『デザイナー渋井直人の休日』カワイイおじさんという生き方
テレビドラマ『デザイナー渋井直人の休日』が面白い。自分と同業のグラフィックデザイナーの50代のおじさんが主人公。おじさんの生態を描くドラマとあっては無視するわけにはいかない。
自分と同業とはいえ、渋井さんとの決定的な違いは、彼は有名なデザイナーというところ。仕事もマイペースでこなして、経済的にも余裕がある。好きなものにお金をかけられるので、趣味とオシャレを満喫している。独身貴族なんて古い言葉があったが、渋井さんはまさにそれをエンジョイしている。劇中で渋井さんは「寂しい寂しい」と言っているが、彼の独身ライフは羨ましいくらい充実している。これはお互い無い物ねだりというものなのだろう。
渋井直人を演じるのは光石研さん。以前の光石さんの役のイメージといえば、何かの研究員といったところだったが、最近ではすっかり「オシャレおじさん」の役が定着してしまった。この光石さん演じる渋井さんがなんとも言えずカワイイ。実際の光石さんも渋井さんにそっくりな人生観だとか。
渋井さんは同業者だし、年齢も近いし、さぞかし共感するところが多いだろう。だからこそ胸が苦しくなるようなエピソードが満載だろう。それなりに自戒の覚悟をしながら観始めた。
もし自分が独身で、経済的に余裕があったなら、間違いなく渋井直人のような生活を送っている。渋井さんは一流デザイナーになるくらいだから、若いときはがむしゃらに仕事に打ち込んでいたのだろう。だからこそ婚期も逃したのかもしれない。なにせクリエイター業界には生活感のない人ばかりが集まるから、結婚相手はなかなか見つけづらい。そんな人生の忘れ物を取り戻さんとばかりに、若い子にお近づきになろうとするところが、彼の弱点でもあるし、ドラマの肝。
渋井さんの仕事哲学や、人間性はとてもまっとう。すごくいい人。常にポジティブシンキングで、物事や人のいいところを見つけるのが上手い。とかく中年の独身男が作品に描かれるときは、問題ばかりの人として扱われがちだけど、このドラマは違う。彼には卑屈なところがない。渋井さんは、誰もが好きになりそうなキャラクターなのだ。
オシャレを追求して、身の回りにあるものも良いものを揃えている。美意識がめちゃくちゃ高い。毎回「いいな〜」とため息がこぼれてしまう。心地良いものばかりが画面に登場する。心なしか映像もソフトなタッチで撮影されているからCMに入った時に、他の映像のドギツさが目に刺さるくらいだ。
クリエイター業界でフリーランスといえば、クセのある人ばかり集まってくる。めんどくさいこじらせた人たちを、スマートにくぐり抜けていく渋井さんは大人だ。渋井さんは気持ちが若いから、交友関係も20〜30代がメインになる。
この20年で業界もアナログからデジタルに移行し、かつて培った知識が通用しなくなり、同業でも技術がまったく別のものになってしまった。渋井さんの同年代以降の関係者で、その新しい波に乗れなかった者の悲哀も描かれる。クリエイターにこだわりは必要だが、こだわりすぎて時代に取り残されてしまう危険性もある。今勉強した技術が、果たして10年後までつかえるかどうか怪しくなってきた。時間をかけて習得した職人技がどこまで通用するかわからない時代だ。
渋井さんはその時代の流れを掴んで、スルスルと渡り歩いている。オシャレなポップカルチャーに集う者たちは皆、魑魅魍魎の妖怪みたい。オシャレ界隈は、生きづらさを抱えた人たちばかりだ。そこには普段身の回りにいる「そんな人いるいる」のそっくりな人もいれば、自分に当てはまる痛々しい人もいる。不思議と渋井さんはそんな中で、最もまともな人。共感するより、こんなときはこう対処すべきのお手本みたい。
渋井さんは年甲斐もなくアイドル好き。でも商売女に入れあげて、借金まみれになる中年男もいるのだから、それに比べたら上品。20年ぐらい前のオタクは、博識で経済的に豊かな人が多かった。いつしかオタクが底辺のイメージになってしまった。資本主義に無防備に踊らされたのか。
ドラマは女性が演出しているからか、女の痛々しさも赤裸々に描いてる。ダメ男はコメディになりやすいけど、ダメ女だと引いちゃうのが常。このドラマはダメ女にも優しい笑いの距離を持っている。
とかく結婚こそが人生みたいな風潮があるが、渋井さんみたいな独身ライフの悠々自適な人生の楽しみ方だってある。渋井直人の生き方を見習って、カワイイおじさんになってみるのは楽しそう。世知辛い世の中を、いかに楽しく生きるのか。身の丈にあった幸せ探しの手本に、このドラマ『デザイナー渋井直人の休日』がなりそうだ。
世の独身中年も、趣味や楽しみを諦めかけた人にも、胸を張って生きていく勇気がもらえる。人生の後半を豊かに生きるためのヒントがこのドラマに詰まっている。
関連記事
-
『かもめ食堂』 クオリティ・オブ・ライフがファンタジーにならないために
2006年の日本映画で荻上直子監督作品『かもめ食堂』は、一時閉館する前の恵比寿ガーデンシネマ
-
『護られなかった者たちへ』 明日は我が身の虚構と現実
子どもの学校の先生が映画好きとのこと。余談で最近観た、良かった映画の話をしていたらしい。その
-
『SHOGUN 将軍』 アイデンティティを超えていけ
それとなしにチラッと観てしまったドラマ『将軍』。思いのほか面白くて困っている。ディズニープラ
-
『風が吹くとき』こうして戦争が始まる
レイモンド・ブリッグズの絵本が原作の映画『風が吹くとき』。レイモンド・ブリッグズ
-
『イニシェリン島の精霊』 人間関係の適切な距離感とは?
『イニシェリン島の精霊』という映画が、自分のSNSで話題になっていた。中年男性の友人同士、突
-
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』 自分のことだけ考えてちゃダメですね
※このブログはネタバレを含みます。 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズの四作目で完結
-
『ターミネーター/ニュー・フェイト』 老人も闘わなければならない時代
『ターミネーター』シリーズ最新作の『ニュー・フェイト』。なんでもシリーズの生みの親であるジェ
-
ホントは怖い『墓場鬼太郎』
2010年のNHK朝の連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』で 水木しげる氏の世界観も
-
『デューン 砂の惑星 PART2』 お山の大将になりたい!
ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ティモシー・シャラメ主演の『デューン』の続編映画。超巨大製作費でつ
-
『トップガン マーヴェリック』 マッチョを超えていけ
映画『トップガン』は自分にとってはとても思い出深い映画。映画好きになるきっかけになった作品。
- PREV
- 『ピーターラビット』男の野心とその罠
- NEXT
- 『ペンタゴン・ペーパーズ』ガス抜きと発達障害