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『それでもボクはやってない』隠そうとしてもでてくるのが個性

公開日: : 最終更新日:2019/06/11 映画:サ行

 

満員電車で痴漢と疑われた男性が、駅のホームから飛び降りて逃走するというニュースが多発している。事故を起こして亡くなる人もでてしまったので、ちょっとした社会問題になりつつある。その男性たちが実際に痴漢をしたかどうかはわからない。

周防正行監督の『それでもボクはやってない』を観ると、たとえ誤解からくる冤罪だろうがハニートラップだろうが、痴漢行為で捕まってしまったら、その人の人生はメチャクチャになってしまうのがわかる。痴漢行為を疑われてホームに飛び降りて逃走した男性は、果たしてこの映画を観ていたのだろうか?

女性が見知らぬ男性に密着されるのが怖いのは当然のこと。男性側もそれぐらいは想像して、危機感は持っていた方がいい。故意に相手に触れてしまったら、ワザとじゃないとすぐ謝罪したほうがいい。声をかけあえば緊迫した関係も緩和するはず。もし相手に過剰反応されて、いらぬ疑いをかけられたら、男性の方が部が悪い。日頃から誤解を招かないような態度でありたいものだ。ただのトラブルでは済まされないからね。

そもそも問題なのは、東京の電車ラッシュの混雑ぶりだ。こんなに他人と密接した状況で、数十分過ごすのが精神的に良いわけがない。トラブルが起こってあたりまえ。日本人は本当に忍耐強い。自分個人的にはガマンするのは瞬間ギブアップなので、常に何らかの対策を練っているところ。

周防正行監督は数年おきにしか映画を発表しない。なんでも作品の企画は何本もあがるのだが、なかなか映画化するほど魅力的な話が少ないのだとか。

『それでもボクはやってない』は社会派のシリアスな作品。それまでの周防作品が『Shall we ダンス?』のようなコメディ作品が多かったので、いままでと作風がちと違う。

社会派の映画は面白い。社会の問題点を告発する映画が話題性を生み、政治が動きだしたり、企業の意識が変わり改善したりしたこともあった。映画でも世の中を変える力がある。たかが映画されど映画。

でも世の中の矛盾を告発するにはそれなりの覚悟がいる。社会派の作風の伊丹十三監督は、幾度も暴漢に襲われたし、結局最後は自殺してしまった。面白い映画をつくるのは命がけ。いまの日本の自粛ムードでは、どうしても軽薄でウワバミをなぞった同じような映画ばかりになってしまう。社会派の日本映画求む! ネタは山ほどあるはず‼︎

『それでもボクはやってない』公開時、自分はシナリオライター養成学校に通っていた。特別講師に周防正行監督が招待された。映画制作の裏話やら、ミーハー心をくすぐるトークで周防監督はグングンその場を演出していた。そしてそこで学生たちに言っていた印象的な言葉は「個性は隠そうとしてもでてくるもの」。

自分らしさというものは、自身が意識してつくっていくものもある。でも無意識のうちに醸し出すもの、他人の評価で「この人らしい」と判断されるものが、本物の個性だということ。他人に認められるまえから、己の個性を意識し過ぎると、自分でもまだ知らない自分自身の特徴の芽を摘んでしまうかも知れない。こだわりというのは案外大したことがない。なにか前にあるものを模倣しているだけかもしれない。わからないから、能書きは置いといてとりあえずやってみるしかない。

自分が20歳くらいのときのこと。演出をやっていた自主劇団の公演を、観に来てくれた友人に「君らしい作品だった」と言ってもらった。自分はそのとき、その演劇のすべてが思うようにならず、苦肉の策のアイデアで対応しまくっていた。結構辛い作業だった。自分の個性など考える余裕などない。でもその必死なところが、客観的にみると個性に溢れているようにみえてくるみたい。皮肉だけど、まったく意識外の「自分らしさ」。

まあ、個性なんてきっとそんなもんなんだろうな。

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