*

『デザイナー渋井直人の休日』カワイイおじさんという生き方

公開日: : 最終更新日:2020/03/13 ドラマ, 映画:タ行,

テレビドラマ『デザイナー渋井直人の休日』が面白い。自分と同業のグラフィックデザイナーの50代のおじさんが主人公。おじさんの生態を描くドラマとあっては無視するわけにはいかない。

自分と同業とはいえ、渋井さんとの決定的な違いは、彼は有名なデザイナーというところ。仕事もマイペースでこなして、経済的にも余裕がある。好きなものにお金をかけられるので、趣味とオシャレを満喫している。独身貴族なんて古い言葉があったが、渋井さんはまさにそれをエンジョイしている。劇中で渋井さんは「寂しい寂しい」と言っているが、彼の独身ライフは羨ましいくらい充実している。これはお互い無い物ねだりというものなのだろう。

渋井直人を演じるのは光石研さん。以前の光石さんの役のイメージといえば、何かの研究員といったところだったが、最近ではすっかり「オシャレおじさん」の役が定着してしまった。この光石さん演じる渋井さんがなんとも言えずカワイイ。実際の光石さんも渋井さんにそっくりな人生観だとか。

渋井さんは同業者だし、年齢も近いし、さぞかし共感するところが多いだろう。だからこそ胸が苦しくなるようなエピソードが満載だろう。それなりに自戒の覚悟をしながら観始めた。

もし自分が独身で、経済的に余裕があったなら、間違いなく渋井直人のような生活を送っている。渋井さんは一流デザイナーになるくらいだから、若いときはがむしゃらに仕事に打ち込んでいたのだろう。だからこそ婚期も逃したのかもしれない。なにせクリエイター業界には生活感のない人ばかりが集まるから、結婚相手はなかなか見つけづらい。そんな人生の忘れ物を取り戻さんとばかりに、若い子にお近づきになろうとするところが、彼の弱点でもあるし、ドラマの肝。

渋井さんの仕事哲学や、人間性はとてもまっとう。すごくいい人。常にポジティブシンキングで、物事や人のいいところを見つけるのが上手い。とかく中年の独身男が作品に描かれるときは、問題ばかりの人として扱われがちだけど、このドラマは違う。彼には卑屈なところがない。渋井さんは、誰もが好きになりそうなキャラクターなのだ。

オシャレを追求して、身の回りにあるものも良いものを揃えている。美意識がめちゃくちゃ高い。毎回「いいな〜」とため息がこぼれてしまう。心地良いものばかりが画面に登場する。心なしか映像もソフトなタッチで撮影されているからCMに入った時に、他の映像のドギツさが目に刺さるくらいだ。

クリエイター業界でフリーランスといえば、クセのある人ばかり集まってくる。めんどくさいこじらせた人たちを、スマートにくぐり抜けていく渋井さんは大人だ。渋井さんは気持ちが若いから、交友関係も20〜30代がメインになる。

この20年で業界もアナログからデジタルに移行し、かつて培った知識が通用しなくなり、同業でも技術がまったく別のものになってしまった。渋井さんの同年代以降の関係者で、その新しい波に乗れなかった者の悲哀も描かれる。クリエイターにこだわりは必要だが、こだわりすぎて時代に取り残されてしまう危険性もある。今勉強した技術が、果たして10年後までつかえるかどうか怪しくなってきた。時間をかけて習得した職人技がどこまで通用するかわからない時代だ。

渋井さんはその時代の流れを掴んで、スルスルと渡り歩いている。オシャレなポップカルチャーに集う者たちは皆、魑魅魍魎の妖怪みたい。オシャレ界隈は、生きづらさを抱えた人たちばかりだ。そこには普段身の回りにいる「そんな人いるいる」のそっくりな人もいれば、自分に当てはまる痛々しい人もいる。不思議と渋井さんはそんな中で、最もまともな人。共感するより、こんなときはこう対処すべきのお手本みたい。

渋井さんは年甲斐もなくアイドル好き。でも商売女に入れあげて、借金まみれになる中年男もいるのだから、それに比べたら上品。20年ぐらい前のオタクは、博識で経済的に豊かな人が多かった。いつしかオタクが底辺のイメージになってしまった。資本主義に無防備に踊らされたのか。

ドラマは女性が演出しているからか、女の痛々しさも赤裸々に描いてる。ダメ男はコメディになりやすいけど、ダメ女だと引いちゃうのが常。このドラマはダメ女にも優しい笑いの距離を持っている。

とかく結婚こそが人生みたいな風潮があるが、渋井さんみたいな独身ライフの悠々自適な人生の楽しみ方だってある。渋井直人の生き方を見習って、カワイイおじさんになってみるのは楽しそう。世知辛い世の中を、いかに楽しく生きるのか。身の丈にあった幸せ探しの手本に、このドラマ『デザイナー渋井直人の休日』がなりそうだ。

世の独身中年も、趣味や楽しみを諦めかけた人にも、胸を張って生きていく勇気がもらえる。人生の後半を豊かに生きるためのヒントがこのドラマに詰まっている。

 

 

関連記事

『ツイスター』 エンタメが愛した数式

2024年の夏、前作から18年経ってシリーズ最新作『ツイスターズ』が発表された。そういえば前作の

記事を読む

no image

関根勤さんのまじめな性格が伝わる『バカポジティブ』

  いい歳をした大人なのに、 きちんとあいさつできない人っていますよね。 あ

記事を読む

『鬼滅の刃 遊郭編』 テレビの未来

2021年の初め、テレビアニメの『鬼滅の刃』の新作の放送が発表された。我が家では家族みんなで

記事を読む

『ふがいない僕は空を見た』 他人の恋路になぜ厳しい?

デンマークの監督ラース・フォン・トリアーは ノルウェーでポルノの合法化の活動の際、発言して

記事を読む

no image

『がんばっていきまっしょい』青春映画は半ドキュメンタリーがいい

  今年はウチの子どもたちが相次いで進学した。 新学年の入学式というのは 期待と

記事を読む

no image

『沈まぬ太陽』悪を成敗するのは誰?

  よくもまあ日本でここまで実際にあった出来事や企業をモデルにして、作品として成立させたな~と

記事を読む

『火垂るの墓』 戦時中の市井の人々の生活とは

昨日、集団的自衛権の行使が容認されたとのこと。 これから日本がどうなっていくのか見当も

記事を読む

no image

『ベルサイユのばら』ロックスターとしての自覚

「あ〜い〜、それは〜つよく〜」 自分が幼稚園に入るか入らないかの頃、宝塚歌劇団による『ベルサイユの

記事を読む

no image

ある意味アグレッシブな子ども向け映画『河童のクゥと夏休み』

  アニメ映画『河童のクゥと夏休み』。 良い意味でクレイジーな子ども向けアニメ映画

記事を読む

no image

『ドリーム』あれもこれも反知性主義?

  近年、洋画の日本公開での邦題の劣悪なセンスが話題になっている。このアメリカ映画『

記事を読む

『パスト ライブス 再会』 歩んだ道を確かめる

なんとも行間の多い映画。24年にわたる話を2時間弱で描いていく

『ロボット・ドリームズ』 幸せは執着を越えて

『ロボット・ドリームズ』というアニメがSNSで評判だった。フラ

『ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ』 自立とはなんだろう

イラストレーターのヒグチユウコさんのポスターでこの映画を知った

『アン・シャーリー』 相手の話を聴けるようになると

『赤毛のアン』がアニメ化リブートが始まった。今度は『アン・シャ

『新幹線大爆破(Netflix)』 企業がつくる虚構と現実

公開前から話題になっていたNetflixの『新幹線大爆破』。自

→もっと見る

PAGE TOP ↑