『アーロと少年』 過酷な現実をみせつけられて
く、暗いゾ。笑いの要素がほとんどない……。
日本のポスタービジュアルが、アーロと少年スポットが泣きながら抱き合っているものだったので、イヤな予感はしていた。最近のディズニー映画は、日本版だけ泣きの要素ばかりフューチャーされがち。本編を観てみたら、泣きがメインじゃなかったりするから、もう宣伝が信用できない。
我が家では、家族全員で観た初めての映画がこの『アーロと少年』。ピクサー作品と言えば、映像や演出、ストーリーの素晴らしさはゆるぎない。ウィットに富んだ笑いのセンスも抜群。ピクサーの新作ならば、親子共々楽しめると選んだ。でも上映後、あまりの悲しく暗い物語に、家族全員で肩を落として劇場を後にするハメとなってしまった。
きっとピクサーのスタッフは、今までの作風と違ったものが作りたかったのでしょう。笑える皮肉たっぷりのセンスを封印して、どうやら単純に泣ける映画にしたかったらしい。これ日本のアニメ?と思うくらい。まるで手塚治虫さんや藤子不二雄さんの昔の大作の焼き直しみたい。ここまで日本に擦り寄られると、もしかしたら『アーロと少年』日本公開版だけ、オリジナルと違うストーリーでローカライズされているのかもと、想像してしまう。
最近のディズニー映画では、日本語吹き替え版は日本の曲が使用される。今回はKiroroの『Best Friend』。過去にNHK朝ドラ『ちゅらさん』の主題歌にもなった曲。ドラマの方が思いだされるのではと心配したが、本編のサントラに合わせて、ケルト調にアレンジされていたので違和感はなかった。さすがにそこまでセンスの悪いことはディズニーはやらないか。しかし経済効果もあるのだろうけど、そこまで日本版だけ特別な変更はしないで欲しいのも本音。
日本人の自分としては、日本アニメは観すぎて飽きてしまったからこそ、海外作品に期待しているところがある。ホラホラ、このツボ押すと涙がドバーッと出ちゃうでしょ?って、制作者たちの声なき声がどうしても聞こえてきちゃう。もちろん泣かせるのもエンタメのジャンルとしてあるけれど、自分は泣くと、ものすごく疲れるので、わざわざ映画で泣かされたくはない。普通に生きているだけて泣きたいほど辛いことは起こるのに、なんで娯楽で泣かされなきゃいけないのって。
ピクサーのスタッフは、最近のファンタジー作品が子どもを考慮しすぎて、どんどんマイルドな表現になり、ヌルくなっていることに危惧しているのかもしれない。それは同感。だからこそファンタジーの原点に立ち返って、弱虫な主人公が望まぬ旅に出て、困難を乗り越えていくうちにたくましくなっていくというものにしたかったのだろう。行きて帰りし物語。でも主人公のアーロが家族のもとへ帰っても、過酷な自給自足の労働の生活が待っているだけなら、夢も希望もない。
フロンティアの現実とはそういうもの。期待に夢膨らませて新天地を求めてきたはいいものの、実際には過酷な生活を強いられてばかりで、結局心身を悪くして、夢半ばで果ててしまうこともある。
それに自立の話なのに、家族の元へ帰っていくだけってのもものたりない。ピクサー作品にしては珍しく、シナリオに整理がたりないような……。それとも、夢も希望もない過酷な人生を受け入れろと言いたいのかな。それも怖いな。
手塚治虫さんや藤子不二雄さん、はたまたトールキンが作品を発表したのは、戦争が終わり、復興し始めている時代だった。厳しい現実を風化させないためにも、主人公に過酷な試練が与えられるドラマが成立した。だが今という時代では、キナくさい世界情勢や、世界的な不況で、現実社会が夢も希望もなくなってしまっている。時代性からみて、この映画のテーマはキツすぎる。
劇場では、小さな子どもたちが恐怖のあまり、あちこちで泣き叫んでいた。ウチの子もいつ帰りたいと言い出すのではと、いらぬ心配をしてしまった。子どもたちには、悲しい物語は必要ない。夢と希望、笑いこそが重要。この映画は大人向け。
ただ、この映画の救いは映像の美しさにある。
CGアニメの最初の企画会議では、どこまでリアリティを追求して、どこまでデフォルメするかが要となる。CG表現は追求すれば、実写と見紛うほどのレベルにはもっていける。手間暇かければ無限に広がる可能性を、どこで線引きするかが重要。この『アーロと少年』では、風景はとことんリアルで美しい。そこにデフォルメされたキャラクターが乗っかることになる。このキャラクターは、どんなタイプの人の擬人化なのかと、イメージさせる可笑しさがある。ウチの子たちも、美しい自然描写に手を叩いて喜んでいた。
悪い映画では決してない。多くの観客から愛される映画だろう。でも、こんなご時世だからこそ、せめてファミリー向け映画では、純粋に笑わせてハッピーな気持ちにさせて欲しかったかな。
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