*

『シンドラーのリスト』極端な選択の理由

公開日: : 最終更新日:2021/07/17 映画:サ行

テレビでナチスのホロコースト虐殺の特集を放送していた。なんでも相模原の養護施設で大量殺人をした容疑者が、ナチスの優生学にならって障害者を殺害したと言ったらしい。この発言が、さらに世の中を震撼させ、世界中から注目をあびるきっかけとなった。その元となったナチスの大虐殺をまとめた番組。なにげなく観るには、あまりにヘビーな内容だ。

ホロコーストというとユダヤ人への迫害をすぐ思い浮かべる。でもその前哨には障害者や病人への大量虐殺がドイツの歴史にはあった。その次のステップがユダヤ人虐殺。優生学は、ダーウィンの進化論のなかで、劣勢の遺伝子は長い年月をかけて淘汰され洗練されていったのだという説。ならば障害をもった者や、体の不自由な者、病人は劣勢な存在だから排除してもいいという極端な考えへとナチスはもっていく。

そんな恐ろしい行いがどうしてできたか? いくらなんでもヒトラーひとりでは、そこまではできない。ドイツでは長く続いた不況に世界恐慌も重なり、国民の不満が高まっていた。多発的に人びとが凶暴になっていったらしい。ナチスドイツの暴走に至るまでは、何度もとどまるチャンスはあったらしい。気がついたら後戻りができなくなっていたとのこと。ヒトラーは、ドイツ国民のフラストレーションを利用して、まとめただけに過ぎない。

「初めて人を殺すときは大変だったが、次からは楽に殺せた。あとはいくらでも殺せた」なんてシリアルキラーの話をよく聞く。人が踏みはずすのは、案外簡単なことらしい。

 

ホロコーストの地獄を完全映像化した、スティーブン・スピルバーグの『シンドラーのリスト』。多くのユダヤ人を救った実在の実業家オスカー・シンドラーを主人公に描かれた作品。

当時スピルバーグといえば、『インディ・ジョーンズ』や『ジョーズ』のようなアクション映画や、『未知との遭遇』や『E.T.』みたいなSFモノなど、エンターテイメント映画の王様だった。ジェットコースタームービーとは、スピルバーグ映画の代名詞。楽しく軽い作風がすっかり定着していた。

スピルバーグ自身はきっとそれにコンプレックスがあったのだろう。『カラーパープル』あたりから急にシリアスな作品を作り始める。自身もユダヤ系だし、同胞がかつて虐げられた狂気の歴史を再現して、見事にアカデミー賞をゲットした。ヒット作はたくさんあれど、由緒ある賞とは無縁だったスピルバーグが、どうしても欲しかったオスカー受賞。本当によかったね。

それ以降スピルバーグは、娯楽作品と社会派シリアス作品を交互につくってきた。作風としてはまったく違ったアプローチに感じるが、やっぱりハッキリ共通するものがある。それは、作品のメインの見せ場がどんな題材でも「大虐殺場面」だってこと。

スピルバーグは、パニック映画の監督。たとえ殺戮場面がなくとも、なにかに追われる映画だったりする。不安と狂気がいつもテーマ。映画といえばポップコーンとの相性バツグンだが、スピルバーグの映画はどれも、食べ物が不味くなりそうな作品ばかりだ。今流行りの言い方すれば「ホラーポルノ・エンターテイメント」とか。

『シンドラーのリスト』のラストシーンでは、生還したユダヤ人の役者と実際モデルになった人が並んで、オスカー・シンドラーの墓に花を添えていく。現実とフィクションが重なり、観客にリアリティを与える演出。観客の心理をつかむのがうまいスピルバーグならでは。全編モノクロの映画にもかかわらず、ホロコーストを彷徨う幼い少女の赤い服だけにパートカラーを使っているのも、芸術的な映画演出技術としてあまりに有名。

 

ドイツは戦後、世界に対した行為に謝罪し続けている。ドイツの学校でも、あれは過ちだったと教育しているらしい。

意外と忘れがちなのは、第二次大戦中は日本もドイツの同盟国で、アメリカと対立していたということ。義務教育で教わっているのだけれど、なんとなくドイツのことは他人ごとのように感じてしまう。戦争は被害者にもなるし加害者にもなる。だからと言って事務的に謝罪するのだったら意味がないし、そんなだったら逆にしないほうがいい。戦争に対する考え方の、ドイツと日本での温度差が興味深い。

後戻りができないような選択をしないよう、他人任せにしない心がけは常々必要なのかもしれない。

関連記事

no image

『ゼロ・グラビティ』3D技術があっての企画

  3D映画が『アバター』以来すっかり浸透した。 自分も最初の頃は3Dで作られた映

記事を読む

『サウンド・オブ・ミュージック』 さらに高みを目指そう!

先日行われた息子の幼稚園の発表会の演目は『サウンド・オブ・ミュージック』だった。自分が生まれ

記事を読む

no image

『それでもボクはやってない』隠そうとしてもでてくるのが個性

  満員電車で痴漢と疑われた男性が、駅のホームから飛び降りて逃走するというニュースが

記事を読む

no image

ソフトもハードも研究も、あらゆる転機になった『ジュラシック・パーク』

  リチャード・アッテンボロー監督が亡くなりました。 90歳でした。ご冥福をお祈り

記事を読む

『新幹線大爆破(Netflix)』 企業がつくる虚構と現実

公開前から話題になっていたNetflixの『新幹線大爆破』。自分もNetflixに加入してい

記事を読む

『サタンタンゴ』 観客もそそのかす商業芸術の実験

今年2025年のノーベル文化賞をクラスナホルカイ・ラースローが獲得した。クラスナホルカイ・ラ

記事を読む

『戦場のメリークリスマス』 摩訶不思議な戦争映画

1月17日が教授こと坂本龍一さんの誕生日。 1月18日はビートたけしこと北野武さんの誕生日

記事を読む

『ハン・ソロ/スター・ウォーズ・ストーリー』ディズニー帝国の逆襲

自分は『スター・ウォーズ』が大好きだ。小学1年のとき、アメリカで『スター・ウォーズ』という得

記事を読む

no image

『サウルの息子』みせないことでみえてくるもの

カンヌ映画祭やアカデミー賞など、世界の大きな映画祭で、賞をとりまくっていたハンガリー映画『サウルの息

記事を読む

『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』 ヴィランになる事情

日本国内の映画ヒット作は、この10年ずっと国内制作の邦画ばかりがチャートに登っていた。世界の

記事を読む

『サタンタンゴ』 観客もそそのかす商業芸術の実験

今年2025年のノーベル文化賞をクラスナホルカイ・ラースローが

『教皇選挙』 わけがわからなくなってわかるもの

映画『教皇選挙』が日本でもヒットしていると、この映画が公開時に

『たかが世界の終わり』 さらに新しい恐るべき子ども

グザヴィエ・ドラン監督の名前は、よくクリエーターの中で名前が出

『動くな、死ね、甦れ!』 過去の自分と旅をする

ずっと知り合いから勧められていたロシア映画『動くな、死ね、甦れ

『チェンソーマン レゼ編』 いつしかマトモに惹かされて

〈本ブログはネタバレを含みます〉 アニメ版の『チ

→もっと見る

PAGE TOP ↑