが、そういった人たちは、自分では想像もできないくらいの理不尽な人生を頑張って生きてきた人かも知れないと映画は気付かせてくれる。日本ほどレールから外れた人や、型にはまらない人に厳しい国民性は世界的にも少ないと思う。都会では他人との密着度が高いぎゅうぎゅう詰めの生活におかれながら、隣人との距離は大きく、一期一会という言葉もなくなってしまったかのよう。電車で隣人の肘に触れながら言葉を交わすこともなく、手元のスマホで遠くにいる誰かと会話する異常な壁。孤独はイヤなのに人と接したくない矛盾を抱える現代人。

松子が亡くなって、天国への階段をのぼるとき、彼女と一緒に、彼女の人生に関わった人たちもみんなが同じ歌を口ずさむ。カーテンコールにも近い演出。松子は関わった人の心の中に確実に存在し、みんなが彼女を想っていた。映画鑑賞後は、人に優しくしなくてはと思わされる。どんなにダメ人間に見えるような人でも、素晴らしいものを持っていると信じたくなる。

関連記事

『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』 みんな良い人でいて欲しい

『牯嶺街少年殺人事件』という台湾映画が公開されたのは90年初期。その頃映画小僧だった自分は、

記事を読む

『枯れ葉』 無表情で生きていく

アキ・カウリスマキ監督の『枯れ葉』。この映画は日本公開されてだいぶ経つが、SNS上でもいまだ

記事を読む

『藤子・F・不二雄ミュージアム』 仕事の奴隷になること

先日、『藤子・F・不二雄ミュージアム』へ子どもたちと一緒に行った。子どもの誕生日記念の我が家

記事を読む

『進撃の巨人』 残酷な世界もユーモアで乗り越える

今更ながらアニメ『進撃の巨人』を観始めている。自分はホラー作品が苦手なので、『進撃の巨人』は

記事を読む

no image

『東京物語』実は激しい小津作品

  今年は松竹映画創業120周年とか。松竹映画というと、寅さん(『男はつらいよ』シリ

記事を読む

『機動警察パトレイバー the movie2』 東京テロのシミュレーション映画

今実写版も制作されている アニメ版『パトレイバー』の第二弾。 後に『踊る大走査線』や

記事を読む

『太陽がいっぱい』 付き合う相手に気をつけろ

アラン・ドロンが亡くなった。訃報の数日前、『太陽がいっぱい』を観たばかりだった。観るきっかけは、

記事を読む

『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』 長い話は聞いちゃダメ‼︎

2024年2月11日、Amazonプライム・ビデオで『うる星やつら2 ビューティフル・ドリー

記事を読む

『君たちはどう生きるか』 狂気のエンディングノート

※このブログはネタバレを含みます。 ジャン=リュック・ゴダール、大林宣彦、松本零士、大

記事を読む

『アンという名の少女』 戦慄の赤毛のアン

NetflixとカナダCBCで制作されたドラマシリーズ『アンという名の少女』が、NHKで放送

記事を読む

『ヒックとドラゴン(2025年)』 自分の居場所をつくる方法

アメリカのアニメスタジオ・ドリームワークス制作の『ヒックとドラ

『世にも怪奇な物語』 怪奇現象と幻覚

『世にも怪奇な物語』と聞くと、フジテレビで不定期に放送している

『大長編 タローマン 万博大爆発』 脳がバグる本気の厨二病悪夢

『タローマン』の映画を観に行ってしまった。そもそも『タローマン

『cocoon』 くだらなくてかわいくてきれいなもの

自分は電子音楽が好き。最近では牛尾憲輔さんの音楽をよく聴いてい

『僕らの世界が交わるまで』 自分の正しいは誰のもの

SNSで話題になっていた『僕らの世界が交わるまで』。ハートウォ

→もっと見る

PAGE TOP ↑