*

『プライドと偏見』 あのとき君は若かった

公開日: : ドラマ, 映画:ハ行,

これまでに何度も映像化されているジェーン・オースティンの小説の映画化『プライドと偏見』。以前映像化されたイギリスBBCのドラマ版『高慢と偏見』は、当時社会現象となった鉄板の人気作。コリン・ファースのハリウッド進出のきっかけにもなった。原作小説の原題は『Pride & Prejudice』。過去の映像作品と混同を避けるためにも、邦題を『プライドと偏見』と区別化したのだろう。

以前映像化されたドラマ版『高慢の偏見』が、あまりに面白かったので、どうしても今回の映画版『プライドと偏見』には厳しい目になってしまう。どちらの作品も原作に忠実な映像化を意識している。ドラマ版は会話劇としての面白さがあったが、今回の『プライドと偏見』は、18世紀上流階級のコスチュームプレイや様式美に力点を置いている。

長い原作小説を2時間に収めなければならないので、どうしても駆け足になってしまう。キーラ・ナイトレイ演じる主人公・リジーの視点で、悲喜こもごもの恋愛群像劇が展開される。感情移入する間も無く、どんどん物語は進んでいく。

監督はジョー・ライト。当時新進気鋭の若手監督。歴史的古典作の映画化に大抜擢だったろう。ジョー・ライトは18世紀の婚活ドラマを、映像美で描ききることに割り切って舵をきった。前回のドラマ版が1995年製作、今回の『プライドと偏見』は2005年作品。前回の映像化から10年しか過ぎていないのだから、同じ方向性で演出しても意味がない。若き男性監督の英断。

監督も若ければ、配役も若がえった。200年前の婚活の物語である『高慢と偏見』。大昔が舞台の作品なのと、上流階級の恋愛沙汰なので、どうしてもファンタジー性のバイアスがかかってしまう。でも本来の登場人物たちの設定は10代20代前半の若者ばかり。権力こそ持っていても、まだまだ未熟。そりゃ過度なプライドや偏見で自他ともに傷つけてしまうこともあるだろう。

18世紀のイギリスでは、女性が財産を継いではいけないという法律があった。その家に息子がいなかったなら、家長が亡くなったときは、その家の全財産は没収されてしまう。事実上、上流階級から追放されてしまう。主人公リジーのベネット家は4姉妹。お父上が亡くなったら、彼女たちは路頭に迷うことになる。

今回の映画版『プライドと偏見』は、そんな理不尽な男尊女卑社会の構造については、サラリと触れているだけ。むしろ若者たちの恋愛駆け引きを中心に描いている。母親や娘たちは、少しでも玉の輿に乗れそうな殿方を求めて奔走する。その姿は可笑しくて浅ましい。そんなぶざまな姿も、プライドと偏見のメガネが入ってきて、ますます現実が歪んで見えてくる。

『プライドと偏見』では全体的に、キーラ・ナイトレイなどの配役が、物語の登場人物の実年齢に近くなった。もしくは童顔の役者を意図的に揃えている。

母親から「我が家の財産を守るために、早く結婚しなさい!」と後押しされている主人公たち。父親としては、自分が死んだ後のことの話なので、なんだか介入しづらい。そして結婚を迫られる当の娘たちも、正直言ってその責任感にピンときていない。人生の先を見据えるには、彼女彼らは、まだまだ若すぎる。

ジェーン・オースティンの原作小説は、当時問題となっていた格差社会には微塵も触れることはない。ただただ上流階級の恋愛沙汰だけに絞っている。そのラブロマンス要素は、この映画版でさらに強まっている。大胆に削り落とした要素が多い。なんとシンプル。

テンポが良すぎて、現代劇を観ているような錯覚がしてくる。でもきっとそれが製作者の狙いなのだろう。なんだか『ベルサイユのばら』みたいな少女漫画を観ているようだ。なんとも原題的な解釈。

物語の根幹がシンプルになることで、財産相続の泥試合っぽさが薄まった。単純にラブコメの王道として映画が成り立ってくる。きっとリジーの目線からはこれでいいのだろう。大人の遺産相続の問題なんか関係ない。純粋に恋に焦がれるお年頃でいい。

自分の若さの価値など、真っ只中の若者にはわかる術もない。過ぎ去った日を思い出すとき、あのときが自分にとって最強のときだったとわかるもの。現在進行中の当事者には、皆目検討がつかない。できることは、そのとき一瞬一瞬、納得して生きてゆけるかどうか。のちに後悔しない生き方。

カネや世間体を気にしだすと、物事の本質が見えなくなってくる。リジーにしても、恋愛対象のダーシーにしても、みんな自分の立場がよくわからないまま行動してる。これもまた生きづらさ。

映画を観ていて、観客の我々がよくわからないところは、きっと登場人物たちも理解や納得できずに行動している。みんながやっているからと、同調圧力に流されているだけ。そうなると現代も昔もあまり変わらない。

人々が生きやすくなるために社会は成り立っていくもの。いちど確立してしまったものは、なかなか変わっていかない。物事は動き始めてから初めて問題が発覚する。結果先にありきでは、ますます生きづらくなる。社会も個人も、こまめなアップデートが必要なのだろう。

関連記事

『かもめ食堂』 クオリティ・オブ・ライフがファンタジーにならないために

2006年の日本映画で荻上直子監督作品『かもめ食堂』は、一時閉館する前の恵比寿ガーデンシネマ

記事を読む

no image

『父と暮らせば』生きている限り、幸せをめざさなければならない

  今日、2014年8月6日は69回目の原爆の日。 毎年、この頃くらいは戦争と

記事を読む

『フェイクニュース』 拮抗する日本メディア

自分はすっかり日本の最新作は観なくなってしまった。海外作品でも、テレビドラマのようなシリーズ

記事を読む

no image

『ファイト・クラブ』とミニマリスト

最近はやりのミニマリスト。自分の持ちものはできる限り最小限にして、部屋も殺風景。でも数少ない持ちもの

記事を読む

『デッドプール2』 おバカな振りした反骨精神

映画の続編は大抵つまらなくなってしまうもの。ヒット作でまた儲けたい企業の商魂が先に立つ。同じ

記事を読む

『愛がなんだ』 さらば自己肯定感

2019年の日本映画『愛がなんだ』が、若い女性を中心にヒットしていたという噂は、よく耳にして

記事を読む

『サトラレ』現実と虚構が繋がるとき

昨年、俳優の八千草薫さんが亡くなられた。八千草さんの代表作には、たくさんの名作があるけれど、

記事を読む

『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』 それは子どもの頃から決まってる

岩井俊二監督の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』を久しぶりに観た。この映画のパロ

記事を読む

『パシフィック・リム』 日本サブカル 世界進出への架け橋となるか!?

『ゴジラ』ハリウッドリメイク版や、 トム・クルーズ主演の 『オール・ユー・ニード・イズ・

記事を読む

『真田丸』 歴史の隙間にある笑い

NHK大河ドラマは近年不評で、視聴率も低迷と言われていた。自分も日曜の夜は大河ドラマを観ると

記事を読む

『SHOGUN 将軍』 アイデンティティを超えていけ

それとなしにチラッと観てしまったドラマ『将軍』。思いのほか面白

『アメリカン・フィクション』 高尚に生きたいだけなのに

日本では劇場公開されず、いきなりアマプラ配信となった『アメリカ

『不適切にもほどがある!』 断罪しちゃダメですか?

クドカンこと宮藤官九郎さん脚本によるドラマ『不適切にもほどがあ

『デューン 砂の惑星 PART2』 お山の大将になりたい!

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ティモシー・シャラメ主演の『デューン

『マーベルズ』 エンタメ映画のこれから

MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の最新作『マーベ

→もっと見る

PAGE TOP ↑