*

『タクシー運転手』深刻なテーマを軽く触れること

公開日: : 最終更新日:2020/03/13 映画:タ行

韓国映画の『タクシー運転手』が話題になっている。1980年に起こった光州事件をもとに描いたエンターテイメント作品。

光州事件は、民主化を求める学生や市民のデモ隊に、軍部が武力による鎮圧をしたため、一般市民に多大な犠牲者がでた事件。要は丸腰の市民に対して、国が「意に反する」と言って虐殺をしたことになる。

昨今の日本でも、街でデモを見かけるのは日常的になってきた。それに対して、機動隊が武力行使をしたらどうなるかと想像したらとても恐ろしい。

政治力で、問題の紛争地域は完全閉鎖。報道規制で、あたかも市民の蜂起は暴徒のテロのようにテレビのニュースは伝える。内紛とはどのようなものなのか、この映画はわかりやすく描いている。とかく日本でも自己責任論の槍玉に挙げられる戦場記者の重要性も触れている。

でもこの映画『タクシー運転手』のいいところは、政治的な語り口で描いていないところ。

ソン・ガンホが演じるタクシー運転手のマンソプは、政治に無関心。デモ活動をしてる学生たちを疎ましく思っている。「親に大学まで行かせてもらって、何を甘えているんだ。学生の本分は勉強であって、お上に物申すもんじゃない」って。

この感覚は、現代の大多数の日本人のほとんどと同じ。社会問題なんて、日々の暮らしが忙しくて、とても意識する余裕なんてない。政治に興味がある人は、極端な人が多そう。軽はずみに政治的な話をしてしまって絡まれたら厄介だ。日本で日常会話で、選んではいけないトピックは、政治ネタと宗教ネタなのは暗黙の了解。

うだつの上がらないタクシー運転手のマンソプは、金に目が眩んでドイツ人ジャーナリストのピーターを、紛争地帯の光州へ運ぶことにする。デモなんて関係ないし、政治なんか興味がないマンソプが、彼の地へ来て初めて現実の悲惨さを知る。

あたかもファンタジー作品で、現実から空想世界に紛れ込んで行くような感じ。ひとたび境界線を越えたなら、そこは異空間。いままで知らされていたものとの乖離を目の当たりにする。

シリアスな題材を扱っているにもかかわらずこの映画の語り口は軽い。エンターテイメントに仕上げようと、サービス精神旺盛なので、なんだかアニメ映画やアクション映画を観ているかのよう。カーチェイスまで始まったのには、さすがにやりすぎかもと引いてしまうくらい。

深刻な政治の話も、軽いエンターテイメントとして楽しめる韓国のセンスは、ある意味成熟してる。一般の人たちがいかに政治の話をラフにしているのかがうかがえる。もし日本でこのような政治的な題材の映画を作るとしたら大変そうだ。作品も眉間にしわを寄せたような堅苦しいものになりかねない。『タクシー運転手』のような軽やかさは、なかなかマネできなさそう。

ただ見方によっては、政治的な話題が特別注意を払わなければならないトピックである日本は、まだまだ平和なのかもしれない。それは政治を意識しないでもやっていけるという平和。韓国では、この『タクシー運転手』のような政治的映画が、軽いタッチで製作できる裏腹には、そんな映画でガス抜きできなければやっていけないという、辛い土壌があるのかもしれない。

とかく自分も政治の話題になると、クワッと目を見開いて感情的になりやすい。政治の話題は時として人を凶暴にしてしまう。

ニュースを見ない、今のご時世に無頓着なのはよろしくないが、あまり情報にのめり込んで、一人で興奮してはいけない。

こんな世の中だからこそ、ラフな感じで政治の話もしていけたら、それこそ知的レベルの向上だ。誰かと話してみたら、自分に近い考えの人が案外多かったりするものだ。意見が違う人がいたとしても、それに耳を傾けてみたら、共感できる部分も見つかったりする。そうやって視野を広げていくのは楽しいこと。

ネット社会になった世の中で、それこそリアルなコミュニケーション能力が重要になってくる。人と話すのが苦手な自分には、試練の時代かもと、しみじみ思う。

関連記事

『ドゥ・ザ・ライト・シング』 映画の向こうにある現実

自分は『ドゥ・ザ・ライト・シング』をリアルタイムで映画館で観た世代。それまで人種差別問題は、

記事を読む

no image

儀式は人生に大切なもの『ディア・ハンター』

  マイケル・チミノ監督の ベトナム戦争を扱った名作『ディア・ハンター』。

記事を読む

『デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム』 スターの魂との距離は永遠なれ

デヴィッド・ボウイの伝記映画『ムーンエイジ・デイドリーム』が話題となった。IMAXやDolb

記事を読む

no image

『ツレがうつになりまして。』鬱を身近に認知させた作品

  鬱病を特別な人がなる病気ではなく、 誰をもいつなりうるか分からな事を 世間に

記事を読む

no image

原作への愛を感じる『ドラえもん のび太の恐竜2006』

  今年は『ドラえもん』映画化の 35周年だそうです。 3歳になる息子のお気

記事を読む

no image

『デッドプール』映画に飽きた映画好きのためのスパイス的映画

映画『デッドプール』は、劇場公開時に見逃してからずっと観たかった映画。小さな子どもがいる我が家では、

記事を読む

『天気の子』 祝福されない子どもたち

実は自分は晴れ男。大事な用事がある日は、たいてい晴れる。天気予報が雨だとしても、自分が外出し

記事を読む

『デューン 砂の惑星 PART2』 お山の大将になりたい!

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ティモシー・シャラメ主演の『デューン』の続編映画。超巨大製作費でつ

記事を読む

no image

『台風クラブ』制服に封じ込まれたもの

このたびの台風により、被害を受けられた皆様に心からお見舞い申し上げます。 台風18号が東日本に

記事を読む

『デッド・ドント・ダイ』 思えば遠くへ来たもんだ

エンターテイメント作品でネタに困った時、とりあえずゾンビものを作れば、それなりにヒットする。

記事を読む

『ウェンズデー』  モノトーンの10代

気になっていたNetflixのドラマシリーズ『ウェンズデー』を

『坂の上の雲』 明治時代から昭和を読み解く

NHKドラマ『坂の上の雲』の再放送が始まった。海外のドラマだと

『ビートルジュース』 ゴシック少女リーパー(R(L)eaper)!

『ビートルジュース』の続編新作が36年ぶりに制作された。正直自

『ボーはおそれている』 被害者意識の加害者

なんじゃこりゃ、と鑑賞後になるトンデモ映画。前作『ミッドサマー

『夜明けのすべて』 嫌な奴の理由

三宅唱監督の『夜明けのすべて』が、自分のSNSのTLでよく話題

→もっと見る

PAGE TOP ↑