*

『SHOAH ショア』ホロコースト、それは証言か虚言か?

公開日: : 最終更新日:2020/03/03 映画:サ行

ホロコーストを調べている身内から借りたクロード・ランズマンのブルーレイ集。ランズマンの代表作『SHOAH ショア』は9時間半にも及ぶ超大作ドキュメンタリー。関連作の『ソビブル、1943年10月14日午後4時』と『不正義の果て』を含めれば15時間の上映時間。世界中に散らばったホロコーストの関係者からのインタビューで綴られている。迫害を受けたユダヤ人の生存者や、元ナチSSの声を粘り強く載せている。

このドキュメンタリー三作品共通の特徴は、過剰な演出をしていないところ。音楽ものせていなければ、インタビュー映像も、ほとんど編集でカットしていない。撮ったそのままの状態で映画にしている。監督であり聞き手のランズマンはフランス人。さまざまな言語で返答する当事者たち。フランス語で質問するランズマンに通訳が入る。その通訳の間すら編集しない。そりゃあ上映時間が長くなるのは当然だ。

行間を読むという言葉があるが、このドキュメンタリーは、映像を通して「見えないもの」を想像させる。質問から通訳を通して言葉を介するまでの時間も、大事な証言。通訳を待つ文章にできない時間も、インタビューする側される側の静かな攻防戦。

言葉ではこの人はそう言っていても、果たして本質は如何に? 人が語る言葉は必ずしも「本当」とは限らない。ときとして人は、保身のために嘘をつく。ましてや第二次大戦中に起こった、重大な殺戮事件に関わった人たちだ。一筋縄ではいかない。必ずしも真実がそこにある筈はない。

『ショア』の中では、列車にすし詰めにされて連行されていく、膨大な人数のユダヤ人たちを、毎日みていた農夫たちのコメントもある。殺戮の目撃者の証言。そのとき彼らはどう思い、どう感じていたのかは実のところ、ハッキリしない。

『ソビブル、1943年10月14日午後4時』は、ユダヤ人が唯一SSに蜂起して成功した事件を綴っている。当時16歳だった元ユダヤ兵が語る。ハンサムで優しそうな中年男性が、「ただ殺されるだけなら、戦って死にたい」と、ドイツ兵に手をかけた瞬間の話をする。聞き手のランズマン監督が「大丈夫ですか? 顔色がすぐれませんが」と声をかける。「当然です。こんな思い出ですから」と答える元ユダヤ兵。でも、自分がこの映像からの印象では、彼が高揚しているように感じた。ドイツ兵を殺した、戦いに勝ったという誇りと恍惚。きっと戦争はこうして続いていくのだろう。

『不正義の果て』は、ユダヤ人長老の生存者のインタビュー。冒頭で解説する晩年のランズマン。本編は過去に撮影されたインタビューなので、ランズマンが急に若返る。映像フォーマットもデジタルから、フィルムに変わる。ホロコースト取材はランズマンのライフワークなのがうかがえる。

ユダヤ人長老の話の中にアドルフ・アイヒマンの人物像について触れている場面がある。ハンナ・アーレントのアイヒマン裁判の記述が有名だけど、その印象とはだいぶ違う。

アーレントの手記では、アイヒマンは反ユダヤ派ではなく、直接ユダヤ人を殺したことはないというもの。「わたしは職務をこなしていただけで、無実だ」思考停止の職業人の代表のようになっていた。そしてよく盲目的に過剰労働する日本人の教訓的存在でもあった。

ユダヤ人長老の語るアイヒマン像は、とても暴力的だ。そうなるとアイヒマンは裁判で虚言を発していたのかもしれない。でもまたこのユダヤ人長老という人物も、曲者の食えない男の印象がする。

どの話も主観的で信憑性があるのかないのか判断できない。だからこそランズマンは、演出手段として「演出しない」ことを選んだのだろう。判断はあくまで観客一人ひとりに委ねますよと。そこがこのドキュメンタリーの芸術性の高さだ。

これは現代のネット上での情報の氾濫の中、「あなたはどうとらえる?」という課題に近いものがある。様々な人が、様々な感情や思惑で発せられた言葉の渦。それらにいちいち翻弄されていたら、日常生活が送れなくなってしまう。

知らないままというのはいちばん良くないが、偏向した意見に傾倒してしまうのも非常に危険。耳あたりのいい言葉も危ないし、悲観的な言葉ばかり聞いていると、これもまた病気になってしまう。いろいろ聞いて、それらを情報整理して自分で判断していく。

いわゆる「読解力」とか、スノビッシュにいうなら「リテラシーが高い」という言葉が適当なのか? そういった能力は、我々中年以降の人間はとても難しい。子どもの頃からネットに親しんできた世代は、きっと当然の能力として身についているのだろう。中年以降の世代は、ただの老害になりかねない。まずは人の話が素直に聞けなくなったらヤバイ。気をつけないと。

情報をどう解釈するか? その訓練にクロード・ランズマンのドキュメンタリーはとても活かせそうだ。でも真相は藪の中だけれど。

関連記事

no image

自国の暗部もエンタメにする『ゼロ・ダーク・サーティ』

  アメリカのビン・ラディン暗殺の様子を スリリングに描いたリアリスティック作品。

記事を読む

『Shall we ダンス?』 まじめなだけじゃダメですか?

1996年の周防正行監督の名作コメディ『Shall we ダンス?』。これなら子どもたちとも

記事を読む

『スタンド・バイ・ミー』 現実逃避できない恐怖映画

日本テレビの『金曜ロードショー』のリクエスト放映が楽しい。選ばれる作品は80〜90年代の大ヒ

記事を読む

『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』 ヴィランになる事情

日本国内の映画ヒット作は、この10年ずっと国内制作の邦画ばかりがチャートに登っていた。世界の

記事を読む

no image

『サウルの息子』みせないことでみえてくるもの

カンヌ映画祭やアカデミー賞など、世界の大きな映画祭で、賞をとりまくっていたハンガリー映画『サウルの息

記事を読む

no image

『猿の惑星:新世紀』破滅への未来予測とユーモア

  2011年から始まった『猿の惑星』のリブートシリーズ第二弾にあたる『猿の惑星:新

記事を読む

no image

『スイス・アーミー・マン』笑うに笑えぬトンデモ・コメディ

インディペンデント作品は何が出てくるかわからないのが面白い。『スイス・アーミー・マン』は、無人島に一

記事を読む

『JUNO ジュノ』 ピンクじゃなくてオレンジな

ジェイソン・ライトマン監督の『JUNO ジュノ』は、エリオット・ペイジがまだエレン・ペイジ名

記事を読む

no image

『ジュラシック・ワールド』スピルバーグの原点回帰へ

  映画『ジュラシック・ワールド』は、とても楽しいアトラクションムービーだった。大ヒ

記事を読む

no image

『すーちゃん』女性の社会進出、それは良かったのだけれど……。

  益田ミリさん作の4コママンガ 『すーちゃん』シリーズ。 益田ミリさんとも

記事を読む

『ウェンズデー』  モノトーンの10代

気になっていたNetflixのドラマシリーズ『ウェンズデー』を

『坂の上の雲』 明治時代から昭和を読み解く

NHKドラマ『坂の上の雲』の再放送が始まった。海外のドラマだと

『ビートルジュース』 ゴシック少女リーパー(R(L)eaper)!

『ビートルジュース』の続編新作が36年ぶりに制作された。正直自

『ボーはおそれている』 被害者意識の加害者

なんじゃこりゃ、と鑑賞後になるトンデモ映画。前作『ミッドサマー

『夜明けのすべて』 嫌な奴の理由

三宅唱監督の『夜明けのすべて』が、自分のSNSのTLでよく話題

→もっと見る

PAGE TOP ↑