『ブリグズビー・ベア』隔離されたハッピーな夢
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最終更新日:2020/03/10
映画:ハ行
シニカルコメディの『ブリグズリー・ベア』。赤ん坊の頃に誘拐された青年が、25年ぶりに解放されて、世の中で生活していく物語。とても興味深いテーマ。
主人公の青年ジェームズは、まさに浦島太郎状態。25年間、誘拐犯のカップルを実の父母だと思って生きてきた。シェルターに暮らす仮の三人家族は、それはそれでうまくやっていた。ジェームズの唯一の娯楽は、テレビから流れる幼児番組『ブリグズビー・ベア』。実はこの幼児番組は、誘拐犯である育ての父親が自分で製作している。ジェームズだけのために作られた番組。
それは洗脳なのだが、そこには育ての父親の歪んだ愛情が感じられる。マッドサイエンティストが、育児という臨床実験をしていることになる。
解放されたジェームズが、浮世を楽しむことはない。小さい時からずっと観ていた『ブリグズリー・ベア』の続編が観たいと、そのことばかりで頭がいっぱいだ。
育ての親が『ブリグズリー・ベア』の作者だと知ると大喜び。そもそもジェームズは育ての親を恨んでいるわけではない。歪んだ愛情とはいえ、大事に育てられている。その父親が、自分の大好きな番組の生みの親と知ったら、小躍りするしかない。育ての親が逮捕されて、もう『ブリグズリー・ベア』の続きが観れないなら、自分で作るしかない!
自分はこの映画を観始めたとき、このブラックユーモアの社会風刺を他人事のように眺めるつもりだった。でもジェームズが映画づくりを志した瞬間から、他人事ではなくなってしまった。そこに映画学生だった若かりし頃の自分の姿がみえてきた。
映画学校に通っていた頃の自分は、大監督にでもなれるような気がしていた。オリジナリティ溢れるアイデアを抱いているつもりだった。
でもまだ人生経験の浅い、ただの映画小僧。物事に対する問題意識もない。映画以外のことに全く興味がなかった。むしろそんな人が作家になろうなんて無謀もいいところ。武器は過去に数多に観た映画の知識だけ。さて映画オタクよどこへ行く?
クリエイターにはオタクタイプと学者タイプとの二通りがいる。パッと見た目にはわからないから厄介。ちょっと話をしていればその違いはみえてくる。今は圧倒的に前者のクリエイターが多い。要するに表現活動で生活するのは難しい世の中なので、よほどのことがない限り頭のいい人は早々に退散してしまうのかも?
映画小僧が持ち寄るアイデアのその起源は、いつかどこかで観たものの集積でしかない。その刷り込まれた「かつて誰かが作ったイマジネーション」を引っさげても、ただの独りよがりで終わってしまう。
でも現代の不思議なところは、メディアがものすごく細分化されている世の中になったというところ。たとえ万人に理解できるような代物ではなくとも、世界のどこかに「それ」と同じ刷り込みを持った人が必ず存在する。その少数派の人にとっては、その作品は心のバイブルにだってなる。
誘拐した仮の息子のために、幼児番組を作った育ての父親を演じるのはマーク・ハミル。確信犯の憎いキャスティング。マーク・ハミルといえば『スターウォーズ』の主人公ルーク・スカイウォーカー。自分たち40代男子は、小学校に入るか入らないかの頃に『スターウォーズ』の洗礼を受けている。幼少期の刷り込みは一生つきまとう。
年長者から「この映画サイコーだよ」と紹介されて観てみると、さほどでもなくてガッカリすることがある。逆のパターンもあって然り。作品との出会いは、その時の時代性や年齢にも左右される。刷り込まれた記憶など不確かなものだ。
これでは自分のアイデンテティと自負したものが崩れていってしまう。……とまあそこまで言ったらおおげさだが、オリジナリティなんて大したことないということだろう。
自分の気持ちに正直に行動した人が、最終的には大業を成し遂げるもの。今の自分自身が、楽しくクリエイティビティを磨いていくことの大切さ。
たとえ誰かの刷り込みだろうが、くだらない作品だろうが、それに関わっている人たちがハッピーだったらそれでいい。『ブリグズリー・ベア』は、とかく儲け主義の世の中で、ものづくりの楽しさを思い出させてくれる映画だった。トンがってるけど、優しいのね。
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