*

『ペンタゴン・ペーパーズ』ガス抜きと発達障害

公開日: : 最終更新日:2020/03/13 映画:ハ行

スティーヴン・スピルバーグ監督の『ペンタゴン・ペーパーズ』。ベトナム戦争は失策だったスクープを扱ったマスメディアを描いた作品。

今でこそアメリカが起こしたベトナム戦争は間違いだったということは周知されているが、戦争当時は本国では絶対にそんなことを言ってはいけない。自国が他国で悪事を働いているなんて考えたくもない。そんな時代の渦中においては、たとえ真実であってもそれを言ってはいけない風潮というものがある。

ベトナム戦争が失策だったことが証明されてしまうペンタゴン・ペーパーをスクープするのはニューヨーク・タイムズ紙。でもこの映画の舞台は競合誌のワシントン・ポスト紙。これはひとえにそこのリーダーが女性だったから。男性社会で女性が権限を持って行動していく姿は、エンターテイメントしてカタルシスがある。

悪政を暴いていくというストーリーは、観ていて爽快だ。でもそこで働く人たちは、政府に楯突くことになるので命がけだ。秘密文書を入手した新聞社が、自社でその記事をまとめるのは危険なので、別室を借りて記事を書く。さあその出来上がった記事を運んでくれと、社の若いもんが走る。上司からの命令は「とにかく走れ!」。 生身ひとつで街中を走ることの怖さったらない。いつ殺されたっておかしくない。なにげにパシリ役がいちばん怖い仕事かもしれない。

映画を観ていると、政府の機密文書をリークしてくるインサイダーは何人もるらしい。これは当時のアメリカが、一刻も早くベトナム戦争を終わらせて欲しいという雰囲気からなのだろう。ニューヨーク・タイムズだってワシントン・ポストだって、左翼系の新聞ではない。声高に政府に楯突く理由は平時では皆無だ。

それを危険を顧みずスクープしていくことの意味。今書かなければいけない風潮というものがあったのだろう。それは世論が望んでいること。その記事が世の中を変えるかどうかはわからない。ただのガス抜きで終わるかもしれない。

そして映画の事件とは直接関係のないウォーターゲート事件まで、作品は言及している。一見蛇足のようにも見えるけど、評判の悪かったニクソン政権が、自ら転がっていくサマもないと勧善懲悪にならない。ペンタゴン・ペーパーのスクープが直接ニクソンの失脚に繋がったわけではないが、歴史の中でこのスクープが、時の政府を焦らせたのは確か。映画の落とし所が難しい。

この映画は歴史作品というよりは、現代そのものを風刺している。アメリカの悪影響からの直接受け皿になってしまう日本にとっても他人事ではない。

トランプ政権が始まって、危機感を感じたスピルバーグは、製作中のSF大作映画『レディ・プレイヤー1』と同時進行で、この『ペンタゴン・ペーパーズ』を撮りあげたとか。スピルバーグはガス抜き映画がうまい。『インディ・ジョーンズ』みたいなアクション映画の中にですら、さりげなく反体制的な表現を忍ばせる。

派手な『レディ・プレイヤー1』があってか、こちらの『ペンタゴン・ペーパーズ』でのスピルバーグの演出は、抑えに抑えている。あえてドラマチックにならないように仕上げている。主演のオスカー俳優メリル・ストリープとトム・ハンクスの演技も地味。同時進行で製作された2作品は、政治よる情報操作と世論を描いている。実は両作ともテーマが同じだったりする。二本揃うことでスピルバーグの興味の矛先と狙いがわかりやすくなる。

スピルバーグの演出は手際がいいので有名だ。『プライベート・ライアン』のような超大作でさえ、見栄えほど制作費も撮影期間もかかっていないとのこと。本作『ペンタゴン・ペーパーズ』も効率良く製作されているのがうかがえる。どこをどうすれば効果的に効率の良い撮影ができるのか、一瞬で見抜いてしまう才能がスピルバーグにはある。時間や制作費をかけずにヒット作をうみだすことができるのだから、映画制作会社から重宝される監督なのは間違いない。

こういった仕事の効率の良さを瞬時に計算できる能力はどこからくるのだろう? スピルバーグが商売上手なユダヤ人だから? いやいやなんだかもっと病的な匂いがする。天才となんとかは紙一重。そういえばスピルバーグは失語症だってのも聞いたことがある。

よく仕事で「あの人は怖い」と噂される人がいる。見るからに怖そうで近づきがたいその人。いざ一緒に組んで仕事をしてみると、物凄く合理的に物事を考えているので、仕事がサクサク進む。そりゃあ言葉は辛辣だっりするのだけれど、それは的を得ているので反論するのもバカげてる。そしてその辛辣な言葉にはたいして意味はない。本人には悪意なんてさらさらない。思ったことをただ正直に言っているだけ。歯に衣着せぬ発言というが、毒を吐くのもその意図を汲み取る読解力が必要だ。

天才と言われる人たちは時としてKYだ。でも空気を読めない彼らの発言のなかにこそ真理がある。KYの度合いにもよるし、その人がただのお騒がせ人だけだったら、それは困った人でしかない。でもその中に世の中を変える要素があるのなら、ただ無視をしてしまったら、それは社会において損失だ。

まあ、政治的なこの映画を観て、発達障害や生きづらさについて考えてしまうなんて、自分の思考もどうかしてるんだろうけど。

関連記事

no image

負け戦には精神論が常『ヒトラー 〜最期の12日間〜』

  「欲しがりません勝つまでは」 戦後70年たった今となっては、こんな我慢ばかりを

記事を読む

no image

『ファイト・クラブ』とミニマリスト

最近はやりのミニマリスト。自分の持ちものはできる限り最小限にして、部屋も殺風景。でも数少ない持ちもの

記事を読む

『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』その扇動、のるかそるか?

『ハリー・ポッター』シリーズのスピンオフ『ファンタスティック・ビースト』の第二弾。邦題は『黒

記事を読む

no image

『東のエデン』事実は小説よりも奇なりか?

  『東のエデン』というテレビアニメ作品は 2009年に発表され、舞台は2011年

記事を読む

no image

『ハクソー・リッジ』英雄とPTSD

メル・ギブソン監督の第二次世界大戦の沖縄戦を舞台にした映画『ハクソー・リッジ』。国内外の政治の話題が

記事を読む

no image

『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』妄想を現実にする夢

  映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』は、女性向け官能映画として話題になった

記事を読む

no image

松田優作と内田裕也にもってかれた『ブラックレイン』

  今日は松田優作さんの命日。 高校生の頃、映画『ブラックレイン』を観た。

記事を読む

『ホームレス ニューヨークと寝た男』華やかさのまやかし

ドキュメンタリー映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』。映画公開時もとても気になってい

記事を読む

no image

『ハイドリヒを撃て!』実録モノもスタイリッシュに

チェコとイギリス、フランス合作の映画『Anthropoid』というブルーレイを人から借りた。それは輸

記事を読む

no image

『裸足の季節』あなたのためという罠

  トルコの女流監督デニズ・ガムゼ・エルギュヴェンが撮ったガーリームービー。一見した

記事を読む

『名探偵ピカチュウ』日本サブカル、これからどうなる?

日本のメディアミックス作品『ポケットモンスター』を原作に、ハリ

『グッド・ドクター』明るい未来は、多様性を受け入れること

コロナ禍において、あらゆる産業がストップした。エンターテイメン

『アナと雪の女王2』百聞は一見にしかずの旅

コロナ禍で映画館は閉鎖され、映画ファンはストレスを抱えているこ

『斉木楠雄のΨ難』生きづらさと早口と

ネット広告でやたらと『斉木楠雄のΨ難』というアニメを推してくる

『コンテイジョン』映画は世界を救えるか?

知らないうちに引退宣言をしていて、いつの間に再び監督業に復帰し

→もっと見る

PAGE TOP ↑